センベエとマカロンのグルメ戦記 〜ヒロアイランド感動編〜

66号線

レモネードは人生を救う

「野生のプリン〜!」


 野生のプリンがリーキー・コルドロンめがけて走り出した!


 魔法の鍋リーキー・コルドロン、またの名を「漏れ鍋」は、パーティの一員でマスコットキャラクター的ポジションでもある野生のプリンを無情にも飲み込んでいく。勇者センベエと魔法使いマカロンは、なす術なくその場に膝から崩れ落ちた。

 あの時、ちゃんと講義を聞いていれば。呪文を覚えていれば、せめて教科書を持ってきてさえいればこんなことにはならなかったかもしれないのに。

 異世界大学を留年しかけている落ちこぼれ二人組の胸には、講義をサボったせいで仲間を守れなかった後悔がただひたすらに去来するばかりだった。


 時を戻そう。


 先述の通り、名門と名高い異世界大学の4年生であり、これまた多くの危機から我が国ヒノマル王国を救ってきた名家の出身である勇者センベエと、その幼なじみで同じく国の第一魔法使いを多数排出する名家に生まれた魔法使いマカロン。彼らはフル単(履修可能数いっぱいで単位を取ること)でも足りないくらい単位を落っことして留年の危機に瀕していた。

 そこで学長でもあるイツカホーマ教授の寛大な計らいのもと、救済措置として冒険の旅に出ている。簡潔に説明するならば、全国各地のトラブルを解決する旅だ。


 勇者センベエは、実家の倉庫に眠っていた、手に入れさえすれば誰もが無敵の剣士になれる魔法の剣「エクスカリバー」を装備に選ぶだろう。

 

 と、誰しもが予想したが、実際は


「旅に出るなら、食える時に食っておかないとな」


 などといった理由で直径1メートルは余裕でありそうなリーキー・コルドロンだけを小脇に抱えて全国を巡回していた。この鍋は置くだけで地元の特産品をかき集めてスペシャルな一品を作ってくれる、グルメにとっては夢のような魔法具だ。これを迷わず選択するあたり、さすがは身長181センチ(最近1センチ伸びた)のお茶目な大食漢である。

 センベエと冒険を共にするマカロンもこれまた「逸材」である。パステルピンク色の髪を腰まで伸ばしているが、実はこれは地毛ではないし、魔法も関係ない。髪が伸びるたびにこまめに溶剤でカラーリングするいじらしさだ。魔法のセンスは確かだが、それ以上の関心ごとはもっぱらオシャレなのである。

 

 どこにでもいそうな若者二人だが、まさに人生最大の絶望の淵に立たされていた。


 これまでの旅路は順調そのものだった。


 最初に訪れた王国の最北・ホッカイドードー自治州では、たまたま彼らにくっついてきた野生のプリンによる偶然のファインプレーで伝説の料理「ヤミナベ 〜ラベンダーの咲く国で2022 ババロア風〜」にありつけた。そのついでに「ユーバリバリシティに出没する凶暴なニジクマを討伐せよ」というお題目も知らないうちにクリア。雲の上に暮らし、七色に変化する体毛を持つことから「ニジクマ」と呼ばれている。そんなニジクマを魔法の鍋パワーで何とか巣穴へと追い返し、ホッカイドードー自治州の農家に平和が戻った。

 続く第2戦目の舞台イバラツリー地方でも目を見張るいい仕事をした。「ひどく音程の外れた自作の歌で近隣住民を苦しめる自称ミュージシャン」だったユージは、新メニュー「ヤミナベ 〜隠し味はヒコーキ ババロア風〜」を食べただけで壊滅的な音痴を克服。聞くところによると、ユージは大手メジャーレーベルと契約を結び、今や売れっ子の歌手として全国ツアーの真っ最中だという。何はさておき、イバラツリー地方に再び静寂さとぐっすり眠れる夜をもたらした。


 連戦連勝の快進撃だが、ここまで読めば分かる通り、主に働いているのは勇者や魔法使いよりもリーキー・コルドロンであり、今回も例外ではなかった。

 

 最終目的地のヒロアイランドに着いてすぐのことだった。もみじまんじゅうの木の下を本日のキャンプ地と定めると、お腹の空いたセンベエはいつも通りに背中のリーキー・コルドロンを地面へ下ろし、夕食の支度に心を躍らせていた。主人に忠実なこの鍋はすぐさま特産品を魔力でかき集める。とれたてのカキ、クワイ、お好み焼きソース。それらが鍋の中で絶妙なハーモニーを奏で始める。しばらくして、野生のプリンが自分のプリン部分をひとつまみトッピングする。これが鍋なのにプルプルな仕上がりの元になっている。さらにマカロンが慣れた手つきで一本の菜箸をカバンから取り出し、鍋に向けて一振りする。


「今や! 今こそあれを使う時や!!」


 彼女がお決まりのヘンテコな呪文を唱えると、レモンの爽やかな香りと黄色い光が溢れ始める。もう少し火を通したら完璧だ。ホッとしたのか、センベエとマカロンは完成まで観光名所の海に浮かぶ神殿で撮った写真を見せ合いっこして旅の思い出に浸ることにした。


「間抜けめ。鍋はいただいた!」


 もみじまんじゅうの木の上から突如現れたのは、ヒロアイランドを恐怖のどん底に陥れる悪党・カープキャットだ。このネコこそが今回のターゲットで「お気に入りの野球チームのキャップを他球団のファンにまで無理やり被らせる」姑息な嫌がらせを繰り返していた。めざといカープキャットはどこからともなく魔法の鍋の噂を聞きつけ、この世のものとは思えない絶品料理をぜひ堪能したいといつしか思うようになった。ゆえに、あえて関係ない人にまでひいきチームのキャップを被らせる悪行を思いつき、自分を退治しにきたパーティから鍋を盗み取るチャンスを窺っていた。全て計算された罠だったのである。

 カープキャットは1メートル強の大鍋を担ぎあげると、ずんぐりとした手足をバタバタと忙しなく動かして走り出した。すると、ルーキー・コルドロンから放たれた黄色い閃光が禍々しい緑色に変わったと思いきや、とんでもない速さでカープキャットを飲み込んだ。その勢いは止まることを知らず、周囲のものを無差別に次々と吸収し始めた。

 

 センベエは慌ててマカロンの手を握り、もみじまんじゅうの木にしがみついて何とか吸い込まれまいと踏ん張ったが、旅の仲間としてすっかり馴染んでいたはずの野生のプリンが鍋へ向かって一直線に飛んでいくのに気づけなかった。


「野生のプリン、ダメだ!」

「ダメよ! 戻って!」


 マカロンは涙を堪えきれない目を手で覆った。


「ありがとう。一緒に旅をできて楽しかったよ」


 野生のプリンは相棒のカラメルソースと共に、主人をなくした怒りで凶暴な生物と化した大鍋を慰めるために飛び込んだ。最後にその言葉だけを残して。


 暴飲暴食のかぎりを尽くして疲れ果てたのか、あるいは野生のプリンというご馳走に満足したのか。大鍋の嵐はようやく収まった。打ち捨てられて空っぽのルーキー・コルドロンに二人は駆け寄り、それを囲むようにして抱き締めると失った友を思ってわんわん泣いた。保冷剤まで仕込んでそばにいてくれたのに、たったひとつの冷や菓子ですら守りきれなかった自分達の非力さが情けなかった。


 すると、聞き慣れた声が響き渡る。イツカホーマ教授のものだ。教授は千里眼で勇者たちの様子を遠方からずっと見守っていたのである。


 勇者センベエと魔法使いマカロンは、これまでの勤勉さを欠いた不真面目な態度を悔やみ、今後は勉学に精一杯邁進すること、さらには持てる力で社会に貢献していくことを神と仏とイツカホーマ教授に心から誓った。誓い終わるや否や、ルーキー・コルドロンから虹色の光が溢れ出し、野生のプリンとカープキャットをかかえたイツカホーマ教授が現れた。


 改めて作り直した『ヤミナベ 〜レモネードは人生を救う ババロア風〜』は全員のヒットポイントやマジックポイント、体力気力持久力精力女子力男子力滋養強壮その他ありとあらゆるものを回復させた。レモンのせいか、ちょっぴり甘酸っぱい青春の味がした。カープキャットは中古のスモールコルドロンをもらう代わりに心を入れ替えることを強制的に誓わされ、


「勘弁してにゃん」


 と赤い体毛に覆われたころころと太った体をしょぼんとさせる様子が可愛らしかった。


 こうしてヒロアイランドの悲劇に幕が下ろされ、同時に勇者センベエと魔法使いマカロンの真夏の大冒険にも終止符が打たれた。

 

 最後は「どうしてもやりたかったんじゃよ〜」とイツカホーマ教授が持参した人生ゲームで朝まで盛り上がった。彼もまた、遊び心のある大人なのである。

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