第一ノ二夜 流星――朝焼けに降り注いで

「ねぇ! 起きなさいよっ!」


 耳を劈く大きな声――電車の中で一条夏葉が朝霞春灯の耳元で叫んだ。


「電車で叫ぶバカがいるかよ」

 寝ていた春灯は夏葉に向かって寝ぼけ声で言い返す。


「そもそも、デート中に寝るバカなんてっ! ハル君ぐらいよっ!」


 はぁ……っとため息を吐く春灯。


 一条夏葉――春灯の幼馴染で陰陽族一家の娘。もともと、郷村府で暮らしていたのだが、大火災に巻き込まれ、父と母は死亡。夏葉だけは生き残り、心知(しんち)県にいるおばあちゃんのところへ来たらしい。


 今日は記念すべき初めてのデートなのであるが、無理やり午前六時二十分に起こされて、用意してくれた朝食を食べ、歯磨きをし、十宮博物館を目指して電車に乗った。


 だから、眠たくもなるし、電車に揺られて寝てしまったのだ。


「羨ましいカップルね! 今からデート?」

 通りがかりのおばあちゃんが微笑みながら話しかけてくる。


「そうなんですよっ! できたてほやっほやのゲキアツ――」

「――違います!」


「どひゃぁあああ」


 倒れる夏葉を見て、おばあちゃんが笑う。


「いいカップルね! 行ってらっしゃい!」

 おばあちゃんはふふっと微笑みをこぼすと、座れる席を探すために歩いていった。

 隣では夏葉がさめざめと泣きながら春灯をポカポカと殴る。


「こんなにも献身的で! 清楚で! ボンキュッボンな最強幼馴染彼女なんていないんだからねっ!」

「いねェーだろ!」

「いるでしょっ! ここにっ! ここっ!」


 夏葉は真剣な表情で半分涙目で最高の彼女(そもそも春灯は彼氏になった覚えがない)であること訴えてくる。


 はぁ……っと溜息を吐く春灯。


 どうして夏葉は執着してくるのか真剣に考えても、脳は答えを出さないどころか爆発してしまう。

 何故なら、春灯が物心ついて保育園に通う頃には隣に夏葉がいたからだ。

 幼馴染ってそういうものだと思う。


「ねぇ? さっきなんか夢見てた? 見てたなら夏葉は気になるなぁ~」


 夏葉が興味津々と聞いてくる。頭をかきながら春灯はなんて言おうか考える。小学生の頃のトラウマを夢で見ていたなんて答えたくなかったから春灯は、


「夏葉が怪獣になって町を燃やし尽くす夢。ここら辺、一帯が燃やし尽くされて――」



「――えっ……」



 ふと、夏葉の顔を見ると、胸を刺されたかのような表情をしていた。その顔はいつもと違っていて、燃えていた炎に向かって水をぶっかけた気持ちになる。


 なにか、いけない地雷を踏んだかもしれない。


「いや、夏葉が怪獣になれるわけねェな! なんて、夢見てんだ俺は――」

「――なれるよ!」



 ニッコリと無邪気に微笑みながら言い返す夏葉を見て、春灯は驚く。



『次は十宮とおのみや。十宮です。お出口は右側です』

 静かな空気に電車のアナウンスが鳴り響く。


「さぁ、そろそろ降りるよ! 降りたら本当に見た夢の内容について吐かせようじゃないの!」


「嘘だって……分かった?」


「そりゃあそうよ! ハルは嘘をつく時は頭をかくから」

 春灯を見て、夏葉はウインクする。彼女なりの分かっている合図なのだろう。


「今日はついてきなさいよね! 夏葉のか・れ・し・さ・ん・!」


 流石は幼馴染。当分は勝てないなと思いながら春灯は降りる準備を始めた。


 春灯は空を見上げると、朝なのに一筋の流星が流れるのを見る。


 流星に向かって無事に生きて帰れますようにと願った。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 ドスッと陸上に着地する音――空から白水色に輝く鎧騎士が地上に降り立った。


「早乙女冬雪、十宮博物館に着いた。ニヤ、ナビゲートありがとう」

『どういたしましてニャ! 我、ゲームに戻るから午後六時まで呼ぶんじゃないニャ』

「あぁ、絶対に呼ばない」

『そう言って呼ぶのが冬雪ニャ。切るからニャ~』

 道中のオペレーションしてくれた猫音ニヤの通信が切れる。


「〈妖具〉解除」

 そう言うと、身体に纏っていた〈妖具〉と呼ばれる白水色に輝く鎧が光の粒子となる。すると、瞬時に六角形の形をした氷の妖砥石に戻る。


 さっきまで、白水色に輝く鎧騎士だったものがどこか儚げな少女――早乙女冬雪に変わり果てた。


 冬雪は十宮博物館に向かって歩いていく。


 冬雪はここで働いているヤーレス・ツァイクに会って話がしたかった。

 孤児だった冬雪の面倒を姉貴分として一生懸命面倒を見てくれたのがヤーレスだったのだが、『魔女として、いろんな術式を身につけたかったから』という言葉を残して去ってしまった。

 しかし、近年になってヤーレスは別の事情があって去らざる負えなかったのではないだろうかと考察する。

 だから、真実を知るため十宮博物館に訪れた。


「おや、おやおや待ってたよ。」

 どこからか懐かしくも鬱陶しく感じる声がすると、目の前の草むらに炎が現れる。


 妖炎ようえん――基本中の基本の炎の妖術であるが、草むらが燃えてないことに術者の練度が伺える。となると、


「隙あり~!」

 後ろから冬雪の義姉だった人――ヤーレス・ツァイクが抱きつこうと飛び出してくる。


 ――とっさの判断で冬雪は氷を刃状に形成する。


「せっかくの再開なのに酷いじゃない!」

「歓迎ありがとうございます。ねぇ……ヤーレス・ツァイク館長でよろしいですか?」

もう少ししたら首に刺さりそうな位置に刃が届く。もちろん、義姉だから避けてくれると信じたからだ。


 じゃなければ、義姉じゃない。


「今、ねぇねぇと言おうと――」

「――ヤーレス館長!」


「はぁ……分かったよ……、案内する……入口はこっちね……」


 義姉は駄々をこねるように抱き着くのをやめる。それを見て、冬雪は持っていた氷の刃を安全な場所にぞんざいに放り投げた。


「今日はよろしくお願いします。ヤーレス館長」

「久しぶりの再開で姉としてふるまいたかったのになぁ……」


「今でも私にとっての姉です。だからこそ、今日は案内をお願いします」 


 冬雪は頭を深く下げる。目の前にいるのは義姉とはいえ、今は仕事中なのだから。

 艶やかな黒髪をかきむしるヤーレスは顔を紅潮させる。


 その顔はどこか嬉しそうだった。

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アヤカシスレイン ――妖魔討伐奇譚―― 両翼視前 @ryoryoku0925

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