タイトルに示された通り、この物語の登場人物たちを結ぶのが思い出の「味」。行き違ってしまった人たちを、思い出の味がまた繋いでくれる。そして、新たな出会いもまた。素晴らしい物語。ほっこりとあたたかな気持ちになりました。
メガネをかけている人は、温かい料理を食べる前にメガネを外します。湯気でレンズがくもり、何も見えなくなるから。本作に登場する鍋焼きうどんは、想像しただけでメガネを外したくなります。あふれる涙を拭うために。大切な娘に料亭「堀川」を継いでほしいと願う和也。いつしか絵を描くことに情熱を注ぐ一香。夫と娘をそっと見守る清美。それぞれの思いが伝わってくるからこそ、鍋焼きうどんの温もりがより一層沁みわたります。まさに心と心を結ぶ味わいでした。
糸が縺れた時、時間がかかるからと強引に引っ張っては行けない。けれど、それを選ぶことが正しいと勘違いし、引きちぎってしまう。自分の好きな物も、将来も、自分の体型も、現在すら否定された娘。否定したのは、娘を愛していたが故に娘を見ていなかった父親。それを止めなかった母親。これはそんな糸を結び直すお話。人の弱さを受けいれ、優しくあたためる焼き鍋うどんが、固く閉じた心を解すのでしょう。そうして今度は、1本の糸として別の誰かと糸を結ぶのです。