それは終わりの見えぬ課題

「先生、診察予定の患者さんのリストを渡しにきました」


「ああ、ありがとう」


私は心療内科を開いている医師だ。先ほど、看護師から書類を受け取り、患者の名前を確認した。

三人の名前が眼に入るたびに、私は心を痛めずにはおれなかった。


「ずいぶんと時間が経ったのだがね……」


「……先生、患者さんの名前がどうかしたのですか?私がここで働く前から診察を受けている方がいるとのことですが」


社会人となって間もない彼女は不思議な顔をしている。私がつくる顔色の原因を探ろうとしているのだろうか。


「この三人の患者さんなんだがね。昔あった戦争の経験で心に深い傷を負っているんだ。一人目は幼馴染を失ったこと。二人目は戦場で民間人を撃ってしまったこと。三人目は空襲であやうく死にかけそうになったこと。各々の理由が違えど、戦争がなければこうはならなかったはずなんだ。なぜ、あんなことに……」


「そうなんですか。知りませんでした。私は戦後に生まれたもので」


看護師の彼女が申し訳なさそうに言った。私を気遣ってくれているのだと思う。


「私も戦争に参加していたんだ。義勇兵としてね。武器を手にして戦って、偶然にも五体満足で生き残れたんだが……。今でも命を奪った相手のことを忘れられない」


「そう……なんですか?」


「一人だけだがね。敵兵を撃った。男は倒れて、二度と動かなかった。おそらく私と同じ年頃だったと思う。戦場だから許されると必死に言い訳をしても、一生許されるはずのない行為をしたんだ」



 重苦しい空気が私と彼女の間に漂っていた。それを打ち破るように私は続けた。


「私と同じような経験をしている人は大勢いる。前を向いて歩けない状態の人も見ている。時間の経過は薬にならないことだってあるんだ。そんな人たちを放ってはおけないと思ったから、医者として生きることを決意したんだ」


「立派ですよ。先生はとても」


「よしてくれ。格好良いものじゃない。患者の様子を見て、私の方が苦しい気持ちになることだってあった」


「ええ、ですから立派だと思います」


看護師の真剣な話し方に私のほうが驚いていた。彼女は続けた。


「傷つけることは簡単ですけど、傷ついたものを治すのは簡単ではないのですから。陶器を叩きつけて割ることはすぐにできても、破片を集めて元通りに戻すのは大変な作業ですよ。下手に治そうとすれば、破片でさらに傷つくこともある。人の心だってばらばらに引き裂かれたものを修復するのは大変。でも、周りの助けを借りればもしかしたら……」


彼女は一瞬話すのを止めた。言葉が続かなくなったようだ。そのあとを私が続けることにした。


「そうだ。長い時間がかかるとしても、彼らはきっと完治する。微力ではあるけど、私はその作業をやめることはしない。これまでも、これからもずっと」


いつ、この作業が終わるか見通しはたたない。たてようがない。

戦争経験者の心ははいつまでも戦時中のままなのだ。














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リアリティー 荒川馳夫 @arakawa_haseo111

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