第4話
よく晴れたある日。
学校から帰ろうとしたひよりに夏生は近づいてきた。
「何・・・?」
「今日、部活ないんだ。一緒に喫茶店行っていい?」
「別に・・・いいけど。」
本当は、一緒に帰れるのかと嬉しい気持ちでいっぱいのひよりだったが、悟られないようにできるだけ顔をむすっとさせながら言った。
それから二人は一緒に下校した。
ひよりは相変わらず無口なので、夏生が一方的に話すといういつもの展開で歩いていたが、少し異変が起こった。
それは二人の間ではなく、空に・・・だった。
先ほどまでよく晴れていたのに、急に暗くなって、雷が遠くでごろごろと鳴り出した。
「一雨きそう。」
夏生はそう言って空を見上げる。すると夏生の顔に雨粒が落ちてきた。それは、最初はぽつりぽつりと小粒のものだったが、次第に大粒になり雨脚も早まっていく。
気が付くと本格的に降り出した。
困ったと二人は走ってとりあえず、一番近くにあった公園の屋根のあるベンチのところへと避難した。
「うわー、本格的に降り出したね!」
「さっきまで晴れていたし、通り雨よ。すぐ止むと思う。」
ひよりは肩にかかった水滴を払いながら言う。
とはいえ、大分濡れてしまったようで髪からも水が滴る。長い睫毛をつたう雨粒がなんだか色っぽい。そんないつもと違うひよりを真横で見つめて、なぜだか夏生は心臓がどきどきした。
いつも女子たちがひよりをアイドルのように祭り上げているのは、案外冗談じゃなく本当だ。繊細という言葉がよく似合う。ひよりはやっぱり私たちとは違う雰囲気があると夏生は感じた。
一方、雨はというと、すぐ止むと予想はしたものの早々には止みそうにもない。
しばらく二人肩を並べて雨宿りする。いつもなら、夏生がなんだかんだと話すのだが、なぜか今はそれができなくて黙り込んでいた。
だが、そんな沈黙もそろそろ耐えられなくなり、夏生は突拍子もないことを聞く。
「ねぇ、ひより。」
「ん?」
「ひよりは・・・好きな人、いるの?」
「!?」
いきなり意外なことを聞かれ、ひよりは目を丸くして夏生を見つめた。
「あ、いや・・・誰か言わなくていいよ!!ただ・・・なんとなく、いるのかなぁ・・・って。」
「・・・・・。」
ひよりはしばらく黙りこんだ。
「あ、ごめんね、変なこと聞いて。怒っちゃった?」
するとひよりは意外にも口を開いて、こう答えた。
「・・・いるよ。・・・いる。」
「えっ!?」
夏生は驚いた。
どういう風にひよりに答えてほしかったのかはわからない。
しかし、まさかそう答えてくるなんて。
夏生の心臓はまた早鐘を打つ。
ショックに似た感情と、期待のような感情と。それが交互に押し寄せる。
でも、期待って何?何を期待しているのだろう自分は。
訳が分からなくなって呆然としていると、ひよりは続けて言った。
「・・・でも、いいの。私に好かれても嬉しくないだろうし。諦めようかと・・・。」
そう言い終わる前に夏生がかき消すように言った。
「どうして!?嬉しいよ!?どうしてそんなこと言うの?」
「桧山・・・?」
「ひよりに好きって言われる子はすごく嬉しいと思うよ!!私だったら付き合う!!ひよりと付き合うよ!!」
ひよりはその言葉を聞いて、口をあけたまま顔を赤らめる。
夏生は勢いで言ってしまったので気づかなかったが、ひよりのその顔を見て、何を言ってしまったのだろうかと次第に恥ずかしくなってきた。
一方、ひよりはひよりで恥ずかしくてたまらなかった。
なぜ、夏生に好きな人を尋ねられてああ言ってしまったのか、なぜ夏生はそんな風に答えてくれたのか。
好きな人がいる。
それは、夏生のこと。なんて・・・おこがましいし、相手は女だ。馬鹿らしくてあまり認めたくもない。
でも好きな人がいると答えた時、頭に浮かんでしまったのは夏生の顔である。
そして夏生の反応。
どうしてそんな風に言ってくれるのだろう。
付き合ってくれる?本当に?
いや待て、それはもし夏生が男だったらという場合。
でもそれでも・・・。
ひよりの思考回路はぐるぐる回る。
あまりにもひよりが、口をあけて黙り込んでいるものだから、夏生は慌てて取り繕う。
「あ、いや、その・・・ひよりは、ひよりが思っているよりも女子や男子から人気あるし、ね?そんな人から告白されたら誰だって嬉しいかなー・・・なんて思ったりして。ほら、その・・・私がひよりと付き合うんじゃなくて・・・あ、だからって、嫌いとかじゃなくて・・・なくて・・・。」
喋れば喋るほど墓穴を掘る気がする。
夏生はそう思ってうなだれる。
・・・私だったらひよりと付き合う?
どうしてそんなこと言ってしまったんだろう。
でもどうにも悔しくて。誰だかわからないけれどひよりが好きな人に対してなんだか悔しくて。
ひよりが諦めるって言うなら、ずるい、それなら自分が付き合うって無性に言いたくなって。
でもそれってどういうこと?
夏生は困ったという顔でひよりを見つめる。
ひよりも困ったという顔で夏生を見つめ返す。
『あ、あの・・・!!』
何か話そうとして同時に声が出てしまい思わず二人黙り込む。
「ひより、な、何?」
「いえ・・・別に・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
しばらく黙りこんだ後、夏生が口を開いた。
「雨、小雨になってきたね。」
「えぇ・・・。」
「雨・・・、止まなくていいのにね。」
「・・・どうして?」
「だって・・・そしたら、もっとひよりと話できるのに。」
「話ならいつもしているでしょ?」
すると夏生は俯いて目線を合わせないまま言った。
「違う。もっと近くで話していたい。いつもとは違う話がしたい。ひよりの話もっと聞きたい。ひよりは嫌かもしれないけれど。もっと近くで。」
「桧山・・・。」
ひよりはじっと夏生を見つめた。
それに気づいて、夏生は慌てて笑った。
「あ、ごめん・・・。やっぱり、雨、早く止んだ方が・・・よさそうだね。ごめん。」
「・・・・・。」
それに対して、ひよりは何も言い返すことができずに黙り込んだ。
夏生も何も言えずに黙り込んだ。
結局、その後すぐに雨は止んで二人は帰ったのであるが夏生は、今日は雨に濡れたし遠慮すると言って家に帰ってしまった。
ひよりは、何か自分は悪いことを言ってしまったのだろうか。それよりもあの時夏生が言ったことの真意は何だったのだろうか。と一人悶々と考える。
ただ、やはり、夏生が言ってくれたことは冗談でもひよりは嬉しくて、何とも言えない足が宙に浮きそうな気持になって坂道を意味もなく駆け足で駆け上った。
レモネードが飲みたい。
今日はシロップをたくさん入れてもいい。
そう思って急いでひよりは喫茶店へと向かったのだった。
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