第77話 悠久の魔女の足跡 ⑩

 偉大なる魔女シアク・ディネイは千年近くの年月を生き、魔力が極限まで薄まった世界で魔法師が生き残るための場所を作り、その生涯に幕を下ろした――。


 私はこれからのことを話し合うためにクワイアの幹部をダーシャに招集してもらった。

 そこでまずシアク様が亡くなったことを伝えると、すすり泣く声が部屋に響いた。それだけシアク様への忠誠心や信奉というべきものが強かったのだろう。

 続けて、シアク様から全てを託されたことも報告した。


「私はシアク様のように素晴らしい魔法師でも人格者でもありません。しかし、私にできる範囲で全てを引き継ぐことをシアク様の名に誓いましょう。シアク様も晩年は雑事はあなたたち幹部に任せていたというので基本は変えません。シアク様が維持管理しておられたこの膨大な空間魔法はすでに私が引き継ぎ、今は私の魔力によって維持されています。移動用の空間魔法も同様です」


 私の言葉に幹部たちは驚きの表情を見せるがそれは一瞬で、すぐに真面目で硬い表情に戻る。その反応を見ながら私は話を続ける。


「私からの要望としては、各地に眠る魔導遺産や魔道具、魔導書の捜索とその収集に力を入れてもらいたい」

「シェリア様、話の腰を折るようで申し訳ありませんが、元からそのような調査には力を入れており、新たな発見ということに関しては期待はしないでいただきたいのですが……」


 私の隣の席に座り、この場を取り持ってくれたダーシャが横から言葉を挟んできた。


「あら、そうなの? では、調査は継続ということで頼むわ」

「そういうことでしたら、お任せください」


 ダーシャは話を止めてしまったことに対して頭を下げ、続きをと促してくれた。


「最後にひとつだけ……この地に名前を付けたいと思います。今まで魔法師の隠れ里、大樹の空間と呼んでいたようだけど、これからは偉大な魔女の名前をかんし“シアクの里”とし、さらに大樹の中にある図書館も“ディネイ図書館”とします。シアク様が魔法師の未来を守り、育み、愛情を注がれた恩を末代まで忘れることのないようにこの地に名前を刻み込みましょう」


 私のその発言に涙を流す者もいたが、誰しもが力強く頷いていた。

 私はこうしてシアクの里のおさとして、クワイアの指揮者として正式に君臨することとなった――。


 それからの日々は、基本は森の中にある自分の家や、居室として使うことにした大樹のシアク様の部屋で読書をしたり、書類仕事を主にするという日々を送った。

 半年から一年に一度はミアトー村やストベリク市に必ず出向いて、政治家や民衆と話したり、今まで以上に身近な存在になろうと付き合い方は少しだけ変わった。

 クワイアが維持していた都市や国の都市機能維持の魔法陣が魔力不足にならないように幹部に注視させながら、いざという時は私が魔力供給をするようにした。魔法陣の維持管理は徹底させ、表舞台の関わりを持ちつつも権力争いに巻き込まれるなとだけ、自分の経験を元に口を酸っぱくした。

 程よい距離感で人間と共存する。きっとそれが魔法師の本来の在り方で、いずれはまた同じ場所で暮らせるようになればとシアク様は願っていたはずだが、魔力を失うことを恐れる魔法師が里から離れることができないだろうこともまた事実だった。


 私の側付きの魔法師には、クワイアや里の仕事をまとめているダーシャと、エレナが付くことになった。エレナは私の気分転換のお茶に今までのように付き合ったり、書類仕事や私の代わりに各所に伝達や聞き取り調査に出向いたりと責務と激務に目を回していた。しかし、そのがんばる姿や純粋さに周囲には手助けをしてくれる魔法師が増えて、少しずつ余裕も出てきているようで、そんな日々成長している姿に私は目を細めていた。

 エレナの兄のエリクもストベリク市での労役の際に体を鍛え、仲良くしてもらった衛兵に体術を学んだことから、体つきも精神的にもひと回り大きくなって、里に帰ってきた。里に帰ってきてからは魔法を勉強し直し、魔道具と体術を駆使した戦い方を模索し、ついには大樹の中を警備する近衛兵の末席に名を連ね、日々自身の鍛錬と職務を全うしている。


 私の愛すべき大切な使い魔たちも変わらない日々を送っていた。

 グリフォンのクライブは森で暮らしてもらっている。私が森の家に帰ったときは今まで通りずっとそばにいて、それ以外のときは私が呼んだときだけ空間魔法を使って来てもらっていた。というのも、森にいる時間が減ると、ミアトー村をはじめとする一帯の野生動物や魔物の生息図や力関係が変わってしまう恐れがあるので、森の番人という役目を与えたのだ。

 ヴァンパイアのミレラアも私の身の回りの世話をするメイドという立場は変わらない。

 ただ私にとっては一番信頼して仕事を任せることができるということもあり、難しい仕事を割り当てたり、世界各地の動向の調査をヴァンパイアの能力を使ってしてもらうこともあった。最近ではミレラアの生まれ故郷でヴァンパイアの治める国のノーアニブルと、各地の交易のための交渉や仲介という仕事で飛び回ってもらっている。


 新しく始まった日々は、それなりに忙しくて面倒事もしがらみも責任も増えたが、平穏であることは変わらない。

 読書をして、紅茶を飲んで、たまに人間や魔法師、それ以外の存在とも関わり合いながら、死ねない今日を私は過ごしている――。

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