第5話

次の日。

二人は学校ではいつもと同じようにふるまった。

昨日何もなかったように。

でも、ひよりはそれでよかった。学校から帰った後、夏生と仲良くできたらそれでいい。そう思っていた。

その方が特別な気がするから。

学校のみんなが知らない夏生を自分だけが見ている気がして嬉しかったのだ。


そんなことを考えていた昼休み。

ひよりの前に、三人組の女子がなにやら話し込んでいる。別に盗み聞きするつもりはなかったのだが、たまたま会話内容が耳に入ってしまった。

「隣のクラスの秋川くんがさ、桧山さんに告白して振られたんだって。」

「マジ?」

「えー、クラブ一緒ですごく仲好かったのに。」

「桧山さんってさ、誰にでも優しいから誤解しちゃうんだよね。」

「そうそう!どんな子にも優しいもんね。」

それを聞いて、ひよりはどきっとする。

「そうそう、なんかね、ふるときに桧山さん、他に好きな子いるからってって言ったんだって!」

「えー!ウソ!!」

「俺よりいい人なの?って秋川くんが聞いたら、すごく優しい子だって言ったって!!」

「えーえー!誰!?」

女子たちはきゃっきゃと騒いだ。

その横でひよりは一人下を向いて眉をしかめる。ひよりの心の中に不安が渦巻いた。

まるで、信頼している人に背中を押されて崖から落とされたような気分である。


誰にでも優しい。

そんなこと初めから知っていたことじゃないか。

相手はクラスの人気者だ。だから、いつも一人いる自分に憐れんで仲良くしてくれただけではないか。


そう、桧山はいい人。

誤解するくらいみんな平等に優しいのだ。

自分だけじゃない。みんなに優しいのだ。

そんなこと、少し考えればわかるはずだ。知っていたはずだ。

なのに、何を舞い上がっていたのだろうか。


優しい子が好き。

・・・誰のこと?

でも、きっとそれは自分じゃない。

自分じゃないんだ。

何もかも。

特別って、何を勘違いしていたのだろうか。

本当に馬鹿だ。


ひよりは、悲しいやら恥ずかしいやらで泣きそうになる。

そんな中、夏生が教室に入ってきた。

ふと目が合ってしまう。夏生はいつものように笑顔で返してきた。

だが、ひよりはそれに応えることができず、ふいっと目を逸らしたのであった。


夕方。

夏生はいつものようにひよりのいるはずの喫茶店に行った。

が、入ってみるとそこにいたのは、ひよりの祖父だった。

「あれ?ひよりは?」

「ひよりは、今日はこれないって。」

「ふーん。そうなんだ・・・。」

夏生は残念そうにつぶやく。

最初はこれがたまたまだと思っていた。

だが、それから毎日喫茶店に行くもひよりは一向に来てくれない。


どうして、なにかしたっけ?何か・・・。

もし、したとしたら・・・あの雨宿りした日のこと?

あの時、ひよりはあんなこと言われて迷惑だったとか?

・・・だったらどうしよう、私のこと嫌いになったの?


夏生はそう思うと、いてもたってもいられなくなり学校が終わってすぐに、ひよりに近づこうとした。ひよりの肩をつかもうとして。手をかけようとして、夏生はその手を止めた。


・・・だったら、どうするの。


よく考えろ、自分。

ひよりは、私と仲良くすること、そもそも困るとか言っていたし。


夏生の脳裏にあの雨の日のことがよぎる。

「いるよ・・・。・・・いる。」

ひよりが好きな人がいると言ったこと。

なぜかそれを思い出して、夏生は苦い気持ちになった。

そして思った。自分はひよりから離れた方がいいんだと。


夏生は、ひよりに背を向けると無言で走り去ったのだった。


「・・・最近、桧山さんこないね、喧嘩でもした?」

喫茶店で不意に祖父にそう言われ、ひよりはどきっとした。だが、冷静を装って答える。

「別に・・・。大会前とかで忙しいんじゃない?」

「そうか・・・。いい子なんだから、お前もっと仲良くしなさいよ。ただでさえ友達が少ないというのに。」

「五月蠅い・・・。」

ひよりは、ふくれっ面をしながらカップを拭く。

実は夏生が来ていた日もひよりは喫茶店にいたのだが、夏生が来ているのを見て奥に引っ込んでいたのである。

最近、夏生が来なくなってまた店に出だしたのだが。


・・・ついに愛想つかされたのかな。


それが、ほっとしたような。悲しいような。

ひよりは複雑な心境だった。

でも、これでよかったんだ。そう思う反面、これでよかったのだろうか。そうも思う。

・・・いや、やっぱりこれでいいんだ。

お互いのために。


ひよりはカウンターに置かれたレモンを見つめた。

今はレモネードなんて飲みたくない。作りたくもない。

甘いシロップすら見たくもない。

甘くて楽しかった日々を思い出して、ひよりは目を伏せた。

今は全然甘くない。

ひよりは泣きそうな顔で小さな窓から見える空を見上げたのだった。

奇しくも外は大雨で、それは当分止みそうにはなかった。

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