第6話

それからお互い二人、苦い日々を幾日か過ごした後のある七月の暑い日。

その日はテスト週間の真っただ中で、テストが終わると部活もないので夏生はそのまま家に帰ろうとした。


いつかのあの日と同じ。暑くて、喉が渇いて、ぼうっと道を歩いていた。

そして、あの日思いつきで曲がった小道にさしかかる。

夏生はなんとなく、なんとなく、気になってその小道に進む。

喫茶店にはいかない。でも、なんとなく、どうしているか気になって。


坂を上っていくと、偶然なのか前方にひよりの姿を見つけた。そしてこれまた偶然なのか、ひよりはちらりと後ろを振り返った。


「あ・・・。」

「・・・!!」


お互い目が合って、ひよりは思わず走り出す。

それを見た夏生はなぜだかむっとして、ひよりを引き留めようと自分も走り出した。

「待ってよ!!」

それでも尚ひよりは無視し続けるので、夏生はひよりの細い手首をつかむとぐいっとこちらに引き寄せた。

「どうして、避けるの!?」

「・・・別に。」

「別にじゃないよ!!避けてるでしょ、私のこと!」

するとひよりは泣きそうな目で、夏生を睨んだ。

「桧山だって、私を避けてるじゃない!!」

「そ、それは・・・。」

夏生は俯いたが、すぐにひよりを見つめなおしてこう言い放った。

「でも、先に避けたのは、ひよりじゃん!!ねぇ、私何かしたの?私のことそんなに嫌い?」


違う。違う。違う。


だが、ひよりは、それがなかなか言葉にならない。

「だって・・・きっと、迷惑だから。」

精一杯、涙目になりながらもひよりは、そう言葉にした。

「迷惑?私が?どうして!?」

そんなこと聞くなよ、馬鹿。

そう思いながらひよりは答える。

「桧山、クラスでは人気者で、私は性格こんなのだし、一緒にいてもつまらないだろうし・・・。」

「ちょ、ちょっと待ってよ、私は、ひよりと一緒にいて楽しいって言ったじゃん!」

「違う!!それは、皆になの。桧山は!みんなに優しいからそう言うんでしょ?だったらもっと一緒にいて楽しい奴といればいいじゃない。ほかの奴といればいいの!ほかの・・・同じクラブの子とかといた方が楽しいんでしょ!きっと。どうせ、邪魔なんだ。私なんか!!」


夏生は唖然とする。そんなことをひよりが思っていたなんて。

そんなこと考えていたなんて。

でも、それってまるで。


「ひより・・・もしかして妬いているの?」

「なっ・・・!!」

予想外の夏生の言葉にひよりは顔を赤らめて慌てる。

「こんな時にごめん・・・でもなんだか、ひよりの言葉聞いて、嬉しくなっちゃって。」

「ば、馬鹿っ!!そういう意味じゃ・・・!!」

「じゃあ、どういう意味なの?」

「そ・・・それは・・・。」


下を向いて口ごもるひよりを見て、夏生はまた彼女を可愛いと思ってしまう。心臓がどきどきする。そして、そうかと思ってひよりの手を取った。


「やっぱりだ・・・どうしよう。私、ひよりのことが好きみたい。」

真剣にそう言われ、ひよりは爆発しそうに顔が熱い。それを誤魔化そうと必死に抵抗する。

「な、な、な・・・、何言って・・・だ、大体っ!!桧山は他に好きな人いるって言ってたんでしょ?」

「え!?」

「女子たちが騒いでた。好きな子がいるって、優しい子だって。」

「あ、あぁ・・・。そのこと?」

ひよりは無言で何度も頷く。

「それさ・・・ひよりのことなんだよ。」

「え・・・?」

「あの時、告白されて、真っ先に頭に浮かんだのは、ひよりのことだった。だから思わず、ああ言っちゃって。」

「な・・・。」

「あの時は、なんでだろう。なんであんなこと言っちゃったんだろうって思ってた。でも今分かった。私はひよりが好きなんだよ。」


ひよりは口をパクパクさせながら何か言いたげだが何も出てこない。

でも、何か言わなければ、そう思ってひよりは無理矢理喋る。


「す、好きってなによ・・・。どういう好きよ。友達として?」

そう言われ夏生は首を振った。

「違う・・・こういうこと。」

すると、夏生はひよりをぐっと引き寄せると、そのまま彼女に口づけた。

「~~~っ!!」

ひよりは一層顔を赤らめて、夏生を何度も瞬きをしながら見つめた。

そんな姿を見て、夏生は困ったように笑った。

「ごめん・・・なんかフツーに我慢できなくって。ひよりが可愛いから。・・・でも、だめだよね、そういうの。ごめんね。ひより、他に好きな人いるもんね。」

「そ、それは・・・。」

「ん?」

夏生は優しい眼差しでひよりを見つめる。見つめられて、というかキスされて、ひよりの頭の思考回路は滅茶苦茶だ。


でも、ここで、言わなければ。伝えなければ。


ひよりは目にいっぱい涙をためながら口を開く。

「私があの時好きな人がいるって言ったのは・・・桧山のことよ。でも、桧山、優しいから、皆に優しいから・・・。私が一人で勘違いしてるんだって。そう思って。」

「違うよ!!私調子がいいからそんな風に見られてるのかもしれないけど、そんなのじゃないから!ひよりといて本当にいて楽しいの。いつも喫茶店に行くのが楽しみで、最初はレモネードが楽しみだったけど、いつの間にかひよりと話すのが、楽しみで。私しか知らないひよりがもっと見たくて、ずっと通ってた。ねぇ、だからそんなこと言わないでよ、私を避けないでよ。」

「・・・本当に?」

「うん・・・。ね?それよりさっき、ひよりが言ったことこそ、本当?あの雨の日、言ったことは私のことだったの?」


ひよりは頷く。

それを聞いて夏生はだんだんと笑顔になる。そして飛び跳ねた。

「どうしよう!!私、今、夢見てるみたい。ひよりに迷惑がられているのかもって思ってたから。どうしよう、ねぇ?どうしよう!?」

夏生はひよりの両手を取ってぶんぶんと振り回す。それに躊躇ってひよりは俯き加減で言う。

「どうしようって・・・わかんないよ。」

「そっか・・・でも、とりあえず、もう一回キスしたい。」

「え?え?」

焦るひよりをよそに夏生はもう一度ひよりを引き寄せた。

「んっ・・・。」

「・・・・はぁ、ひよりは、甘いね。レモネードみたい。ひよりの作ってくれるレモネードみたい。」

「そんな・・・私の作るレモネードの方が美味しいし。」

恥ずかしいのか下を向いたままで、ひよりが呟いた。それを聞いて、夏生がにこっと笑う。


「じゃあさ、作ってよ。今から。甘い、レモネード。」

「ん・・・。いいけど。」

「けど?」

「これからも、来てくれる?ずっと、来てくれる?私と話してくれる?」


恥ずかしそうに言うひよりに夏生はどうしようもなく惹かれてしまって、たまらなくなってしまって、思わずひよりをぎゅっと抱きしめた。


「わっ!」

「そんなの決まってるじゃん!!私が好きなのは!甘いレモネードと、それ以上に甘いひよりと話す時間なの!!」


そう言われ、やっと安心できたのかひよりの顔も笑顔になり、夏生をぎゅっと抱きしめ返したのだった。

「ありがとう・・・私も好き。夏生。」


夏のにおいがする。

むせかえる空気。眩しい木々の緑。どこまでも青い空。

今年は、それにレモネードの爽やかな匂いも加わった。

時に酸っぱく、でも甘いレモネードの。


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スイート・レモネード・グラフティ 夏目綾 @bestia_0305

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