家出は出会いとともに、同棲は元カノとともに
須玖 蛙(すぐ かえる)
プロローグ 大家 翔について
空が青く澄み渡り、白い雲がただ一筋、その青い空を真っ二つに割っている……。
彼はそんな中、昔ながらに書かれた手紙を手に、そそくさと歩いていた。
「どうしたんだよ、こんなとこに呼び出して。」
体育倉庫の裏手、桜はまだ咲かず、ちょうど日陰となっているこの場所は寒さが少し、まだ残っている。
風がそよそよと吹き、桜の木の枝がつられてゆらゆら揺れる。
桜舞う風にあわせて相手の髪も揺れる。
黒髪ロング、15センチ差の身長、スタイルのいい手足、なにより顔がアイドル級、そんなラブコメのヒロインが彼の前に立つ。
「ごめんね、でももう卒業じゃん、悔いは残したくないなって。」
彼は面倒だった。
(また告白か、高校生になって、この体育倉庫の裏手で何度チョコを貰い、何度くれた相手を振ってきたことか。自分の非情さもだが、こいつらの執念にもそろそろ反吐が出そうだ。)
自分から告ったことはこの18年という人生の中で1回しかない、
その1回ももう……
告白の前の少し気まずくなるこの間で、学生生活が走馬灯のように思い出される。
楽しかった日々はもう記憶の片隅に追いやられている。
高校三年間過ごしてきたこいつから出てきた言葉は、案の定の言葉だった。
「翔くんのことがずっと好きでした、付き合ってください!」
「ごめん、……………」
あとから出てくる罵詈雑言をやっとのことで抑え、目も合わせずうつむいてその場から去る彼は、曲がり際にそっと振り返る。
日差しをさえぎる体育館の段差に座って、空を見上げる彼女は、触ると消えるのではないかと思うくらい、とても脆そうだった。
時は流れる。
大学受験も卒業式も終わり、高校生最後の春が散っていく。
大家 翔は特別暗いわけではない、むしろ学校の中では『陽キャ』と呼ばれる立場の人間だが、それは、心の隅っこでうずくまっている自分を白色のペンキで何重にも塗り固めたものだ。
彼は人知れず、一人のときにしか顔を見せない本当の自分、見せかけの自分さえも不満を抱いていた……。
帰ってきてベットに潜り込んでから1時間ほど経っただろうか、
時計は20時を指している。家に帰ってからあまり動いていないが、流石にお腹が空く。
現在占領している10畳のだだっ広い部屋は、乱雑に整理された漫画やダンベルが、およそ半分を占拠している。
俺は、襲いかかるベットから逃れ、一伸びして階段に向かった。螺旋階段を別に意味もなく音を立てずに降りる。泥棒も顔負けのテクニックだろう、いっそなってみるか、泥棒に。
階段を降りて玄関の下駄箱の上においてある2000円と書き置きを取る。
『今日は、外で食べてきてください。
大家 愛彩』
家族なんだから別に名字つけなくてもいいじゃないか、それに『今日も』だし。
俺の両親は律儀だ。細かい事にいちいちいちいちうるさい。だから、姉も逃げるように大阪の大学へ行った。
最近買った黒のシューズを履き、ドアノブを回す。外に出ると、生暖かい風が吹き家の中より蒸し暑さが増す。庭の桜や梅はもう散っていった。そう思うと時間が経つのが早い気がするな。
闇の住宅街に、所々に生えている点滅している街灯並木を抜け、いつものファミレスに着く。人の入りは多く、主に家族の客で賑わっている。
カランカランカラン
「何名様ですか?」
「1人で。」言わなくてもわかるだろ。
「かしこまりましたーこちらへどうぞ〜」
案内されて子どもたちが並んでいるドリンクバーをすり抜け、あまり日本のファミレスでは類を見ない赤いカウンター席に座る。
席に座ると、某テレビ番組の何ちゃら王のような速さでボタンを押す。
「マリゲリータ1つ、カルボナーラ1つ、オレンジジュース1つで」
「はっ、はい」
席についてから、ボタンを押す速さに少し引いている店員に、注文をする。
何十回と経験してきた光景、何度となく口にしてきた味だ。
いつものように15分余りで食べ終えると、代金を払い、また街灯並木を抜けて家路につく。
スタスタと歩いている途中でふと、上を見上げてみれば、行きは気づかなかった月が綺麗に出ている。
満月というわけでもなく、また、半月というわけでもない中途半端な月だった。
家につくとそっと鍵を開け、レシートを下駄箱の上に置く。お釣りはもらっていくが、もう親からは何も言われなくなっている。階段をまたそっと上り、自陣に到着すると、
即、自分のベッドに直帰する……。
___午前6時________________
翌朝、あまりの時間の速さに二度寝をしようかとおもうほどだったが、いやいやと首を振り一伸びすると、いつからかため続けていた50万が入った財布と必要機器をタンスの奥から持ち出した。
スマホを見ると案の定、まだ6時だ、一昨日までは10時に起きていたので、大きな進歩と言えるだろう。
今日は何もすることがないが、物件探しついでに大阪にでも行こうか。
思い立ったが吉日と決め、翔は階段を降りた。少し階段がギシッギシッと音が鳴ったことに驚きを感じたが、両親はまだ起きてこない。
冷蔵庫にあったコーヒー牛乳とパンを朝食にして、食べたあと玄関へ向かった。玄関のドアを開く前、後ろを振り返る。案の定、誰もいない。
少しの間待ったが、誰も来ない。あの人達は、まだ夢の中だろう。こんな家だが家出をするとなると、躊躇させられるものがある。
当たり前だろう、18年間育ててくれた場所だ。少しくらいは、良い思い出もあるのだから……。
気がつくと、小学校の頃は良かったと思い返していた、姉と一緒に後ろを振り返り、「行ってきまぁす」というと、
いつも、必ず両親は、「行ってらっしゃい」
「怪我には気をつけるんだぞ」
「友達とは仲良くしなさいね」と言ってくれたものだ。
……まあいいさ。
今の俺を止めるやつはいない。
ちょっとしたメモを残し、外に出た……
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