その2 




 ゲームの設定をしようと星奈の部屋の前までくると、彼女から5分待って欲しいと言われたので待つことにする。おそらく部屋を片付けているのだろう。


 部屋から出てきた星奈は、少し顔を赤くしながら僕に部屋に入るように言ってくるが、僕は彼女のある変化に気付く。それは、彼女のスカートの丈が短くなっていたことであった。


(家の中だけでもオシャレしたいんだな… )


 コミュ障の彼女はミニスカートを外で履けないので、部屋に戻ってきてからオシャレのために着替えたのであろう。そんなことを考えると微笑ましく思えてしまう。


 そして、星奈の部屋に入るとゲームの購入からDL、プレイのための設定作業を開始する。


「よし、設定完了。これでプレイできるよ」


 僕は、星奈のPCを操作し終えると、彼女に向き直る。


 画面を見つめる星奈の表情には、不安と期待が入り混じっており、なんとも言えない複雑な顔をしていた。


 まぁ、無理もない。なにしろ、このゲームは初見殺しが満載のゲームなのだから……。


「あ、ありがとう…」


 星奈は消え入りそうな声でお礼を言うと、僕と席を代わりPCの前に座る。


「じゃあ、始めるわね……」


 彼女は恐る恐るコントローラーに手を伸ばす。


「大丈夫だ。僕も一緒にプレイするから。まあ、チュートリアルが終わってからになるけど」

「うん……」


 彼女は小さくうなずくと、意を決したようにコントローラーを動かし始める。そして、ゲームスタートボタンをクリックし、オープニングムービーが始まった。


「なんか……すごい雰囲気あるわね……」


 彼女は目を丸くしながらつぶやく。その言葉の通り、映し出されたのは、荒廃した世界だった。


「そうだな。ちなみに、この世界観の説明をするならば――」


 僕はそこまで言いかけて、言葉を詰まらせる。なぜならば、すでに彼女はオープニングムービーを飛ばしていたからだ。


「ちょっ!? 何やってんだよ!!」

「だって、早く始めたかったんだもん」

「まったくもう……。仕方ないな……」


 僕は呆れながらも、彼女の横に膝立ちすると操作説明を始めることにした。


「まずはキャラクター作成だ」


 このソウルダーク3はキャラクリにも凝っており、キャラの見た目や声なども自由に決められる仕様になっている。もちろん性別変更も可能で、男女問わず楽しめる内容になっていた。


「えっと……どうすれば良いのかしら?」


「自分でキャラを作る気がないなら、予めプリセットで数種類キャラが作られているから、その中から選んだらいいよ」


「わかったわ」

 星奈は素直に従うと、メニューを開いてプリセット一覧を開く。


「これかしら?」


 彼女が指差したのは、金髪碧眼のイケメン剣士だった。僕は、そのキャラを見た瞬間


「それはダメだ!」

 と、思わず叫んでしまう。


「な、なんで? かっこよくて強そうじゃない」

「いや、まあいいんだけどさ……。僕は女性キャラをお勧めするよ」


「はぁ? どういうことよ? 私が女の子だから? むしろ私は自分が女の子だからこそ、男の子キャラを使ってみたいんだけど?」


 意味がわかんないという風に首を傾げる星奈。

 確かに彼女の言うこともわかる。


「オンラインゲームは、女性キャラのほうが優しくして貰えるんだよ」

「ふーん、そういうもんなんだ」

「ああ、そういうものだ」


 実際、僕も女キャラを使っている時は、見知らぬプレイヤーさんから声を掛けられたり、回復アイテムを貰ったりしたこともある。


「というわけで、今回は女キャラを使うといいぞ」


 僕のアドバイスを聞いた彼女は、プリセットから自分に似た『黒髪ロングの女性』を選び直す。


「よし、これでOKかな?」

「うん。問題なさそうだね」


 こうして、無事キャラ作成を終えた星奈は


「それじゃあ、次はチュートリアルよね?」


 と、僕に尋ねてきた。


「ああ、その通りだよ。いよいよゲーム開始だ」


 星奈は、チュートリアルに沿って操作方法を覚えていく。


「思っていたより、簡単そうね。敵キャラが不気味なのが、少し気になるけど… これなら、3ヶ月でクリアできるんじゃない?」


 自信満々といった様子の星奈を見て、僕は少し不安になる。


(これは「まかせて」って言っておきながら、何度も失敗するパターンだな……)


 そんな事を思いつつも、僕は星奈のプレイを黙って見守ることにする。


「うわっ!? 一撃でHPが凄く減ったんだけど!?」


 案の定、序盤からピンチに陥る彼女。


 ソウルダークの敵はチュートリアルの雑魚でも、その攻撃力は高く5発も攻撃を受けると即ゲームオーバーとなってしまう。


 しかも、連続攻撃も容赦なく繰り出してくるため、対処を誤るとあっという間に瀕死状態になってしまうのだ。


 その瞬間――、 【GameOver】

 画面にデカデカとゲームオーバーの文字が表示されていた。…………。


(おいおい。いくらなんでも早すぎるぞ)


 僕は心の中でツッコミを入れる。


「……」


 2体目の雑魚キャラに殺されて、無言で項垂れる星奈。しかし、これは想定内である。


「大丈夫。まだ1回死んだだけだから」


 僕は、彼女を励ますために優しい言葉をかける。


「うぅ……。なんか悔しい……」

「まあ、こういうゲームだからね。最初から上手くいくゲームなんて無いさ」


「そうだけどぉ……」

「ほら、もう1回やろう」

「うん……」


 再び、コントローラーを握る星奈。僕は彼女の隣で操作のアドバイスをする。


「ほら、回復薬飲んで。落ち着いて回避行動を意識して」

「うぅ…… わかったわ……」


 星奈は涙目になりながらも、なんとかチュートリアルのボスまで進めるが、ボス戦を含めて既に20回ほどゲームオーバーになっており、この時点ですでに彼女の心は折れかけていた。


「大丈夫か?」

「大丈夫に見える……?」


「見えないな」

「だったら聞くな……」

「ごめんごめん」


 僕は苦笑いを浮かべつつ、彼女にアドバイスを続ける。

 ボス攻略は敵の攻撃を回避しつつ、こちらの攻撃を当てる必要がある。


 しかも、焦らず欲張らず少しずつダメージを与えなければ、攻撃の最中に敵の攻撃を受けることになり、回避できずにこちらが大ダメージを受けて、最悪即ゲームオーバーになってしまう。


「回避しては、~2撃攻撃を当ててまた回避する。この繰り返しだよ。最初は難しいかもしれないけど、慣れれば簡単に倒せるようになる。 ……多分」


「なんか今の間が気になったけど……まあいいわ」


 星奈は小さくため息をつくと、気持ちを切り替えるように深呼吸をする。そして、気合を入れなおすとゲームを再開した。


 その後、数回のコンティニューを経て、ようやく星奈はチュートリアルのボスを倒すことができたのであった。


「やったーーー!! やっと倒したわ!!」

「おめでとう」


 嬉しそうにはしゃぐ星奈。


 彼女がはしゃぐ気持ちはよく解る。強敵を倒した時の達成感とこの喜びこそソウルダークの醍醐味なのだ。


 僕も最初の頃は、ボスを倒した時はかなりテンションが上がったものだ。


「ねえ、これって次のステージもあるんでしょ?」

「もちろん」

「じゃあさ、早く次に行きましょうよ!」


 ワクワクした表情で僕を見つめてくる星奈。その瞳からは「このゲームをやりきった」という達成感のようなものが


「とりあえず、チュートリアルは終わったね。でも、ここからが本編だよ」

「任せてよ! この調子でバンバン攻略してやるんだから!」


 意気込む星奈だが、その表情は先程までの暗いものとは違い、希望に満ち溢れているようだった。


「頼もしいなぁ。でも、油断したらダメだよ。このゲームは難易度高いから」

「わかっているわ! それじゃあ、早速本編をやりましょうか!」


「頑張ってね」


 僕の言葉を聞いた星奈は、笑顔で親指を立てるとソウルダーク3の世界に旅立っていく。


 しかし、ここから先は本当に地獄のような展開が待っていて、身をもって体験している僕は知っているのだ。


 ここから更にゲームオーバーが量産され、この彼女の表情が絶望に染まることを……

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