【10】

 というわけでいま、勇者リュクトは僕の背後うしろの席で、テーブルいっぱいのご馳走を片っ端から平らげている。

 その姿を、おかみさんや給仕の女の子たちがうっとりしながら眺めている。

 そして男たちは、なにかを諦めたような表情でかぶりを振ったり、うなだれたり、あるいは女性たちと同じ目をしていたりする。


 ――まあ、この勇者と旅をしていれば、わりとよく見る光景だ。


「と、ところで刹晶石って、確か……いにしえの鬼神を封印した石の呼び名だったような……」


 荷袋の奥に収納された稀少秘宝レアアイテムのひとつに、【自動年代記オートクロニカ】という鈍器として使えそうな分厚い本がある。


 そこには神話の時代にさかのぼる世界の成り立ちから、人間と魔族の戦いの歴史までが事細かに延々と記され、魔王の撃退から百年後の復活、そして三王国の滅亡まで到り、そこから後半はすべて白紙になっている。


 その名の通り、自動的に世界の歴史が記されていく魔本なのだ。


 と言うとすごく便利そうだけど、「歴史」として確定するまでに十年ほどのタイムラグがあるらしく、いま世界中で起きてることをすぐ知るような千里眼的な使い方はできない。


 まあとにかく、わからないことがあれば何でもすぐ聞いてくる上、答えられないと不機嫌になる勇者に即答するため、僕はこの本の内容をそれなりに頭に入れてある。

 わりと、歴史の闇に葬られた真実みたいなことも普通に書いてあるので、内容を喋るときには気をつかうのだけど、このへんは問題ないはずだ。


「古の鬼神……もしくは破壊神、【悪鬼羅刹】ラクシャーサ。手の付けられない暴れん坊で、神々と魔族と人間が協力してようやく『封印』できた……らしい」


 であれば、世界を滅ぼすという話にも納得はできる。そしてもしかすると、魔王はこれを脅威と捉えている可能性もある。


「へええ……トトル様って、強いのに物知りで、なんだか凄いね」


 そこにかけられたサリアさんの優しい言葉に照れまくる僕。

 基本的に誰からも褒められないので、どう反応すればいいのかわからないのだった。


「いやあ、僕なんてただの器用貧乏ですから」

「ただの器用貧乏に、魔蹂将が倒せてたまるか……」


 レナも不機嫌そうに同意する。これはこれで嬉しい。


「それはそうだけど、たまたま色んな事がかみ合っただけで」

「噛み合わせられることが、凄いことなんだよ。なんでもこなせて、それを使いこなせる、トアル様は器用貧乏じゃなくて――」


 サリアさんは僕の目を真っすぐ見つめながら、言うのだった。


「――万能、なんじゃないかな」

 

 万能。なんて魅力的な響きの言葉だろう。いまの自分がそれに相応しいとは到底思えないけれど、そのとき僕は、自分の目指すべき道がぱっと明るく照らされたような気がした。

 これが天啓と言うものだろうか……さすが、元・女神の巫女……。


「……でもそれじゃあ、このが、その鬼神だったりしてね」


 しかし、当のサリアさんはもう元の話題に戻って、言いながら膝の上の猫を覗き込んでいた。


 ――みゃあ。


 ひとこえ鳴いて応える。いやいや、そんなはずはないでしょ、さすがに。


「さっき聞いたんだけど、うちの曾祖母オオババ様が子供のころにもそっくりの猫を見かけたことがあるって。きっとどこかの家の飼い猫で、代替わりしてるんだろうって言ってたけど……」

「へ……へえ……」


 とりあえず。どうやらおんなのこらしいこの猫の名前を「ラクシャ」にすることと、不用意に首輪から石を外すのはやめておこうね、というのがこの場で下された結論だった。


 ちなみにその曾祖母オオババ様は、いまは勇者のテーブルの真正面ベスポジに陣取っておられる。


「――馳走になった」


 その熱い視線の先で、勇者が口元をナプキンで拭いつつ、綺麗に空になった食器類を前に立ち上がった。女性陣の視線がナプキンの行方を追っているが、全員が牽制しあって誰も動けない。


「あ、お代はけっこうですので! よろしければ今晩は、うちにご宿泊を……」


 そう言うおかみさんは、きのう僕を部屋に案内した時よりお化粧が完璧だった。


「いや、美味の対価は支払わせてくれ。それと、申し訳ないが先を急ぐ旅でな、このあとすぐに発つつもりだ」


 迷子の行き倒れ勇者がどの口で、と言いたいところだが――まあこれも、彼と旅していればままあることだ。とにかく自由気まま、方向音痴、そして無愛想。好きなものは猫とそれから、「強敵」との戦い。


 そう、いわゆる戦闘狂バトルマニアというやつだ。彼が勇者をしているのは、たぶんそれがいちばん「強敵」に巡り会えるから。


 この街にはもう、魔蹂将きょうてきはいない。だからさっさと次の街に向かうというわけだ。

 ちなみに、旅の最終目的は魔山嶺にあるという魔王の玉座。しかし、そこまで一体どのくらい掛かるかは誰にもわからない。レナの話では、魔蹂将にさえその真の場所は知らされていないらしい。


 そんなわけで、魔物狩りの賞金で常にそこそこ余裕のある財布からお代を支払い、僕個人の財布はそこそこ寂しいので宿代は遠慮なくサービスしていただきつつ。


 僕ら主従は「鹿角兎ラッセルボック亭」を後にするのだった。


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