その3 




 星奈がソウルダーク3の本編をプレイし始めて、1時間後―


「いやゃぁぁぁぁぁぁ!!!」


 星奈の部屋でスマホを弄っていた僕の耳に響く絶叫。

 絶叫した星奈は、椅子から立ち上がるとベッドにダイブする。


 見れば、画面にはプレイヤーキャラが、雑魚キャラに蹂躙され床に倒れており、既に今日だけでも見飽きた【GameOver】の文字が映し出されている。


 度重なるゲームオーバーで、彼女にとうとう限界が来てしまったようだ。


「まあ、こうなるよね」


 僕はやれやれといった感じで肩を落とす。


 画面からベッドの星奈に視線を移すと枕に顔を埋めた彼女は、うつ伏せの状態で足をバタバタさせており、その度にミニスカートの丈がヒラヒラして、下着が見えてしまいそうになる。


 僕としては見たい気持ちはあるが、見てはいけないと思い慌てて目を逸らす。

 すると、そのタイミングを見計らったかのように、星奈が僕に声をかけてきた。


「なんで、こんなに雑魚敵が強いのよ!? 理不尽すぎるでしょうが!」


「そういうゲームだからね」

「そういうゲームって何!?」


「そういうゲームは、そういうゲームだよ」

「意味がわかんないんだけど!?」


「まあまあ、落ち着いて」


 僕は彼女を宥めるように言うが、色々限界が来ている星奈は収まらない。


「おかしい! おかしいわ! ゲームって愉しむためにするものよね!? ストレスを発散させるためにするものよね!? それなのにストレスが溜まる一方じゃない!!」


 まるで駄々っ子のように叫ぶ星奈、そして、ヒラヒラするミニスカートの丈、悶々とする僕。


 ※二人共すっかり忘れていますが、星奈のゲームをする目的はコミュ障を改善するためです。


 確かに彼女の言っていることは正しい。ソウルダークは難しすぎてストレスが溜まりやすいのだ。


 ソウルダークは3Dアクションゲームというジャンルなので、敵の動きを予測しながらプレイしなければならない。敵は複数おり、攻撃パターンも千差万別、しかも理不尽。それに加えて初見殺し要素満載で、おまけにストーリーも超絶鬱展開である。


「これなら、ハンターモンスターの方がまだマシだわ……」

 星奈がボソッと言う。


 どうやら、このゲームに嫌気がさしてしまったらしい。


「仕方ないなぁ。じゃあ、今日はここでやめて、続きは明日にしよう」

「そうね…… もう疲れたし今日はここまでにしておくわ……」


 そう言って星奈は再びベッドに突っ伏してしまう。

 そして、そのまま動かなくなってしまった。


(これは完全にダメだな)


 今日の彼女は精神的にも体力的にも限界を迎えていたようだ。

 明日になればまた元気になっているはずだ。そんなことを考えながら、僕は自室に戻る。


 それから、少し時間が経ち、時刻は既に夜11時を過ぎていた。

 流石にそろそろ寝ようと思い、部屋の電気を消そうとしたときだった。


 携帯の着信音が鳴り、画面を見るとそこには【佐川星奈】と表示されていた。

 僕は通話ボタンを押す。


 すると、電話の向こうから星奈の声が聞こえてくる。


「ねえ、ちょっと今いい?」

「うん、大丈夫だよ」


「えっとね、今日はごめんね……。私のせいで無駄な時間を使っちゃって……」

「気にしないで。別にすることもなかったし…」


「でも…… あんなに付き合ってくれたのに、最後あんな帰し方させちゃったし……」


 どうやら、自分の為に時間を使わせたのに、帰る時に見送りもしなかった事を気にしているようだ。


 消え入りそうな声で話す星奈。その声音からは申し訳なさを感じ取れた。


「本当に気にしてないよ。むしろ、お礼を言いたいくらいだし……」

「お礼? なんのこと?」


 当然”下着が見えそうになっていた事”とは言えない。


「それはこっちの話だから気にしないで」

「よくわからないけど、わかったわ」


 どうやら納得してくれたみたいだ。よかった。

 このままだと変な空気になりそうだから、話題を変えよう。

 僕は星奈に気になっていたことを聞くことにした。


「それより、星奈ちゃんはもう大丈夫なの? 」


 相当疲れていたようなので、現在の体調を聞いてみる。


「う、うん。今は大丈夫よ。心配してくれてありがとね」

「それなら良かったよ」


「それでね、その……一つだけ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「もちろんだよ。なんでも聞いてくれて良いよ」


 改まって何を聞きたいというんだろう?


 しかし、星奈の口から出てきた言葉は、今迄の会話の流れから全く予想していないものだった。


「あのゲームで、私のコミュ障は改善されないわよね!?」

「……へっ?」


 突然の問いかけに僕は思わず声を上げてしまう。彼女は僕の返事を待たずに続ける。


「だから、ソウルダークで、あたしのコミュ力は上がらないわよね!?」


 彼女の言う通り、あのゲームで当初の目的であるコミュ力は上がらないだろう。


「おっしゃる通りです!! 上がるのはプレイヤースキルだけでございます!」


 僕は携帯の前で土下座しながら答える。


「ほらみなさい! やっぱりそうなんじゃない!」

「はい! 申し訳ありません!!」


 僕が謝ると星奈は大きなため息をつく。


「違うの。責めているわけじゃないの…… ただの確認よ」

「確認? どういうこと?」


 意味がわからず僕は首を傾げる。すると、星奈は恥ずかしそうな声で話し始めた。


「それは… その… あのゲームではコミュ障改善が出来ないわけでしょう? ということは、別のゲームをしないといけないでしょう? でも、せっかく買ったわけだから、勿体ないじゃない? そこで、あんたにお願いがあるんだけど……」

「な、何かな……?」


「このゲームの攻略を手伝って欲しいの。つまり、あたしと一緒にプレイして欲しいって事よ。」


「えっ……」

 まさかの展開だった。僕は驚きのあまり言葉を詰まらせる。


 それは一緒にプレイすることを頼まれたことよりも、彼女があの<死にゲー>を続けるつもりであることにであった。


「なによ、その反応は? 文句あるの? 言っておくけど、明人に拒否権なんて無いんだからね! そもそもあの激ムズゲームを勧めてきたアンタの責任なんだから、これから私がプレイする度に攻略を手伝ってもらうからね。わかった?」


 星奈は捲したてる様に一気に喋りだす。

 正直、後半はほとんど聞こえていなかった。


(まさか、星奈の方からゲームを続けたいと言ってくるとは思ってなかったな)


 僕は内心かなり驚いていたのだ。

 そして、同時に彼女と一緒に僕の好きなゲームをプレイできる事が嬉しかった。


「うん。全然構わないよ。むしろ、大歓迎だ」

「そう? なら決まりね。明日からよろしくね」

「こちらこそ、よろしく頼むよ」


 この日から、僕と星奈によるソウルダーク3の攻略が始まったのであった。


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