最終話 精霊の日


 ~ 三月十八日(金) 精霊の日 ~

 ※出藍之誉しゅつらんのほまれ

  師匠超え




 年度内のテストが終わったその瞬間からは、消化試合。

 先生も俺たちも、明らかに弛緩した一週間が明け。


 三連休の始まりを告げるチャイムが高らかに響くと同時に。

 クラス中、至る所から欲望が噴出した。


「よっしゃー! まずはなにしようか!」

「俺は、帰って思う存分ゲームするぜ!」

「おい、サッカーしに行こうぜ、サッカー!」


 こういう時にやかましいのは男子ばかりで。

 女子は、そんな有様を冷めた目で見るのが一般的なんだろうけど。


 うちのクラスは、こういう時。

 悪い意味で一枚岩。


「さて! まずはなにして遊ぼうかしら!」

「私、帰って思う存分ゲームする!」

「誰か、フットサルしにいかない?」


 驚くほどの一体感。

 羨ましいまでに超個体。


 でも、そんな一枚の岩を。

 遠くから眺める小石が二個。


 一つは、勉強から解放されて、まずは何をして遊ぼうかという気運に同調するのが苦手な天邪鬼。

 もう一つの方は。


「つ、次は何して遊ぼう」

「うはははははははははははは!!!」


 クラスで唯一。

 まずは、ではなく次は、になるこいつ。


 授業中だろうがお構いなし。

 常に自分のやりたい事だけをやり続ける、人生の勝ち組。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「お前、凜々花に言っておいて自分は勉強しないじゃダメだろうが」

「だ、だから凜々花ちゃんには勉強しようって言ってない……」

「もっとダメだ」


 テストの返却もほぼ終わり。

 上々の結果だったとこいつは言うが。


 今回は、凜々花と勉強したから疲れたとぐずぐず言い続けて。

 挙句に冷たいから勉強したくないとか泣き入れたんだ。


 どう考えたって。

 赤点ばっかりに決まってる。


 落第とかされたらさすがに困るけど。

 凜々花の主席と一緒で。

 痛い目見なきゃわからんのか。


「せ、せめて今日だけ……。今回は、ご褒美もらってない……」

「うぐ」


 もちろんご褒美をあげる義理は無い。

 でも、返事に窮したその訳は。


 せっかくの打ち上げ気分になった試験最終日に。

 こいつを監禁したからだ。


「せめて一日……、ね?」

「…………しょうがねえな」

「じゃあ、他にも誰か誘っていい?」

「ああ、だれ誘っても構わん」

「ほ、他の人に誘われてもついていかないように……」

「そいつも巻き込んで一緒に遊びに行けばいいじゃねえか」


 俺の返事に目を丸くさせた秋乃が。

 ならば誘われろとばかりに俺を立たせて。


 手を叩いて大声をあげた。


「み、皆さん注目!」

「やめろ恥ずかしい!」


 一瞬で静かになった教室内。

 全員が俺に注目する中。


 一緒に遊びに行ってくれるやつを募集するため。

 意を決して口を開いた瞬間。



『あー、保坂立哉。至急生徒指導室まで来るように』



 俺は。

 秋乃の指示通り。


 一緒に遊びに行きたいやつを一人ゲットした。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




「……舞浜秋乃は、お前の友達か?」



 校舎内の全てを染める解放感。

 そんなものから完全に隔離された、馴染みのある生徒指導室。


 照明もどこか薄暗い部屋の中で。

 俺は、先生からの問いに。


 どう返事をしたものか逡巡した。


「もし、そうだとしたらどうだってんだ?」

「まず問いに答えろ」

「…………そうだが。何か問題が?」


 秋乃から見て俺は彼氏だが。

 俺から見た秋乃はまだ友達。


 それに、もし彼女になっていたとしても。

 お前には言わん。


 でも、普段のやり取りを見てれば分かるだろうに。

 わざわざそれを聞いて来るとはどういうことだ?


 眉根を寄せた俺の顔を見ながら。

 先生は鼻から嘆息した。


「やはり、そうか」


 そう言うなり、呟いたまま。

 顎をさすって黙り続けるこの男の眉根はいつもより寄っている。


 この表情。

 秋乃の名前。


 連想されるのは。

 たった一つだけのこと。


「…………なるほど。それで俺を呼び出したのか」

「ふむ、相変わらず頭の回転だけは速いな。友達なら、舞浜の成績も分かっていて当然だろうからな」


 先生は、落ち着いた口調で淡々と語るが。

 俺は今にも泣きそうだ。



 そうか。


 落第したのか。



 しかし、追試も無しで落ちるとか。

 答案に名前でも書き忘れたのか?


 ……これで留年確定。

 あるいは中退して社会に出る道を選択するのかもしれないが。


 せめて、もう一年間。

 秋乃との学生生活を楽しみたかった。



「なんとかならんのか?」



 いつもの俺なら。

 こんな、答えの分かり切った質問などしないはず。


 でも、気付けば目頭を熱くさせて、震える声で先生にすがっていた。



 アイツのためなら何だってしてあげたい。

 そんな思いで口にした言葉への返事を聞いて。



 俺は。

 言葉を失った。



「なんとか、とはどういう意味か俺には分からんが。……お前次第でどうなるか決まる」



 ――先生の表情は先ほどから何も変わっていない。

 それが余計に、俺の背筋を凍り付かせる。


 俺次第でどうにかなる?

 それって…………。



「いや待て。このパターン、前にも見た」

「何の話だ?」


 何の話だ? じゃねえぞこの野郎。

 お前のセリフ、『凜々花』の部分を『舞浜』に書き換えただけじゃねえか。


「もう騙されねえぞ! 俺は一銭も払わん!」

「さっきから何の話をしているんだ貴様は」

「どうせ秋乃が主席でしたってオチだろそうだ間違いねえ!」

「ああ、間違いないが……」

「ほうらみろやっぱりそうだった! あぶねえあぶねえ、危うくまた騙さ主席いいいい!?」


 唇が左上に引っ張り上げられた形のままで固まった俺に。

 先生が首肯する。


 え?

 なにそれ!?


 じゃあ俺。

 秋乃に抜かれたの!?


「あ……、えっと……」

「うむ。そういう訳で入学式の際、舞浜に生徒代表の挨拶をしてもらおうと思ったんだが……。聞いておるか?」


 なんてことだ。

 いくら自分の勉強時間が削られたからって。


 抜かれるなんてことあるの?


 思考は完全に停止。

 俺が悲しんでいるのか悔しい気持ちなのかもまるで分からん。


 さすがに先生が心配して。

 俺の顔を覗き込もうとした、ちょうどその時。


 扉が開かれた。


「ん? 舞浜か。ノックもせんでどういうつもりだ」


 そこに立っていたのは。

 俺たちを見て目を丸くさせたまま凍り付く。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 彼女は瞬きもせず。

 音をたてないようにするすると扉を閉じていく。


 そして、閉まり切る直前に。


「ご、ごゆっくり……」

「うはははははははははははは!!! こらちげえぞチューしようとしてたわけじゃねえ!」



 こうして、勘違いしたまま逃げる秋乃を。

 俺は、校内狭しと追いかけ続けることになった。



 ……いや。


 走りながら。

 ちょっと気づいたんだが。


 凜々花が不幸だった間。

 誰かに運を吸われているんじゃないかって思ったけど。



 普段、強運の凜々花と。

 普段、こんな目にばっかり遭う俺。



 …………ひょっとして。

 吸われてる?

 



 秋乃は立哉を笑わせたい 第22笑


 =恋人(未定)と、幸せを探そう!=



 おしまい♪

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秋乃は立哉を笑わせたい 第22笑 如月 仁成 @hitomi_aki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ