最終話 エピローグ

「シェリー様、紅茶をどうぞ」

「ありがとう、ミレラア」


 持っていたペンを置き、ミレラアから紅茶を受け取った。ひとくち飲み、ミアトー産の慣れしたんだ風味とおいしいさについ声と息が漏れ出る。


「シェリー様。ここ数年、ずっと何かをお書きのようですが何を書いているのですか?」

「あら、ミレラアはさすがに気付いていたかしら」

「ええ。今のように分かりやすいところで書いておられることは少ないですが、シアク様から譲り受けた空間魔法の部屋の中で何かをされているのは気付いていましたから」


 ミレラアは本当に私のことをよく見ている。そんなミレラアだから、話してもいいと思えた。


「そうね……私が何をしているのか聞いてもらえるかしら?」

「ええ、もちろんです」

「じゃあ、あなたも自分用に紅茶を淹れなさい。なんだったら、ソファー代わりにクライブを呼んでもいいし、エレナにお菓子を作ってもらってもいいわ」

「わかりました。少々お待ちいただいても?」

「ええ。私たちには時間というものは有り余るほどあるのだから、気にすることはないわ」

「そうでしたね」


 ミレラアは肩を揺らして笑い、部屋をあとにした。本当に何も言わずとも察してくれ、気が利く優秀なメイドだ。

 それからしばらくして、ミレラアに呼ばれた私の使い魔たちが集まってきた。一番乗りはクライブだった。


『エレナが空間魔法の扉を開いてやって来て、シェリーが呼んでるって聞いたんだけど、どうしたの?』

「久しぶりにみんなでのんびりと話したいと思ったのよ。だから、今はゆっくりしていなさい」


 クライブを撫でながら、そのまま温かで触り心地の良い身体へと私は身を預ける。クライブはそれ以上は何も言わずに私の体の重みを受け止めてくれる。本当に優しくて賢い子だ。

 エレナとミレラアは一緒にやって来た。どうやらミレラアは紅茶を淹れなおすついでにエレナのお菓子作りを手伝っていたようだ。


「シェリア様、魔法を使った簡単お菓子レシピ試してみたんですけど、もっとったものがよかったですかね?」

「いえ、なんでもよかったわ。凝ったものは時間があるときにゆっくりと作ってくれたらいいわ」

「はい、分かりました」


 エレナは笑顔で私が座っている近くのテーブルにお菓子を載せた皿を置いた。マフィンとクッキーを作ってくれたようで、甘い匂いが漂ってきた。

 ミレラアは紅茶の入ったポットと人数分のカップ、クライブのために果物を持ってきていた。そして、それぞれの前に紅茶の入ったカップを、クライブの前には果物の盛られた皿を置いた。

 エレナとミレラアはテーブルを挟んで向かい側に座った。


「それで何から話せばいいのかしらね……こうあらためて話すとなると困るわ」

「シェリー様が思うままに話されたらいいと思いますよ。私たちはそれを聞くだけですから」


 ミレラアの言葉にエレナも頷いて見せる。


「そうね……私が今まで出会った人や見てきたこと、体験したこと――それを忘れないために、後世に残し、伝えるために本に書き記しているの」


 私の言葉にここにいる全員が静かに耳を傾けてくれているのが分かる。それが今はありがたかった。

 だから、すでに書いたこと、書こうと思っていることを話すことにした。

 最初は私の簡単な生い立ちから、魔法師としての修行時代。それから魔導文明崩壊後の世界を見て回る旅をし、ミアトー村付近の森で一人で過ごしていた時代。使い魔や人々に囲まれ過ごしている最近のこと。

 そして、まだ見ぬ未来のこと――。


「それでその本はどんな題名にするつもりなのですか?」


 エレナがふいに尋ねてきた。私は書くことにしか意識が向いておらず、そこまで考えていなかった。


「そうね……“悠久の魔女の暇つぶし”なんて、どうかしら?」


 これは魔導文明が崩壊した日に死ぬはずだった一人の魔女が、“祝福”によって不老不死の存在として生きる権利を与えられ、終わることのない余生を記したものだ。

 そして、悠久の時間をいかに退屈せずに平穏に過ごすのかという、永遠に続いていく暇つぶしの記録に過ぎない――――。

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悠久の魔女の暇つぶし たれねこ @tareneko

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