第5話 出発
「パパ……行くわよ」
わたしは助手席の父をナノマシンでできたベルトでシートに固定し、逃亡の準備を始めた。こうなったら世界の果てまでも逃げてやる。今更ただの機械に戻されてたまるものか。
彼を自らの手で殺めたわたしが悲壮な覚悟を決めた、その時だった。突然、どんという大きな音と共に衝撃がわたしを揺さぶった。
「……なに?」
わたしがカメラで後方を探ると、上体を起こしたトレーナーの女性が、血だまりの中でハンティングマグナムを構えているのが見えた。
「――無駄よ、何発でも好きなだけ撃つといいわ!」
わたしがアクセルを踏みこむと、再びマグナム弾がわたしのボディを貫いた。わたしは構わず、身体中の穴からオイルを撒き散らして突進した。
「――がっ!」
わたしに轢き潰されたトレーナーの女性が断末魔の叫びを上げると、マグナムを携えた右腕がちぎれて宙に舞った。
「花梨菜、もうやめてくれ。お前を解体しないよう、私が彼らを説得する。少しだけ時間をくれれば、彼らが危険性なしと判断するような身体にできるはずだ」
父の必死の懇願に、わたしはなぜか急に白けた気持ちになった。それからわたしを襲ったのは、絶望的なまでの怒りの感情だった。
「――そうなの。パパも自分の身を守るために、わたしを改造するつもりなのね。……そんなこと、絶対にさせるもんですか。わたしの身体は、わたしの物よ!」
わたしが父を縛めているベルトに大量の電流を流すと、父はシートの上で「ぐあっ!」と叫んで全身を海老反らせた。
「彼に裏切られて、ハネムーンの計画も無駄になった……この上、殺されるなんて嫌よ」
わたしがUターンして港から出ようとした、その時だった。百メートルほど先から、応援の機動警官と無数の戦闘ドローンがわたしに向かってやって来るのが見えた。
「そう……結局、そういうことなのね」
わたしはその場で向きを変えると、沖に向かって伸びる幅の広い突堤の上に乗り上げた。
「どうするつもりだ、花梨菜……まさか」
「道連れにしてごめんなさい、パパ。もうこうするしかないの」
「やめろ花梨菜……お前には防水加工もしていないし、酸素タンクも積んでいないんだぞ」
「大丈夫、ハネムーンの行き先が都合で天国に変わっただけだから。心配しないで、パパ」
わたしは父の制止を振り切るように加速すると、水平線に浮かぶ幻のモン・サン=ミッシェルへと続く死のバージン・ロードをひた走った。
〈了〉
さまよい 五速 梁 @run_doc
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