アヤカシスレイン ――妖魔討伐奇譚――
両翼視前
第一ノ一夜 アイス愛して
あれは――小学五年生の夏休み前頃。
「アイス! アイス~!」
廊下を走る少年――朝霞春灯の次の授業は理科だったから理科室に向かっていた。
今日の理科はアイスを作る実験だったから誰よりも一番乗りを目指そうとしていた。
一番乗りできたからって特に特典はない。あるのは先に入れた優越感のみである。
それでも、アイスが好きな春灯にとっては、今まで受けてきたどの授業よりも、今日のアイスを作る授業が神授業になるのだから。
理科室に立つ春灯は息を思いっきり吸って、吐いて、ドアを触った。
「――冷たっ!」
春灯はバカだったが、この冷たさはバカでも異常だと伝わる。冷たいを通り越して、身体を凍傷にさせるような温度。
しかし、アイスを作るということは命がけだと思ってしまい、ついに扉を開けた。
「失礼しまーす! アイス愛して一番乗り~!」
春灯の表情が変わる。
目の前でクラスメイトの早乙女冬雪が泣き、伏見冷花がアイスみたいにカチンコチンと固まっていた。
冬雪と冷花はここで喧嘩したのだろうかと思えるほど、今日の授業で使う予定だったアイスの素材や調理器具が無茶苦茶になっていた。
冬雪がこちらを振り向くと、
「私……、人を……」
――直後、アイスみたいな冷花が砕け散る。
「冬雪……ちゃん……」
春灯はこの状況を理解できなかった。床にアイスになる予定だったものが辺り一面に凍っていたのだから。
いや、この時の春灯もバカだった。
「――科学の力ってスゲェー!」
いやいやいや、言うべきことは「なんで冷花がアイスになってんの」でしょ。
冬雪はこの言葉を聞いて、涙が止んだ。
「アイスこぼしたら凍っちゃったンだよな?」
急いで箒と雑巾を持って春灯は掃除を始める。
もちろん、今日のアイスを作る授業を楽しみにしていた。しかし、それ以上に冬雪のことが気になっていた。
だから、春灯はカッコイイところを見せようとして冬雪が落としてしまったアイスの素材を片付けようと思った。
途中、続々とクラスメイトが理科室に入ってきて、「春灯こぼしたー!」なんて煽ってくるもんだからキレたけど、やろうとしていることに何一つ間違ってないと思う。
――チャイムが鳴る。
「夏でエアコンつけてないのに、やけに涼しいね~」
春灯は急いで掃除道具を片づけて、理科室に入ってくる先生の目の前に立つと。
「先生! 今日、作る予定だったアイス全部こぼしてしまいました!」
春灯の声で爆笑するクラスメイト達と終始、真顔の冬雪。
「春灯君!」
眼鏡をくいっと上に上げて先生がそう言う。
「――なんですか! 先生!」
春灯がそう答えると、
「すぐに職員室に来なさいッ! なにしてくれちゃったの!?」
先生に怒鳴られる。そりゃあそうだろ。アイス作れなきゃ今日の授業はなにすんだ。
「今日の授業は自習です。各自、理科の勉強をするように……」
先生は溜息を吐く。そりゃあそうだ。やることがなくなってしまったから。
「先生! 冷花さんがいません」
席に座っている一条夏葉が叫ぶと先生がまた溜息を吐く。
「ちょっとはまともに授業させなさいよ……。私もアイス作るの楽しみにしていたんだから……」
「先生もアイスが好きなんですか!」
「春灯君は少し反省しなさいっ!」
「あぁ……もう……今日、最悪……」
今日の先生の顔が死ぬと、春灯は職員室に連行された。
結局、授業は自習になり、春灯は先生に説教を受けた。どうして準備していたアイスが全部こぼれてしまったか話さなければいけなかったのだが、全力で白を切った。
目の前で起きていたこと――冬雪が泣いていたこととアイスみたいに凍って砕け散った冷夏みたいなものが信じられなかった。
だから、先生に説明が出来なかった。
先生は諦めて春灯を教室に帰す。
教室は冷夏がいないことで大騒ぎになっていた。
――学校中を探してもいない。
――自宅に連絡しても帰ってきていない。
どこを探し回っても冷花の存在そのものが消えていた感じだった。
一週間後――冬雪はどこか遠い町へ引っ越してしまった。
今、思えばきっと――冷夏を殺してしまった罪悪感によるものかもしれない。
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