第45話 エピローグ

 目を覚ますと、そこは治療室のようだった。

 体や頭には様々なコードが付けられていて、口にも呼吸器がついている。

 目を開けた事に気付いて医師らしき白衣を着た男が近づいてきた。

「気がつきましたか。丸三日間眠っていたんですよ」

草原だった。

「ここは?」

 顔を少し動かして周囲を見回す。部屋には草原以外誰もいないようだ。

「ここは病院ですよ。君は倒れてここまで運ばれて来たんです。覚えていますか? 新藤拓真君」

 草原は名前を呼んだ。

「……覚えています」

 そう言って拓真はまた目を閉じた。

 草原は拓真の呼吸器を外して、話しやすいようにしてくれた。

「君の家族や友達が毎日様子を見にきていますよ。もっとも、君というか、新藤拓真の、ですけど」

 拓真は目を開け、草原を見て言った。

「……僕は、新藤拓真です。宗馬正樹さんではありません」

 草原は目を見開いて驚いた。

「どういうことですか?」

「僕は……ずっと中にいました。一度は確かに死んだと思うんですけど、正樹さんが僕の体で生きているうちに、頭の中で僕は目を覚ましたんです。そして、ずっと正樹さんの行動を見ていました」

 拓真が意識を取り戻したのは、正樹がノイズを感じた時だった。それ以降、ずっと意識の下に存在していたのだ。赤坂の写真を見た時や、家族のことを思った時など、拓真の意識が強くなった時に、彼はノイズを感じていた。その度に抑制剤を飲んでいたが、あまり意味はなかった。あれは、正樹の魂を定着させるためのものなのだろうと思った。

 正樹は、拓真の代わりに森下たちに罰を与えてくれた。拓真を馬鹿にしていたクラスの連中にも強気でいてくれた。

 そして、世の中の悪人に罰を与えた。

「彼はどうなったんです? 消えてしまったのですか?」

 草原の問いに、拓真は顔を横に振った。

「……わかりません。ただ正樹さんの力は僕にも使えるようです」

 拓真は草原の胸に浮かび上がる靄を見た。正樹が見ていた相手の魂の色と感情がわかる能力だ。

 さらに、手の平から黒い炎も出せた。

 正樹はまだ自分の中にいるのだろうか。だからまだこんな力が出せるのだろうか。

「驚いたな…。真野氏に報告しておくか」草原は呟き、拓真を見た。

「とにかく、一度家族や友人に会うといい」

 草原の言葉に、拓真は頷いた。


「お兄ちゃん!」

 家族が病室に入ってくるなり、美佐が駆け寄ってきた。

「美佐。心配かけたな。もう大丈夫だよ」

 ベッドの上で拓真は優しく言った。

 拓真は治療室から個室の病室に移されていた。そこで、家族との面会が許された。

 中に入ってきたのは家族だけではなく、月野、葉山、椎名、そして、赤坂もいた。

「記憶が戻ったんだって? てことは、俺のことも思い出してくれたんだよな?」

 赤坂が言った。

「うん。全部思い出したよ。みんな、心配かけてごめん」

「いいのよ。ホントによかったわ」

 母が涙を流して喜んだ。

「また倒れたって聞いて本当に心配したんだぞ」

 父も顔が緩んでいた。

 月野たち三人はやや困惑気味だ。無理もない。拓真は死んで、正樹が乗り移っていると聞かされていたのだから。

 彼女たちにも説明しないと。

 一通り家族と話をしたあと、拓真はトイレに行くと言って部屋を出た。出る時に月野たちに目配せをすると彼女たちはすぐに気付いて、拓真のあとに出てきた。ついでに赤坂もついてきた。

「何だよ。女子と目配せなんかしてやらしいな」

 拓真は真面目な顔で彼を見た。

「ごめん。ちょっと彼女たちと話があるんだ。外してもらえるかな」

「おっと、ますますやらしいなあ。いいじゃないか。俺にも話せよ。親友だろ」 

 拓真は真っ直ぐに赤坂を見た。

「……わかったよ。何だよ怖いな。やっぱり、なんか以前と違うな、おまえ」

「ごめん」拓真は謝った。

「いいさ。元気になったらまた遊ぼうぜ」

「うん」

 赤坂は去って行った。

 拓真は月野たちを見て、自分のことを草野に話したように説明した。

 話を聞いて彼女たちも驚いた。

「……あーもう、次から次へと……もう嫌」

 葉山が大きく息をはいて顔を横に振った。

 月野が拓真を気遣うように訊いた。

「これからどうするの? 記憶が戻ったんなら学校は……」

「大丈夫。もう逃げない。正樹さんを通じて僕は変わったんだ」

 自信をもってそう言った。正樹の魂が自分の弱い部分に影響しているのは確かだった。

「……本当に本当の進藤くんなんだよね? ……以前の新藤君とは違う気がするけど」

 月野はまた戸惑っていた。

「そうだ。月野さんたちにお願いがあるんだ」

「何?」

「京子さんのこと。あの名取さんを通じて状況を報告して欲しいんだ。僕はあんなことがあったからもう行けないしさ。ひょっとしたら僕の中にまだ正樹さんがいるかもしれないし、状況を報せたいんだ」

月野たちは顔を見合わせ、頷いた。

「……わかった。ここまで来たら最後までつきあうわよ」

 椎名が苦笑して言った。

「それと、名取さんには、その、できたら自分で謝りたいけど、多分顔もみたくないだろうし、謝っていたって伝えといて」

「……うん。まあ、仕方ないよ。伝えとくね」と月野。

 話は済んだ。そろそろ戻らないとまた家族が心配するだろう。

 もう心配はかけない。そう強く心に決め、拓真は病室へと戻った。



                      了

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怨讐の罪火 巧 裕 @urutramikeinu

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