【11】

 さっさと先に立って歩く勇者の足元を、仔猫ラクシャが付いていく。早く行かないとまたどこかに迷い込んでしまうことだろう。

 僕はそれを目で追いつつ、ドアのすぐ傍らにでんと鎮座させてある【暴食の似袋バッグ・オブ・ケルベロス】を、ほぼ無意識で発動させた【浮揚レビテイト】と共に背負い上げる。


 そして歩き出そうとした目の前に――レナが、うつむいて立っていた。


「大丈夫。みんながゲートまで案内しておくって」


 見ると、店にいた女性たちが大挙して勇者を追いかけていく。その最後尾から、意味ありげな笑みを浮かべたサリアがこちらを一瞥して手を振り、そのまま一団に紛れていった。


「私は魔王軍に戻って、焔獄法師ジェインフェルが倒され秘宝は勇者の手に渡ったと報告する」


 足元を見つめたたまま、淡々と話しはじめる鬼人の少女。まあたしかに、どうやらあの猫は勇者が気に入ったようだし、勇者の方は言わずもがなだから、結果そういうことになるだろう。

 つまり、嘘はついていないことになる。


「大丈夫なの?」

「ああ。それで、もうこの街が襲われることはないだろう」

「それもあるけど、レナきみにお咎めとかないのか、心配だなって」

「……ぼ……っ……!」


 レナは謎のリアクションののち、しばらく沈黙する。また怒らせてしまったのかと冷や冷やする僕だった。


「……余計な、お世話だ。それに、お前たちの方が狙われることになる可能性が高い。他人の心配してる場合じゃないだろう」

「なるほどそうだね。でもまあ、うちの勇者様的には願ったりかなったりじゃないかな」

「そうか……。それと、これなんだが……」


 そして彼女は後ろ手に持っていたものを差し出す。その綺麗に折り畳まれた紺色ネイビーのジャケットは、きのう僕が彼女の肩にかけたものだ。


「ああそうか。忘れるとこだった、ありがとう」


 しかし彼女は何を思ったか、僕に渡す前にそれを思いっきり胸に抱きしめる。


「って何を――」


 驚きつつもその愛らしい仕草になんだか胸が高鳴ってしまった僕に、彼女はそれを押し付けるように渡しつつ、言うのだった。


「その服、いま私が魔蹂将としての呪いを掛けた! もし他の人間おんなのこの肩に同じことかけたりしたら、そいつを呪い殺す!」

「えっ……!? わ、わかった、たぶんもうそんなシチュエーションないと思うけど、気を付けるよ」


 僕は困惑しつつも、レナにこう伝える。


「このジャケットをかけてあげるのは、きみだけにするよ」


 それを聞いた彼女は、一瞬だけ目を見開いて僕の顔を見つめ、それから無言で背を向けてものすごい勢いで走り去ってしまった。その顔は、尖った耳の先まで真っ赤だった。

 ……また、怒らせてしまったのだろうか。

 やっぱり、しょせん器用貧乏な僕には、との距離を縮めるとか、そんなことはできやしないのだ。


 落ち込みつつ、いったん荷袋リュックを置いてジャケットに袖を通す。

 ほんのりと、甘い移り香かおりがした。


 ……いつかまた、会えるといいな……。


 そして僕が街のゲートに着いた頃には、お見送りは住民総出の規模に膨れ上がっていた。


 例の小さな男の子ゆうしゃが、千切れそうな勢いでぶんぶん腕を振ってくる。

 彼の首に掛けられているメダルは、勇者リュクトが子供の頃に故郷の武闘大会で三連覇したときの、殿堂入りの証だったはず。


 たくさんの感謝の言葉を背に、街を後にする。何度か経験したことだけれど、今回はその感謝が、勇者だけじゃなく僕にも向けられている。


 なんだか不思議な、でもあたたかい気持ちになりながら、後ろ髪を振り切って僕は、木々の間の街道を歩く。

 一度だけ振り向いたとき、豆粒みたいになってもまだ手を振っているサリアさんの横に、レナが立っているのが見えた気がした。


「ああ、そう言えばおまえ――」


 と、前を歩く勇者が、振り向かずに声をかけてきた。ちなみにラクシャは、その肩にちょこんと乗っかっている。


「どうかしました?」


 はいはい、またなにか無茶ブリですか? と思いつつ応じる。

 でもいいんだ、そうやって何にでも対応していくことが、僕にとっての強さになる。目指せ、万能!


「――よくやったな」


 まさかの言葉に、一瞬かたまってしまう。褒められたのはたしか、キンキンに冷えたフルーツオレを砂漠の真ん中で出したとき以来だろう。


「はい!」


 そんな僕の返事に答えるように、勇者の肩で仔猫ラクシャが「にゃあ」と鳴いた。



◇◇◇



 さてさて。


 勇者と従者と仔猫ラクシャの旅は、これからまだまだ続くのだけれど。

 今回の物語は、ここで一旦の幕とさせていただこう。


 ――ひとつだけ、付け加えるなら――。


 十年ののち

 魔蹂将たる暗黒騎士から街を守った一連の活躍によって、トルル・ポアールの名が【自動年代記オートクロニカ】に、はじめて刻まれることになる。


 やがて【最強の勇者】リュクト・アージェントに並び、【万能の勇者】と称される彼の、これがはじまりの物語である。

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勇者と従者のクロニクル クサバノカゲ @kusaba

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