最終話  真面目な神官は過去の過ちを振り返る

 キースは、迎えに来た宰相のグルルと帰った。

 オーリは一人残された。

 残されたオーリは、当てもなく路地裏から、大通りへ戻ってきたところで、銀の森からの追手である、追い風の騎士に肩を叩かれた。


「オルランド・ベーカル、ここで何をしている?」


「やっぱり、見つかってしまいましたね……」


「銀の森に戻るぞ」


「嫌で、出てきたのに……?」


「それは、戻って三賢人に言えば良い。お前の話が聞きたいそうだ」


 その言葉を聞いて、もしかしたら自分の意見が通るかもしれないと思った。

 オーリはひとまず、銀の森へ帰ることにした。

 光の神殿のトップの三賢人が、たかだか中位の神官エル・ルーストのために、会おうと言ってくれているのだ。


 オーリは、アルテアの商家の生まれだった。

 小さいが、それなりに繁盛していた骨董屋の一人息子だった。

 彼が、五歳の時に家に強盗が入り、父母は殺され、オーリは一人生き残ってしまった。

 店は親族の者に渡り、彼は神殿に入れられた。

 僅かばかりの遺産が残り、良識のある親戚の人が、銀行に名義を作ってくれ、持たせてくれたのだった。


 人がすっかり怖くなった彼は、目立つことも嫌いであった。

 人に埋もれて大勢の中の一人で良いと思っていた。

 だから、一番下っ端の神官で良いと思っていたが、何故か、腰紐の色は年々濃くなっていく。

 今では普通でいけば、三十代前半くらいで到達する腰紐を二十一歳で頂いていた。


 オーリは真面目に、真面目に神殿の仕事をこなしてきただけだった。

 その功績が認められて、大神殿から光の神殿に引き抜かれたのだが、オーリはそれが嫌であった。それで出奔したのだ。


 ……という事を、光の神殿の三賢人の前で話したら、故郷のアルテアに近いサントスの神殿に行くように命じられた。

 サントスの神殿は、規模も大きくて、人も多く雑事も多い。

 余計なことを考える時間はないはずだーーと。


 オーリこと、オルランド・ベーカル神官はこの事を受け入れた。



▲▽▲ 


 オーリはサントスで、無我夢中で神官としての責務に全うした。

 そして、二十年近い年月が流れ、オーリがこの度、引退したメルクリッド大賢者の次の賢者の座に着くことになった。

 激しく抵抗したが、銀の森から来た昔馴染みの巫女リーアに、説得されてしまったのである。


「西域は広いわ。あなた以外に誰が此処を治められると思うの?」


「ですが……」


「ここは男気の見せ所よ」


「うぅ……」


 大陸の名を冠する巫女リーアは僅かに微笑んだ。


「……風の噂で聞いたのだけど、ビルラードの先代の王のキースティン王と面識があったとか?」


 オーリはドキリとした。

 この巫女リーアは、精霊使いとしても有名な女性だ。


「面白いわね、今のビルラード王はオルランドという名前なのよ」


「キース様は、早くに引退されたのですね?」


「キースティン王は、ご婚礼の翌年に世継ぎになるオルランド王子を儲けたの。

二十五歳の時に父王から譲位されて、二年後に流行り病で呆気無く亡くなったわよ」


 オーリは、ショックを受けた。

 あの三日間のことがフラッシュバックした。


「大丈夫?」


「い……いいえ、何でもありません……そうですか……王子様は既にこの世の人でもなかったのですね……」


「愛人も囲わず、王妃様一筋だったそうよ」


「それは、それは」


 オーリは、満足げに言った。

 でも、大陸の名を冠する巫女は、チョイチョイとオーリを彼女の耳元に呼んだ。


「お城に王様専用の裏門が出来たそうよ。夜な夜な、男娼館から男の子が呼ばれていたとか……」


「!!」



(完)





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【短編】世継ぎ王子は理想の花婿の夢を見る 月杜円香 @erisax

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