第5話

「そうなんです」


 好奇心に負けて、私は彼女と別居した侯爵家へと訪問した。

 夫君は決して彼女が言う様な太り方はしていない。

 ごくごくその年頃の男性としては普通に恰幅が良くなってきている程度だ。

 正直言って、体型も顔も変わらない彼女の方がおかしい。


「お客様ですか?」


 彼女の息子達が顔を見せた。

 上は十四から下は五歳ということだった。


「別居のことでお聞きになりたいのでしょう?」


 挨拶をした子供達を下がらせ、彼女の夫はすっと上品な仕草で紅茶を手にする。


「私は若い時の彼女のあののびのびとした部分と、生き生きとした表現力、そして無論美しさもですが…… そういうところに惹かれて、結婚を申し込んだのです」


 若い頃の社交界に出たばかりの彼女なら、まあそういう評も判る。

 実際、社交界での彼女は、歯にもの着せぬ言い様、美しさ、最新の流行が似合う肢体、男達の視線が集中するのは当然とも言えた。


「無論当初から、あの口ぶりですが、歳を取れば落ち着くと思っていたのです。ですが……」

「ええ、変わらないのですね」

「ですから、上の息子の口調が困ったものになってきたな、と思った時、できるだけ彼女と離し、乳母の方に教育をしっかりつける様に頼みました。下の子も同様です。で、上の二人までは良かったんですが」

「三人目?」

「ええ、三人目が娘だったのです。すると彼女は急に娘は自分でできるだけ手をかけたい、と言い出しまして…… いやそれは駄目だろう、ともうそれまでで彼女の――何というか、態度というか……」

「ずさんさとか、粗忽さとか……」

「ええ、そういうものとか、あとはともかく、できないものを教えるのは無理ですよね?」


 ごもっともです。


「もしかして、刺繍とか料理とか、そういうことを自分で教えたいとか言い出したとか……」

「いえ、それだけではなく、できなくても、どうこうすれば何とかなる、とかそういう方面で……」


 恰幅の良い紳士は頭を抱えた。


「何でしょうねあれは」

「向こうのご両親に会ったことは?」

「あまり無かったのも悪かったですね」


 ああやっばり。


「私も彼女の実家の方に行ってみたのですが…… 何と言うか、あれは、本当に環境ですわね……」

「……いや、遺伝もあると思いますよ……」


 最近言われつつある遺伝。まあ「生まれ育ち」の「生まれ」の方だ。

 「育ち」よりおそらくそっちの方が大きいだろう。

 同じ教育を受けてきた身としては。


「悪いひとではないのだけど、あの親のもとでは、悪いことが悪いと自覚できないんですわ」

「そうでしょうね。だからこそ、彼女から息子は離しました。娘なら更に、です。あれと同じことを繰り返してはなりません」


 夫君の決意は固い様だった。

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