電子猫の一日

『んっ……ふわあぁ……』


 ポカポカとした日射しの中、昼寝から目覚めた一匹の黒猫が気持ち良さそうに体を伸ばした。黒猫がいるのはとある一軒家の中であり、黒猫は体を伸ばし終えた後に舌を使って自身の毛繕いを始めた。

そして毛繕いも大方終わった頃、黒猫が小さく欠伸をしていると、そばに置かれたベッドの上で寝ていた一人の少年が小さな声を上げる。そして未だ眠そうな目で猫に視線を向けると、優しく微笑んだ。


「おはよう、ニャオン。調子はどうだい?」

『それなり、かな。秀己ひできは?』

「僕もそれなり。まだ少し眠たいけど、少なくとも昼寝をする前よりは頭もスッキリしてるよ」

『それなら良かった。もうお昼過ぎだけど、今日はどうする? 今日のスケジュールは空白だけど』

「そうだなぁ……せっかくだし、少しだけその辺を歩いてこようかな。それで、散歩ついでに買い物も済ませてしまおうか」

『良いね。最近、ボクを連れているからかよく歩いたり食生活の改善にも繋がったりしてるみたいだし、このまま健康的な生活をしていこうか』

「健康的な生活は別に求めてないけど、ニャオンと一緒に歩くのは好きだからね。最低限の健康体にはなっておこうかな」

『それが良いね。さあ、早く着替えないと時間がもったいないよ』

「はいはい」


 ニャオンの言葉に最上もがみ秀己はため息混じりに答える。そして秀己が外出のために着替える中、ニャオンは毛繕いを終わらせ、軽く空の確認を行った。

そして秀己が灰色のジャージの上から灰色のコートを羽織った姿に着替え、耳に小さなイヤホンをつけて黒いリュックサックを背負うと、ニャオンはその姿に呆れた顔をする。


『秀己……またジャージ? この前もジャージだったし、ジャージばかりだと女の子からモテないよ?』

「別にモテなくて良いよ。それに、モテるどころか友達すら欲しくないのはニャオンが一番知ってるでしょ」

『……そうだったね。でも、せめて今度は別の色を注文しようか。灰色のジャージだけ何着もあるし』

「わかった。それじゃあ行こうか、ニャオン」

『うん』


 秀己はニャオンを持つとそのまま明かり一つ点いていない薄暗い部屋を出た。そして戸締まりを入念に確認し、玄関を開けて外に出ると、秀己は鍵を閉めてからゆっくりと歩き始めた。

他に誰もいない道を歩きながら手や顔を冷やそうとするその冷たい風と何とも言えない曇り空に秀己は少しだけ嫌そうな顔をすると、それを見たニャオンは小さくため息をつく。


『そんな顔をしてもしょうがないでしょ。因みに、この後も少しずつ気温は下がっていくし、夜には雪が降るみたいだよ』

「雪はやだな。降ってるのを見るだけなら良いけど、道路が凍ったら転びやすいし、寒いから余計に外に出たくなくなる」

『基本的にみんなそうでしょ。雪で喜ぶのは小さな子供や犬ぐらいって相場で決まってるしさ』

「たしかに。でも、僕は小さい頃から雪で喜んだ試しはないなぁ……いつも一人で部屋の中にいたから」

『人それぞれではあるだろうしね。ボクも雪というか寒さは苦手だなぁ……すぐに動けなくなっちゃうし』

「家に帰ったら何か工夫しようか。ヒーターでもあれば暖かいんじゃないかな?」

『個人的にはこたつが良いかな。猫はこたつの中で丸くなるって相場で決まってるしね』

「はいはい」


 ニャオンの言葉に答えながら秀己がやれやれといった表情を浮かべていると、向かい側から一組の親子が歩いてきた。

楽しそうに話しながら歩いてくるその親子の姿に秀己は顔をしかめると、顔を隠すようにして軽く俯いて歩き始めた。

しかし、親子は秀己の存在に気づき、両親が秀己を奇異の目で見ながら小声で話し始め、子供がそんな両親の様子を不思議そうに見る中、秀己はいづらさを感じながらその場を急いで去り、ニャオンは心配そうな顔で秀己に話しかけた。


『秀己、大丈夫?』

「……大丈夫。大丈夫だけど……やっぱり嫌な気持ちではあるかな」

『そうだよね……まったく、あの親子も気が利かないよ。たとえ秀己に気づいても気づかない振りをしてくれたら良いのに、あんな目で見ながらこそこそ話なんて……』

「……慣れてるから大丈夫だよ。でも、やっぱり早く帰ろうか。このまま外にいても嫌な思いだけしそうだから」

『そうだね。ボクもそう思うし、早く買い物を終わらせようか』


 ニャオンの言葉に秀己が頷き、秀己はゆっくり歩き続けた。そして近所のスーパーへ入ると、再び店員や他の客の視線が秀己へと集まったが、秀己はそれを気にせずに必要な物だけをカゴに入れ、手早く会計を済ませた。

店外に出て視線から解放されると、秀己は安心したように息をつき、ニャオンは秀己に対して心配そうな視線を向けた。

その後、二人は人通りのない道を選んで歩き、誰とも会う事なく帰宅すると、秀己はポストの中を確認した。その瞬間、秀己の表情は忌々しそうな物になり、ニャオンは納得した表情で秀己に話しかけた。


『……また秀己の家族から?』

「……一通はそう。どうせまた一緒に暮らしたいって言うんだろうけど、それは嫌だって言ってるのに……」

『懲りないよね。世間の人達みたいに天才少年だ発明の申し子だって持ち上げて秀己の才能をただ利用したいだけな人達のくせにこうやって何度も手紙ばかり送ってくるし。手切れ金として秀己がだいぶお金を渡してるのにまだ足りないのかな……』

「どうだろうね。何度も僕の事を年相応じゃなくて気持ち悪いなんて言ってきたくせに都合の良い時だけこんな手紙ばかり送ってくるなんて本当に何考えてるんだろう……」

『まあ、その才能のお陰でボクが生まれたわけだし、ボクは本当に秀己には感謝してるよ。もう少し経ったら他の人から生まれていた可能性はあるけど、ボクは秀己から生まれてこられて良かったよ』


 自分を見ながら言うニャオンの言葉に秀己は軽く目を潤ませながらにこりと笑った。


「……うん、ありがとう。とりあえず手紙は他のと合わせて回収しておこうか。差出人を見る限り、他のは依頼みたいだから」

『あの人達のはすぐには捨てるけどね。でも、こういうアナログな物じゃなかったらボクが拒否出来るのになぁ……』

「そうしたらそうしたで結局別の方法を取りそうだし、いざとなったら直接来そうだからそれは良いよ。高校に進学せずに家族から離れて生活してるのだってあまり人間関係を作らないようにしてるからだし」

『だね。さてと、それじゃあそろそろ家の中へ入ろうか。このまま外にいても寒いだけだからさ』

「うん」


 ニャオンの言葉に答えた後、秀己は鍵を開けて中へと入った。そして玄関付近に置かれた未開封の封筒が幾つも入ったゴミ箱の中に新たに一通を入れると、買ってきた物をしまい始めた。

ニャオンはそんな秀己の姿をリビングのソファーの上から見ていたが、何かに気づいた様子で頭上を見上げると、リビングへ戻ってきた秀己に話しかけた。


『秀己、そろそろ一回寝てるね』

「あ、もうそんなに減ってたんだ。やっぱり世間一般の携帯電話と同じくらいの性能だとこの寒さじゃすぐに充電が無くなっちゃうなぁ……」

『それでも十分スゴいんだけどね。それじゃあ充電はお願いね』

「うん、わかった。それじゃあおやすみ、ニャオン」

『うん、おやすみー』


 後ろ足で立ったニャオンが前足を器用に振りながら言い、そのまま丸くなって目を閉じると、秀己はニャオンに対して優しい笑みを浮かべた。


「……本当にありがとう。猫型AIのNなかYよしAあいぼうOおしゃべりNねこ


 そう言いながら秀己はNYAONが入った端末の電源をオフにした。

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にゃんデイ~ある日の猫たち~ 九戸政景 @2012712

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