花と雑草はあぜ道で
ナズナと出会った高校二年の春から数年。
僕は地元に就職して、平和に暮らしていた。
去年からは親の元を離れての一人暮らしを始め、立派に生活を送っているつもりだ。
とは言っても両親の家からは車で十分程の場所にあるので、まだまだ親離れはできていないのが現状だけど……。
こんな情けない僕にきっと彼女はこう言うだろう。
だからキミは花なんだよ。と。
そんな彼女は今年、大学を卒業した。
母親から受けていた虐待から解放されたナズナは今までできなかった青春を取り戻すべく、色々な活動を積極的に行っているらしい。
学校の友人と登山したり、スキューバダイビングをしたり。
ときどき写真が送られてくるが、とても楽しい日常を送っているみたいだ。
それと、ナズナは自分と同じような子供を救うべく虐待を受けてしまった子供に対して支援を行うための団体に入った。なんてことも言っていた。
優しい彼女らしいと思う。
しかしそんな順調そうな生活を送っている僕達だけど当然悩みだってある。
それは……。ナズナとの連絡の回数が日に日に減ってしまったことだ。
ナズナが引っ越した当初はマメに連絡を取り合っていたのだが、お互いの生活が忙しくなっていくにつれてその回数は減っていった。
先月はなんと一ヶ月で一往復。
連絡の数に文句を言うつもりなんてないけど、僕としては少し寂しい気がしないでもない。
そんなこんなで、僕とナズナは今、別の道を歩んでいる。
でもそれはあの高校二年の時もそうだったと思い出してからは、まぁこれも仕方ないことなのかなと、少し大人な考えができるようになったんだ。
それは歩く時、ナズナは必ず僕の数歩先にいたこと。
彼女は僕と歩く速度が違うのだ。
それは育った環境や、今の生活、そして生まれ持った性格。
色々な要因で人は……いや生き物は形成されていくんだ。
雑草、いや動物も植物も人間も生まれるところを選べない。
私は雑草として生まれてしまった。と、ナズナは言っていた。
ナズナは自虐的に言っていたみたいだけど、それはきっと違う意味でも捉えることができると僕は思う。
雑草は自由だ。
どこにでも行くことができるし、どこでも生きることができる。
僕みたいな性格の花では真似することができない。そんな特徴がナズナにはある。と思うんだ。
これをナズナに言ったらキミもすればいいじゃん。と軽く一蹴されてしまったが、そういうところがナズナらしいし、そういうところが自由で強いと思ってしまう。
そして彼女が僕そっくりだと言ってくれた黄色のスイレン……。ナズナは花言葉がキミらしいなんて言ってくれているけど、スイレンって水草なんだよね……。
スイレンは水草で、雑草のようにどこでも生きていけるわけではない。
そして僕という水草はこの町という池に根を下ろしてしまったのだから大変だ。
今もなお両親の家の近くに住み、就職先だってこの町。
僕そのものだよね。
そんなこんなで僕はこの町で、ナズナは都会で自由に暮らしている。
そしてそんな水草の僕には日課がある。
それは高校二年の春から続けている日課だ。
僕は素早く私服に着替えて家を出る。
実家を出てからは道は変わってしまったが、目的地は一緒だ。
見慣れた道を進みいつもの角を曲がる。
すると見えてくるのは岩肌を露出している大きな山。そして綺麗なピンク色の桜の木ーーソメイヨシノだ。
何度も、何度も見た景色。
田舎ということで空は広く開放的で気持ちが良い。
僕は深く深呼吸をするとまた歩き出した。
そういえばナズナと出会ったあの日もそうだった。
時間は違うけれどこうして穏やかな風が吹き、雑草達が踊っていたのを覚えている。
名前も何も分からない雑草達。
本来ならば目にもくれない雑草達も、ナズナとの出会いで見方が変わった。
彼女が言っていたこと。
私は雑草だから。
動物も植物も生まれる場所、育つ場所は選べない。
花として生まれた僕。
雑草として生まれたナズナ。
きっとあのあぜ道が無ければ会うことはなかった。
そしてあのあぜ道でなければ隣にいることすら無かっただろう。
きっかけはただのトラブルと僕の気晴らし。
でもそんな偶然と偶然が重なって出会うことができたんだ。
僕はナズナとの思い出を思い返しながら、一歩。また一歩とあぜ道に向かう。
ナズナと過ごした時間は今も尚、僕の心に刻まれている。
たった四ヶ月かもしれない。でも、確かにナズナとの思い出は残っているんだ。
そしてその思い出は続いて行く。
「久しぶりだね」
僕はあぜ道にいた彼女に話しかける。
すると彼女はゆっくりと僕の方を向く。そして目が合うとあの頃と変わらない笑みを浮かべてくれた。
「久しぶり。元気してた?」
久しぶりの再会で涙が溢れそうになってしまう。
それをグッと我慢してできるだけ笑みを浮かべる僕。
だって、恥ずかしいだろ? 少しくらいは見栄を張ったって良いじゃないか。
しかし、そんな僕のちっぽけな見栄はいとも簡単に破られることになる。
自分が一体何を誰にしているか。
そのことに気付いたのは、ナズナの目から涙が零れ落ちた瞬間だった。
「やっぱりキミは泣き虫だね」
そう言ったナズナは胸に飛び込んでくる。
それはまるで高校二年の夏。
あの最後の日と同じだ。
このあぜ道の、この場所で僕とナズナは出会い、そして別れた。
そして今、再会を果たすことができたのだ。
僕とナズナは歩くスピードが違う。
それは個性であり、何も悪いことではない。
でも、そんな僕達でもこのあぜ道ならば隣にいることができるのだ。
何もない。誰もいない。
あるのは岩肌が露出している山と、ソメイヨシノだけ。
でもここにはナズナがいる。
それだけで良いんだ。
僕はナズナを強く抱きしめる。
あの頃、僕がナズナに伝えられなかったこと……。
それを今伝えよう。
「大好きだよ」
すると、ナズナは吹き出すようにして笑うと、こう言葉を続けた。
「もう、今更だよ? 今日から一緒に住むんだから。ほら、早く帰ろう?」
ナズナはそう言うと僕の手を引いて歩き出す。
僕達は違うのかもしれない。
彼女は雑草で、僕は花。
生まれた環境も、育った環境も。何もかも違う雑草と花。
でも、ここでなら……。
このあぜ道だからこそ。
僕達は隣にいることができるのだ。
雑草彼女 西藤りょう @nishihuji-ryo-
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