イケメン怪盗、リバース!

無月弟(無月蒼)

イケメン怪盗、リバース!

 時刻が午前0時を回った頃。その音は突然響いた。


 ヴ——! ヴ——!


 鳴っているのは警報音で、そこは町の美術館。

 私がいるのは美術館の敷地の外だけど、中で何かが起きているのは分かった。

 現れたんだ、怪盗が。


 私は電柱の影に隠れながら、中の様子に気を配る。

 きっと端から見たら、今の私は相当怪しいだろう。


 こんな遅い時間に、中学生の女の子が外にいるなんて補導案件。

 だけど私にも、やむにやまれぬ事情があるの。


 するとその時、何かが美術館の塀を飛び越えてきた。

 三メートルはあるであろう壁を軽々と越えて地面に着地したのは黒衣を纏い、顔にはまるで、ヴェネチアのカーニバルで売られているような派手な仮面をつけ、綺麗な銀色の髪をした人。そして片方の手には、白く四角い布を抱えられている。


 ひょっとして、あれが怪盗? 背は意外と高くなく、160センチくらいかな。

 そして手に持っているのはおそらく。


「その絵を返して!」


 私は声を上げながら飛び出して、怪盗はこっちに顔を向ける。


「女の子? どうしてこんな所に」


 仮面の奥から発せられた声は幼い、男の子の声。

 ひょっとしてこの人、私とあまり歳変わらなかったりする?


 そして彼は、不思議そうに首をかしげる。


「返すって、この絵は美術館のもので、君のじゃないと思うけど」


 彼は白い布をハラリと剥がし、包まれていた物が露になる。


 街灯と月の明かりに照らされたのは、一枚の絵画。翼の生えた白く美しい馬、ペガサスの絵。

 間違いない、その絵は。


「そ、それは私のおばあちゃんの絵なの。今は美術館が持ってるけど、元々はおばあちゃんが友達から貰った、大事な絵なの」


 三年前に亡くなった、大好きだったおばあちゃん。

 彼が今しがた盗んできたのは、そんなおばあちゃんが大切にしていたペガサスの絵だった。


 おばあちゃんの死後、色々あって絵は美術館に保管されていたけど。そんな絵を盗むと言う予告状が届いたのが先日の事。


 なんて事だ。おばあちゃんの大事な絵を盗むなんて、許せない。

 いてもたってもいられなかった私は、夜中にこっそり家を抜け出して、こうしてやって来たというけ。


「返して! おばあちゃんの絵を、持っていかないで!」

「そうか。この絵は君にとって、大切なものなんだね。だけどこの絵は……」


 怪盗は何か言いかけたその時。


「ヒヒ――ッン!」


 夜の町に突然響いたのは、なんと馬の声。

 すると途端に、怪盗が声をあげる。


「まずい、遅かったか」


 すると次の瞬間、信じられないことが起こった。

 怪盗の手にしていた絵。おばあちゃんの絵の中に描かれていたペガサスが、スッと動いたのだ。


「嘘、今その絵、動かなかった!?」


 見間違いじゃないよね。


 だけど異変は、それだけじゃ終わらなかった。

 なんと動き出したペガサスは、まるで窓枠を乗り越えるかのように、こちら側へと抜け出てきたのだ。


 ただ、出てきたのは、描かれていたペガサスそのままの姿というわけじゃない。

 絵の中のペガサス、絵の大きさに合わせて縮小されていたけど、抜け出したそれは普通の馬と変わらないくらいに大きくなっていた。

 だけど問題なのはそこじゃない。描かれていたペガサスは、白くて綺麗な毛並みをしていたはずなのに、出てきたそれは。


「黒?」


 思わず息を呑む。純白だったはずなのに、まるで闇のように真っ黒。

 その姿からは言い様の無い禍々しさを感じて、全身がぶるりと震えた。


 な、な、な、何あれ?


 あの黒いペガサスは、おばあちゃんの絵から出てきたもの。

 だけどそれがとても恐ろしいもののように思えて、足がガクガクと震え出す。


「ヴィヒヒ――ン!」


 ひ、ひいぃぃぃぃっ!


 ペガサスの声はとても荒々しく、気が立っているのが分かる。


 逃げなきゃ。だけど、足が動かない。

 もう万事休す。だけど次の瞬間、私の体はひょいと抱えられた。


「しっかり掴まって!」


 私を抱えあげたのは、なんと怪盗。

 ひょっとして、助けてくれるの?


 混乱していると、ペガサスが突っ込んでくる。

 怪盗は寸での所でそれをかわすも、拍子に顔につけていた仮面が外れ、カシャンと地面に落ちた。


「えっ?」


 思わず声を漏らし、そして息を呑む。


 月明かりにの下、露になった怪盗の素顔。声の調子から、意外と若い気はしていたけど。

 仮面の下に隠れていたその顔は、私と同い年くらいの男の子。

 可愛気があり、それでいてとても整っていて。綺麗という言葉が、とてもよく似合うイケメンくんだったのだ。


 彼は子供とは思えない跳躍を見せてペガサスから距離を取り、抱えていた私を、地面に下ろした。


「君、怪我してないよね?」

「う、うん。助けてくれてありがとう。って、それより、あのペガサスは何なの? どうして、おばあちゃんの絵から出てきたの?」

「アイツは、あの絵に宿った魂が、具現化したものなんだ。見境なく人を襲う、危険なペガサスだよ」


 絵に宿った魂? 

 

「古い美術品は魔力を持っている物が多くて、たまにああやって、魂が具現化することがあるんだ」

「そ、そうなの? けどあの絵は、ずっとおばあちゃんが持っていんだよ。そんな危険な物だったの?」

「違う。元々は、危険じゃなかったはずなんだ。だけど人の悪意や欲望を取り込んでしまって、おかしくなっちゃったんだ。本当は白くて綺麗なペガサスだったのに、あんな姿になっちゃうなんて」


 怪盗の言っていることはよくわからなかったけど。絵が悪意や欲望にさらされた結果、あの黒いペガサスが生まれたのは何となくわかった。

 そしてその原因には、心当たりがある。


 おばあちゃんの死後、あの絵の所有権をどうするかで、親戚中がもめたのだ。

 高価な絵だから高く売れるとか、取り分はどうとか。

 私はおばあちゃんの大事にしていた絵だから、売ってほしくはなかったんだけど。結局手放して、美術館で展示されることになってしまったのだ。


 と言うことはあの絵の魂は、私の親戚達のせいで変わってしまったってこと?


「怪盗さん、ペガサスを元の白い姿には戻せないの? 私にできることは、何でもするから!」


 怪盗に助けを求めて良いのか分からなかったけど、私にはどうすることもできない。頼れるとしたら、彼だけなんだもの。


 すると怪盗は、ジッと私の顔を見た。


「君は、あの絵が本当に好きなんだね。よし、ならきっと大丈夫だ」


 すると彼は黒装束の内側に手を入れ、何かを取り出した。

 出てきたそれは。じゅ、銃!?


「え、ペガサスを撃っちゃうの?」

「安心して、傷つけたいわけじゃないから。ちょっと協力してもらうよ」


 彼はそう言うと、おもむろに私の胸に手を伸ばしてきた。


 一瞬、触られると思ってギョッとしたけど、違った。

 何と私の胸の前の空間に、手の平くらいの大きさの穴が空いて。彼はそこに手を入れたのだ。

 そして穴から手を引き抜くと、そこには銀色の銃の弾丸が握られていた。


「これは君の、絵を大切に思う気持ちが込められた弾丸。絵が悪意を吸収して変わってしまったのなら、真逆の清らかな心をぶつければ、元に戻せる」

「ええと。つまりその弾であの黒いペガサスを撃てば、魂が元に戻るってこと?」

「その通り」


 怪盗は取り出した弾を銃にセットすると、銃口をペガサスに向ける。そして。


「あるべき姿へ返れ……リバース!」


 バーンと言う発射音と共に放たれたのは、光の弾。

 それは吸い寄せられるように、ペガサスへと向かって行く。


「ヒヒ――ッン!」


 ああ、銃弾を受けたペガサスが苦しんで……ううん、違う。

 最初こそ痛そうに鳴いていたペガサスだったけど、すぐに落ち着きを取り戻して。黒かった毛並みが、白色へと変わっていく。


「さあ、あるべき場所に戻ろうか」


 怪盗がそう言うと、白い姿に変わったペガサスは私にペコリと頭を下げ。吸い込まれるように、絵の中へと戻って行った。



 ◇◆◇◆



「悪意を取り込んで暴走した美術品が、取り返しのつかないことしでかす前に盗む。そしてあるべき姿に戻すのが、僕の使命。怪盗をやってる理由さ」


 ペガサスが戻った後、近くの公園に移動し、彼の話を聞いていた。


 美術品が暴走する? 元に戻す?

 難しいことは分からなかったけど、怪盗がおばあちゃんの絵を元に戻してくれたのだけは分かった。


「この絵は君に預けるよ。僕から取り返したって言って、美術館に返しておいて」

「え、持って行かなくていいの?」

「もう目的は果たせたからね。それにこの絵があるべき場所は、君の目が届く所。家に持って帰るのは無理でも、時々見に行ってあげて。そしたらこのペガサスだって喜ぶし、二度と暴走したりしないだろうから」


 怪盗さんはそう言うと、ペガサスの絵を渡してくる。

 おばあちゃんの絵、返してくれるんだ。


「それと僕の目的や素顔は、警察にはナイショにしておいてもらえるかな。バレたら色々厄介なんだ」


 怪盗さんはいたずらっぽく笑いながら、唇に指を当ててナイショのポーズを取って。

 恰好良い顔で可愛い仕草をするもんだから、胸がドキンと高鳴った。


「わ、分かった。絶対誰にも言わないよ。けどその代わり、一つだけ教えて。あなたの名前、何て言うの?」


 問いかけると、彼は銀髪を風に揺らしながら、そっと私の耳に顔を近づける。


「僕はリバース。美術館をあるべき姿に戻し、あるべき場所に返す。怪盗リバースだよ」

 

 耳元で囁かれたと同時に、チュッと頬に柔らかな感触があった。

 キ、キスされた!? 


 まるでゆでダコのように真っ赤になる私をよそに、彼は「じゃあね」と言い残して、夜の町へと消えて行った。


 


 それからと言うもの。私は怪盗リバースが世間を賑わす度に、その記事をスクラップ帳に納め、彼が予告状を送る度に現地に趣いて応援するという、推し活を行うようになった。


 彼のことを思い出す度に、頭がぽわわ~ってなっちゃうんだもの。

 怪盗リバース、素敵だったな~。

 どうやら戦うイケメン怪盗に、私は心を奪われちゃったみたい。


 どうかこれからも、暴走した美術品を戻していってね。優しい怪盗さん。



 了

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