三.孫一、鍋を食らう


「さぁ、“孫一特製の味噌猪鍋”だ。たっぷり食ってくれ!」


 孫一の呼び掛けを合図に、皆が取り分けた猪鍋を食べ始める。

美味うまっ!!」

「頭領、これメッチャ美味いです!!」

 箸を付けた家臣達は口々に感想を述べる。美味そうに食べる家臣達の顔を見て、うむうむと頷く孫一。

 家臣達の反応を見てから、自分も汁をすする。……猪から出た脂と旨味、葱の甘味、それに味噌のコクが絶妙に混ざり合っていて、美味しい。皆が嬉しそうに食べるのも納得だ。濃い目の味付けにしたので、ご飯があれば絶対に進む事だろう。

 次に、牛蒡を口に運ぶ。時間を掛けて柔らかくしたのもあり、牛蒡に味が染み込んでいる。里芋もホクホクで、食感の違いを楽しめる。

 そして、主役とも言うべき猪肉。処理もあって臭みは殆どなく、噛めば噛む程に旨味が口の中にあふれ出てくる。やや硬さはあるが、噛み切れない程ではない。

「……美味ぇなぁ」

 一通り食べた孫一は、しみじみと漏らした。

 味は文句なしだが、一番は家臣達と一緒になって食べている事だ。自分の作った物を喜んで食べてくれる姿を見ると、やっぱり作って良かったという気持ちになる。“同じ釜の飯を食う”ではないが、みんなで同じ鍋で作った物を分け合って食べると、心も一体になったような気分になれる。

 こういう時は酒を飲んだら美味いんだろうが、まだ昼間なので我慢する。もっとも、酒を飲まなくても今なら酔える気がした。


 オレの手は、ずっと人を殺す為にあるものと思っていた。

 時には何の恨みもない、それどころか何の面識もない相手を、あやめてきた。オレの右手の人差し指で引き金を引く、たったそれだけで。全ては、自分を信じて付き従っている家臣やその家族を飢えさせない為に、止むを得なかった。

 孫一の本拠である十ヶ郷は、これといった産業はない田舎の農村だった。世の中は弱肉強食の戦乱の真っ只中。日々の暮らしを守っていく為には、強い力が必要な時代である。生き残る為にどうするべきかと考えた末に辿り着いた結論が、鉄砲だった。鉄砲は生き抜く手段でもあり、飯の種でもあった。

 他人の血で染まった自分の手は、けがれているようにしか見えなかった。

 でも――オレの手で作った料理を食べ、幸せそうに笑う者達の顔を眺めていたら、このゴツゴツした手は汚れているだけではないんだなと思えてきた。

 勢力としては小さいかも知れないが、オレは一家郎党を率いる身。好き好んで前線に立たなくても良い身分なのかも知れないが、みんなが命を懸けて戦っている中でオレだけ安全な所に座っている事は性に合わなかった。一兵卒の傭兵として戦場に立つのも苦ではなかったのもあるが、戦うならばみんなと一緒に戦いたかった。

 オレが選んだ生き方を、間違っていると思った事は一度も無かった。

 雑賀衆は傭兵稼業で稼いだ金を地元に還元した事で、多くの民が飢えずに暮らしていけた。危険な仕事だから失われた命もあったが、命を繋いだ事で新しい命も生まれた。名誉も地位もオレには必要ない。全ては故郷の家族の為、オレを信じて待っている民達の為に戦ってきた。生きていくには銭が居る、銭があるから救える命だってあるんだ。銭を稼いで何が悪い。

 金を稼ぐ為にひたすら腕を磨いた。天性の才能があったのもあるが、努力を重ねた事で“日ノ本で五本の指に入る”と自負する程に鉄砲の腕を身に着けた。そのわざを個人でも一軍の将としても如何いかんなく発揮し、銭を稼いできた。特に、石山本願寺の要請に応じて加勢した時には、法主顕如上人から身に余る程の報酬を頂けた。織田家との戦いに敗れて本願寺と関わりを持たないよう誓約した後も、顕如上人は「感謝こそすれ、非難するなどとんでもない」と言ってくれた。

 戦いの中に身を投じ、生死が常に隣り合わせの戦場を幾度もくぐり抜け、紙一重の積み重ねがあって今がある。その結果、こうしてみんなと笑い合っていられるのだ。

 オレの手は人を殺す為にあるのではない、人を生かす為にもあるのだ。自らの手に目を落としながら、孫一はそう考えていた。

「頭領……」

「なんだ?」

 家臣から声を掛けられ、顔を上げる孫一。目の前の家臣は、空になった器を持ちながら訊ねてきた。

「この鍋、メチャメチャ美味しいのでお代わりしていいですか?」

「おう。好きなだけ食ってくれ」

 孫一は満面の笑みを浮かべて、はっきりと答えた。すると待ちかねていた家臣達は我先にとお代わりを始めた。その光景を見ながら、孫一は小さな幸せを感じずにいられなかった。


 “雑賀孫一”こと鈴木重秀は、織田家による紀州征伐以降、雑賀衆の間の抗争に加わった形跡はあるが、それ以外では表立って活動する事は無かった。雑賀衆の中で織田家に協調する立場であったという。

 天正十年(一五八二年)の本能寺の変で雑賀衆の内部で勢力図に変化があり、身の危険を感じて紀州を離れた。以降、生まれ育った十ヶ郷に戻る事は無かった。

 その腕と才覚で一国一城になる事も夢ではなかった雑賀孫一は、最期まで一個人として生きた。その周りには孫一を慕う人に囲まれ、幸せな人生だった――。

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雑賀孫一、鍋を振る舞う 佐倉伸哉 @fourrami

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