終幕
#1:カーテンフォール
事件から一週間後。
「……で、結局俺がいなくなった後何があったんだ?」
「警察の発表通りだよ」
広島の病院、その病室のひとつにて。
入院中の猫目石欠片の見舞いに、雪宮柳は訪れていた。
「わたしがバタンキューしてる間に、息を吹き返した景清さんがもうひと暴れ。みんな死んじゃったけど、駆け付けてきた師匠がやっつけておしまいって感じ」
「…………」
「あ、信じてない?」
「いや……チェーンソーで腹破られた人間が蘇生したと言われてもな……」
「チェーンソーで肩ざっくりやられたわたしが生きてるんだから、そんなもんじゃない?」
「かもな」
柳にとっては、もはやどうでもいいことだった。今回の事件、探偵の弟子だ息子だと言われていた自分がまったく介入の余地がなかったということに、少しがっくりきただけだ。
今回の事件は一種のまぎれのようなもので、気にすることじゃないと父親は言うのだが、それでも……。
「……お前、何喰ってんだ?」
「ブルートブルスト」
「……何?」
「血のソーセージだよ。正確には血だけじゃなくて臓物とか脂肪とか入ってるけど。だいぶ血を流したから補わないと」
欠片がさっきから、タッパーから取り出して食べているのは、普通のソーセージより黒ずんだ色合いの食べ物だった。何を食べているのかと聞いてはみたが、実際のところ、血の匂いが漂ってくるのでだいたい何なのかは直感的に理解できた。
欠片の病室は個室なので、変なものを気兼ねなく食べていられる。
「さっき師匠とマスターが持ってきてくれたんだ。やっぱり病院食じゃ味気なくてさあ。がっつり肉を食べないと回復しないよね」
「……別に内臓を傷つけたわけじゃないから食えるのか。それでも病み上がりの食べ物じゃない気がするがな」
「食べる?」
「いらん……マスターって誰だ? 知らん人が出てきたぞ」
「師匠の探偵事務所の下に小料理屋があって、そこの店主さん。結局師匠も男だからねえ。わたしのことで困るとよくマスターに相談してるんだよ」
「マスターっていうか女将さんか」
「ぶっちゃけ結婚したらって思うんだけど、師匠もマスターもそれはしないっぽいんだよね。どういうことなんだろ」
「俺が知るか。ただ……結婚だけが人生じゃないってことじゃないのか」
まさに結婚という人生の帰結によって生まれた柳には、きちんとは理解できないことだが。
「そんなもんだろうね」
一方の欠片は、何かを理解したようだった。
(こいつは……そういえば猫目石瓦礫に拾われたんだったか)
思い出す。
(だとしたら、こいつには本来の親がいたはずだ。その親はどうしているのか……捨てられたのか)
あるいは。
もう
そんなことを考えながら、夏は過ぎていく。
中学三年生の、貴重な進路を決める夏は。
柳にとっては、少しだけ妙な事件に巻き込まれた夏として終わっていく。
「ここにいたのか」
病院の屋上で、猫目石瓦礫は煙草を吸っていた。後ろから声を掛けられ、振り返る。
そこにいたのは。
雪宮紫郎。
「おやおや」
煙草を行儀悪く咥えたまま、瓦礫は茶化したように言う。
「これは名探偵の雪宮紫郎じゃないか。どうしてわざわざ広島に?」
「柳がお前の娘……だか弟子だかの見舞いに行きたいと言うからな。ついてきた」
「そいつはご苦労様。柳くんも殊勝な心掛けをするねえ」
煙を吐く。
「それともあれは欠片に惚れたのかな? 蛙の子は蛙、色情魔の息子は色情魔だからな」
「黙れ」
距離を取ったまま、瓦礫と紫郎は対峙する。
「お前……本当にあれで決着がついたと思っているのか?」
「決着?」
「今回の事件だ」
紫郎が探るように指摘する。
「大内景清が一度致命傷を負ったが、再度立ち上がって皆殺しにした? そんなバカみたいな話が通じると思うのか?」
「少なくとも広島県警はそれで納得した。三年前の未解決事件も解決したし、別にそれでいいじゃないか」
「真犯人は別にいる。そしてそれは、お前の娘なんじゃないのか?」
「…………」
「状況証拠からいってそうとしか思えない。それに、お前の娘というのが怪しい。拾った子どもだとは聞いたが、お前が他人の子どもを拾うなど、およそありえないことだ。彼女に何かあるのか、それともお前に何かたくらみがあるのか……」
「名探偵ってのは陰謀論を唱えていれば儲かる楽な商売らしい。僕もあやかりたいよ」
携帯灰皿を取り出して、吸殻を落とす。
「そういう君も、ずいぶん変わったようだ。自分は探偵じゃないが口癖だったやつが、いつの間にか名探偵だものな。人間、年を取れば変わることもあるだろうが、これはほとんど変節じゃないのかな」
「…………」
「まあいいさ。君は君の人生をエンジョイしろよ。僕の知ったことじゃない」
ちらりと、紫郎の奥を見る。そこには、屋上にひとりの女性が入ってくるところだった。
紫郎も瓦礫の視線を追って振り返る。
そこに立っていたのは、金髪碧眼に着物姿の麗しい女性であった。どこか現実から浮いているような、超然とした雰囲気をまとっている。
「迎えだ」
「あれが新しい女か?」
「いやいや。ちょっと親しい友達だ。知らなかったか? 僕は昔から男友達より女友達が多い性質だったからな。それに年頃の娘のこととなると、男の僕では分からないことも多いからな」
瓦礫は歩き去っていく。
その背中に、紫郎は声を掛けた。
「必ずお前の企みを暴くぞ、猫目石瓦礫。お前が娘を使って何をしようとしてるのか、必ず暴いてやる」
「だから、それは陰謀論だって。何も企んじゃいないよ……むしろ企んでいるのは君だろう。欲しがってなかったはずの名探偵の地位と、息子で何をしようとしているのかな。まあいいけど」
去り際に、瓦礫は誰にも聞こえないように言った。
「そのためにこそ、欠片は必要だ。名探偵ではなせないことのために、殺人鬼が」
こうして、夏は過ぎていく。
奇妙な事件が起きたなあという実感を多くの人に与え。
大切な人を失ったという悲壮感を、いくらかの人に与え。
それは、いつものこととして過ぎていく。
サマーキャンプスリラーナイト:名探偵と殺人鬼 紅藍 @akaai5555
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