ある平和な休日
鴎
✳︎
「あ、それ無効ね。合わせてこのカード使うからそっちのフィールドがら空き」
「あ、ああ。なるほどね」
秋畑は言った。目の前のスマホには流行のカードゲームの画面が表示されていた。秋畑が座っているベッドの下には同じようにスマホの画面を眺める笹木の姿があった。彼もまた同じゲームをしている。つまるところ二人はカードゲームの対戦をしていた。
笹木は真顔であり、秋畑は頭を掻いていた。
「つまり返しのターンで俺の負けってことね」
「いや、まだわかんないから。諦めるには早い」
「いや、どう考えても負けだろ。どう考えても」
秋畑は投了ボタンを押し、自ら敗北を認め対戦を終わらせた。ゲームセットだった。
今日は休日だった。祝日を交えた三連休の中の土曜の夜。ここはある地方都市のあるマンションの一室で、笹木の部屋だった。
ここは彼ら友人連中のたまり場と化しており、休日になる度にここに集まってはゲームだのなんだのをしつつ時間を潰すのだった。
部屋の中には今スマホゲームをしていた秋畑と笹木とテレビで格ゲーをしている堂島と山田の姿があり4人の野郎がたむろしているところだった。
むさ苦しいことこの上なく、もはやアラサーの男4人が休日に部屋の中でゲームを興じるなどあまりにもあんまりな状況なのは間違いなかった。しかもそれは昼前から始まり、最早6時を回り、窓の向こうが真っ暗になっている今まで続いていたのだ。このアラサー男4人は三連休の休日一日をただ部屋の中でゲームをすることに費やしたのだった。
この過ごし方に関しては恐らく世の中的には賛否両論なのだろう。
「ダメだ。そのキャラクソ過ぎる。どう考えてもおかしい」
「いや、相性的には五分のはずだから。だいたいそっちのキャラも強いか弱いかで言えば強い方だろうが」
「いや、おかしい」
そんなこんなで喚いているのは堂島と山田であった。彼らも彼らで格ゲーに熱中しており、ヒートアップにヒートアップを重ねお互いのキャラの批評をするに至っていた。
いい年した大人がゲームの勝ち負けに血眼になっているのであった。彼らの譲れない矜持がそうさせているのだった。
「そっち終わったかな」
そんな風に熱暴走しかけなほど火花を散らせている二人に秋畑が言った。割り込むことに少し勇気が居るレベルで二人の間には火花が散っていたがいつものことだった。というか秋畑も格ゲーをしたらいつもあんな感じなので特に何も思うことはなかった。
「ああ、終わったけど。そっちはどうだったの。新しいデッキ、ガチデッキに勝てた?」
「さっぱりだな。もう動きが違いすぎる。狂ってる」
「じゃあ、お前も使えば良いだろうが」
「それ言ったらお仕舞いなんだよなぁ」
そんな感じで秋畑と笹木の下らないやりとりがあった。そして、全員がとりあえず自分の触っていたゲームを終え、なんだか良く分からない特になにもしない時間が訪れた。全員これといってなにをするでもなくぐだぐだと天井を見るなりスマホを眺めるなりしていた。
これは誰かが「晩飯どうする?」と言うのを待っている時間だった。だが、全員自分から言うのがなんとなく面倒なのでこうして誰かが言い出さないか待っている時間だった。なんの意味も益もない不毛な時間だった。
「そういえば」
口を開いたのは山田だった。
「中学の同級生だった浜本、結婚するんだってよ」
そして、訪れたのは沈黙だった。それは間合いの図り合いでもあり、現実逃避でもある沈黙だった。しかし、それは一瞬だった。
笹木が言う。
「そういう話は聞きたくないんだよなぁ」
決定的に真実から目を逸らす発言であり、問題の先送りに他ならなかった。彼らにとっての触れたいような触れたくないような話題へのある種の逃げだった。
彼らとてアラサーである自覚はあり、刻一刻と変化していく周囲と自分への焦りはあり、漠然となにかが不安なのだった。
そういった話題に興味はあり、ともすればそういった話題の仲間入りをしたいが、そういった世界の外側でうろうろしているのが彼らだった。うろうろし続けて気付けばアラサーなのが彼らだった。
いつかなんらかの決定と行動を起こす必要があるようなないような気がしていたがあんまり考えていないのが彼らだった。
しかし、やっぱりあんまり関わりたくはなかった。他ではどうあれ、少なくとも今日は気兼ねない友人との下らない休日なのだから。
笹木の発言を受け若干漂っていた緊張感は消え去り、またうだうだとした不毛な時間が戻ってきた。
その時ふと秋畑が言った。
「平和だなぁ」
なんとなく思ったことを口にしただけだった。
「まぁなぁ。すさまじく暇だけど」
なんとなく堂島が答えた。
とにもかくにも平和なのに間違いはなかった。ここには仕事の魔の手は来ない。面倒な人間関係もない。将来の不安的なことも無理矢理どうでもいいことに出来る。ただ、友人とぐだぐだして、ただバカみたいにゲームに没頭して、ただ無意味に時間を消費する。そういった、貧しいような贅沢なような休日の一日の夜だった。
そんな風に各々浸っているのかなんにも考えてないのか、どっちなのか良く分からない時間が流れた。多分全員特になんにも思わずまたぐだぐだしているだけだった。
それはとてもとても、ある意味で得難い時間かもしれなかった。
そんな風な時間がしばらく流れて、
「誰か晩飯の話しないのかよ」
山田がようやくその一言を口にした。
「山田の食いたいもの食いに行こうぜ」
「ええ、俺基準かよ」
「言い出しっぺだからな」
こうして選択権の全ては山田に譲渡された。しょうもない駆け引きに山田は敗北したのだった。それから山田が食いたいものを列挙していくが次々と「気分じゃない」と否定される時間が始まるのだった。
そんな風な、ありふれたどこにでもある土曜の夜だった。
ある平和な休日 鴎 @kamome008
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