【09】

「――で、この首輪にぶらさがってるのが、世界を滅ぼす秘宝ってこと?」


 翌日。宿屋兼大衆食堂である「鹿角兎ラッセルボック亭」一階のテーブル席にて。

 僕は暗黒騎士レナザムド――の中の人だった鬼人の少女、レナに改めて問いかける。


「ああ、私の聞いた『刹晶石せっしょうせき』の特徴と符合している。何より、それの内側からすごく……嫌な感じがする」


 なるほど、魔族にだけ感じ取れる何かがあるのだろうか?


「だから、なんとか法師もその猫に手を出したのかな」

「焔獄法師ジェインフェルだ。まあ、奴はもともと、街ごと焼き尽くせばいいと主張していたから、なんとも言えないけど……」


 形の良い眉をひそめながら、テーブルの真向いで静かに答える彼女は、この街で暮らしていたころに着ていたという若草色のワンピースがよく似合っていた。

 鱗と尖った耳先が目立たないように、前髪を下ろしつつふんわり波打たせた髪型もまた、なんというかすごく似合う。


「あれ……トルル様、レナのことそんなに気に入ったの?」


 テーブルの右手側から、膝の上に丸くなったハチワレの仔猫――秘宝の持ち主を撫でつつ、悪戯っぽくサリアさんが問いかけてくる。


「いっ!? いえいえ、そういうんじゃなくて、ただなんていうかほらあれですよ、客観的に、かわいいなって思っただけで」

「かわっ――!? ぐっ愚弄するのもいいかげんにしろ!」


 蒼白い頬を真っ赤にして、レナはと睨みつけてくる。怒らせてしまったらしい。うーんだめだ、やはり僕には女の子がさっぱりわからない。


「ごめんなさいね、トルル様。レナこのこったらツンデレなとこあるから」

「サっサリアおねえちゃん変なこと言わないで!」

「あ、あの、せっかく再会した幼なじみなんだから、喧嘩はやめましょうよ!」


 割り込む僕に、くすくす笑うサリアさんと、憮然むすっとした表情のレナ。ああ、いいなこの空間、なんだか幸せな気持ちになってしまう。


 ――昨日、あの激闘の後。


 もうひとりの魔蹂将、焔獄法師ジェインフェルの魔力が、戦闘体勢に入った直後に完全消滅した――おそらく何者かに瞬殺された――というあり得ない事実に混乱するレナだったが、僕にはだいたいの察しがついていた。


 そんなことができるのは、うちの勇者――最強と名高いリュクト・アージェントしかいないだろう。


 しかし翌朝になっても一向に姿を現さない勇者かれ。そこで僕は恥を忍んで、自警団のみなさんに捜索の手伝いをお願いしたのだった。

 結果、路地裏でみゃーみゃー鳴く仔猫に導かれ、その先で空腹にへたりこんでいた勇者を発見したのは……捜索隊ではなく、独自捜査を敢行していた例の小さな男の子ゆうしゃだった。


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