第2話 幻覚は用法を守り使用しましょう
「クロード様、目的地に到着したようなのですが、ここは封魔の森ではないでしょうか」
「封魔の森に連れて行くように術をかけたからのう」
「封魔の森といえば500年前に人の住む町で暴れた悪魔が封じられている森とのことですが、普通の人間ですと生還は絶望的な場所だと思うのですが・・・・・・」
封魔の森は強大な力を持つ悪魔が封じられているだけではなく、その力に引き寄せられてきた強力な魔獣たち跋扈する森となっており、よほどの腕自慢か馬鹿でなければ森に入ることはおろか近づくこともないと言われるほどの場所であった。
そのような場所にクロードを送った理由はある種明白で縁を切るだけではなく秘密裏に殺したかったのだろう。
「封魔の森は以前も訪れたことのない場所であったからな。良い機会じゃし、森の探索をついでに行おうと思ってのう」
「はあ~。相変わらずよくわからない物事に興味を持ちますね。悪魔でしたらお目にかかったことがあるでしょうに・・・・・・。探索を行うということでしたら幻で姿を隠しましょうか」
通常の人間にとっては危険地帯であるにもかかわらず、クロードとタキにとっては危険などないかのように平然と歩きながら森の探索を行う方向へ話が進んでいった。
「今日のところは儂が幻をかけるからタキは気楽にしておいて良いぞ」
気楽に、という発せられた言葉の意味を知っているタキは内心で冷や汗を流しながらクロードに対し釘を刺す。
「クロード様。魔獣を気絶させるのはかまいませんが今のあなたは人間なのですから気絶させたすべての魔獣を持ち帰ることはできませんからね」
「儂とて持ち帰ろうとはしておらんよ。ここらにいるであろう魔獣であればほぼ知っている種類ばかりであろうしのう。まあ何か珍しい物でもあれば持ち帰るかもしれぬ。その点でいえばこの森にいる悪魔はちょうど良いかもしれぬな」
クロードの気楽な返答にタキはため息をつきながらも了承を示す。
「はぁ~。わかりました。どこに持ち帰るのかはわかりませんが気に入ったならご自分で持ち帰ってください」
そして、クロードはタキの言葉に大事なことを忘れていたことを思い出す。
「そういえば儂ら住む場所なくなのだったのう。まあ森を抜けた先で適当に住む場所を見つければ良いか。それよりタキよ。周囲に幻をかけるから、ちとばかし儂の肩に乗っておれ」
「それでは失礼します」
タキが肩に乗ったことを確認するとクロードは右の人差し指で中に円を描く。その瞬間、クロードとタキを中心とした周囲数百メートルから次々と木々にぶつかりながら何かが落下していく音や倒れていく音が響き渡った。
「やはりそこそこの数がおったようじゃな」
「相変わらずクロード様のこの技は圧巻の一言ですよね。私たち狢の一族をはじめとした幻を得意とする様々な一族でもこれほどの広範囲を一瞬で幻を使って気絶させるという芸当ができる存在は数えるほどしかいませんよ。以前ほど力を使えないとはいえその強さは相変わらずのようですね」
その言葉の通り周囲には木々の上などから落下したと思われる昆虫型や鳥獣型の魔獣や草むらなどに隠れていたと思われる獣型の魔獣が大量に倒れていた。大きさこそ手のひらにのる大きさの魔獣から3メートルを超える大きさの魔獣など千差万別ではあるもののその数はクロードとタキの周囲だけでも数十を超える数であった。
「ところで悪魔が封じられている場所はわかっているのでしょうか」
「森の西側にあるようだのう」
「西、ですか。歩いて行くには遠いですね」
「そうじゃな。このあたりにいる魔獣に乗っていくのが良いかのう」
クロードは周囲の眠っている魔獣の中から大きめの狼の魔獣を見つけると魔獣に人差し指を向け円を描く。
するとその魔獣は先ほどまでクロードが近づいてもピクリとも動かなかったにもかかわらず、すぐに目を覚まし起き上がる。
そして、目の前にいるクロードに対しうなり声を上げながら警戒姿勢を見せる。
「のう、儂らはこの森の西のほうに行きたいのだが目的地までおぬしの背に乗せて送ってくれぬか」
しかし、一切気にした様子はなくクロードは威嚇する魔獣に声をかける。
警戒を続ける魔獣はにらみ続けたまま今にも襲いかかりそうなのにもかかわらず、クロードはその魔獣の頭に手をのせた。
その瞬間、それまで威嚇し、うなり声を上げていた魔獣は途端に静かになると身体を震わせながら怯えたまなざしでクロードのことを見た。
「問題なく乗せていってくれるそうじゃ。ほれ、タキ行くぞ」
何でもなかったことのように魔獣からの了解を得たと認識したクロードがタキに声をかけるとため息をつきながら諦めたような声が返ってくる。
「はぁ~。穏便に済ませることはできなかったのですか」
「何を言っておる。穏便に済ませたであろう」
心外だとばかりに反論するクロードにあきれながらタキは話を続ける。
「あなたがやったことを世の中では脅迫というのですよ。丁寧にその魔獣にだけ普段隠しているあなたの力を解放して力の差を思い知らせて思い通りに言うことを聞かせる。どこからどう見ても脅迫ではないですか。その証拠にその魔獣今でも怯え続けてますよ」
タキの言葉の通りクロードは魔獣に対し、普段は押さえ込んでいる転生前の神獣としての力を解放しその力を魔獣に向けたのであった。
力の矛先を向けられた魔獣はその圧倒的な力の差に心を折られ、怯えながらクロードのお願いを了承させられたのだった。
「ほれ、コロスケも乗れというておるようじゃし、さっさと乗って悪魔を見に行くぞ」
「コロスケってまた変な名前をつけたんですね。わかりました。すぐに乗ります」
そして、クロードとタキが魔獣に乗ると魔獣はそのまま西に向かって森の中を駆け抜けていくのだった。
森を駆け抜ける間、移動する度に遠くから巨大な何かが落ちる音が聞こえたものの、魔獣以外は特に気にした様子はなくそのままクロードの案内の通りに道のりを進んでいった。
森を進んでいくと、花々が咲き誇る空間があった。
そしてその中央には神聖な雰囲気をまとった神殿のような建物が存在した。
「ここに悪魔が封印されているのですか。どちらかというと天使でも封印されていそうな雰囲気なのですが・・・・・・」
思わずつぶやいてしまったタキにクロードは特に気にした様子もなく答える。
「ずいぶん悪魔に似つかわしくない場所だけどこの神殿に封印されているのは間違いないぞ。では早速神殿に入っていくとするかのう」
そう言って神殿の中へと進んでいくクロードをタキは慌てて追いかける。
「クロード様、お待ちください。勝手に進まないでください」
神殿の中は常に雨風にさらされている場所とは思えないほどきれいな空間であった。整備する者がいないはずであるにも関わらず、常に整備されているようにきれいな状態が保たれていた。
その状態に驚きタキは周囲を見回しながら進む一方でクロードは特に気にした様子もなくどんどん奥へと進んでいく。
そして奥に進んだクロードは1つの部屋でその歩みを止める。
少し遅れてやってきたタキは部屋に入った瞬間に何故クロードが歩みを止めたのかを理解した。
クロードとタキが入った部屋の中央には黒い水晶が宙に浮いていたのだ。
その水晶は妖しい光を発しながらクロードたちを照らしていた。
「どうやらここが悪魔の封印されている場所のようじゃのう」
「そのようですね。あの水晶は典型的な悪魔を封じてある水晶のようですし間違いなさそうですね」
「では早速封印を解くとするかのう」
言葉の通りクロードは水晶に近づくとそのまま封印を解く作業を始めた。
作業を始めて1分もたたないうちにクロードが水晶に触れた瞬間、途端に水晶に亀裂が入り黒い煙が次々とあふれていく。
それと同時にクロードとタキは部屋の中央から離れ水晶から距離を取る。
水晶に入った亀裂は大きくなり、その亀裂が水晶の半分を超えたあたりであふれ出ていた煙は1カ所に集まり始める。そして、水晶から黒い煙があふれ出なくなると集まった煙は人の形へと変貌していった。
その瞬間、部屋の中に突如突風が吹き荒れるとクロードとタキの目の前には巨大な黒い羽を生やした2メートルほどの悪魔が立っていた。
「愚かにも我が封印を解いた人族はお前か。我が名はゼフォン。封印を解いた存在が童だとは思わなかったが、封印を解いてくれたこと感謝する。その礼として、お前に我が劫火に焼かれ、我が復活した最初の贄になる権利を与えよう」
高圧的な態度で一方的に話を進めるゼフォンは右手に炎を灯す。
「童よ。そう怯えることはない。痛みは一瞬だ。面倒だからそこを動くでないぞ」
「1つ質問良いかのう」
一方的に話が進められる中、その空気を気にした様子もなくクロードはゼフォンに質問する。
それに対しゼフォンは眉をひそめながらも許可を出す。
「今、我の気分が良いことに感謝するのだな。童よ。質問するが良い」
「それでは遠慮なく質問させてもらうかのう。おぬし、何故このような場所に封印されておるのじゃ。この場所はどうも悪魔が封印されているという雰囲気ではない。それにどうも普通の封印とは雰囲気が異なるように感じてのう」
「童よ。良い質問だ。しかし我はお前にその答えを告げるつもりはない。私はその質問をされることが大嫌いなのだ。本来であれば久方ぶりの会話をもう少し楽しむところであったが、そのような質問をしてくるものなどさっさと贄にしてやろう」
先ほどまでと変わらぬ冷静で冷たく感じる声ではあるもののその中に確かに感じる怒りの感情の込められた声とともにゼフォンはクロードに向かって炎を放った。
「人間の、ましてや童などあっけないものだ。もう少し利口であればほんのわずかだが寿命が延びたものを」
その燃えていく様を見ながらゼフォンが溜飲を下げていると突然後から声がした。
「気遣いはありがたいのだがのう。儂はこの通り生きておるので気にする必要はないぞ」
ゼフォンがすぐに後を振り向くとそこには焦げ目すらついていない無傷のクロードが立っていた。
「何故貴様が生きている。確かに炎は直撃していたはずだ」
「なに、お主の炎が直撃しなかっただけじゃよ」
「ちっ、ならばもう一度炎を放つまでだ」
クロードののんきな返答に苛立ちながらもゼフォンは再度炎をクロードに向かって放つ。
「むう、炎の質は悪くないのだがのう。もう少しばかり狙いを定めてついでにもう少し質の良い炎を放ってくれんか」
ゼフォンの右側からした声に振り向き様に放たれた言葉にさらに怒りを募らせながら再度炎を放っていく。
「何故当たらない。私の炎の質が悪いだと。炎を食らいもしないで随分と偉そうなことを言うな。ならばお望み通りより強力な炎を逃げられるのようにこの部屋全体に放ちお前の身にたっぷりと味合わせてやろう」
そして、ゼフォンから放たれた先ほどよりも火の勢いが強い炎は瞬く間に部屋中に拡がりゼフォンのいる部屋の中心部分を除いて部屋の全てを覆った。
「確かに火の勢いは先ほどよりも強くなったようじゃが、炎の質としては先ほどのほうが良いのう。お主、これで限界なのか」
「何故だ。何故貴様は生きている。何故先ほどから急に現れる。まさか貴様程度のガキが瞬間移動を使えるとでも言うのか。あれは貴様のようなガキが使えるものではないはずだ。貴様いったい何者だ」
激高しながら今にもつかみかかりそうな勢いでクロードに迫ってくるゼフォンにクロードは人差し指を向ける。
「儂は瞬間移動など使えんよ。ただ、こんなことができるだけの単なる人族じゃよ」
そして、人差し指でゼフォンに向かって円を描く。
『創幻魔鏡』
クロードが一言つぶやいた瞬間、ゼフォンの目の前には荒廃した世界と屍となった多くの悪魔、そして生き残っているわずかな悪魔を殺しながら自身に近づいてくる信頼している上司であるはずの悪魔が現れた。そして、上司であるはずの悪魔は周囲の悪魔を殺し終えると何故か動くことのできないゼフォンの元へと歩みを進める。
「何故あなた様がそのようなことをなさっているのですか。何故あなた様が部下である同胞を殺しているのですか。お答えください。どうしてなのですか」
ゼフォンの問いかけ虚しく上司であるはずの悪魔はゼフォンの目の前までやってくると右手に炎を灯す。
「おやめください。あなたの炎に焼かれれば私は死んでしまいます。封印されたことを怒られているのですか。これからすぐに成果を出しますので、どうか、どうか、命だけはお助けください」
しかし、いくら懇願しても上司であるはずの悪魔は動きを止めることはなく、懇願虚しくゼフォンに炎が放たれた。
「熱い。熱い。焼けてしまいます。どうか炎を消してください。どうしてなのですか。どうしてあなた様が私を燃やすのですか。どうして」
炎に身体が焼かれる中、最後まで燃やされる理由を問うゼフォンであったが、その答えが出ることはなくその身体は炎に焼かれ消えていくのだった。
「相変わらずえげつない技を使いますね」
部屋の外に隠れていたタキは炎で焼かれるゼフォンを見ながらわずかに恐怖をその眼に宿しながらその原因を作った存在であるクロードを見る。
「あの悪魔の炎を避けていた幻はともかく、あの悪魔自分の炎で自分を焼いていましたけどどのような幻をみせればあのようなことができるのですか・・・・・・」
恐る恐るというようにクロードへと訊ねる。
「創幻魔鏡だぞ」
「あれが創幻魔鏡なわけないでしょう。創幻魔鏡といえば相手に幻をみせて精神崩壊させるやつですよね。あの悪魔みたいに自害させるような幻ではなかったはずですよ。16年間人間やっている間にどうやったらあそこまで凶悪性が増すのですか」
「16年間の人間生活には刺激が少なくてのう。暇つぶしに技を改良してみただけじゃよ。ほんの少し幻の中で出会う誰かが幻にかかった本人を殺すときに自害させるようにしただけだからのう」
何でもないことのように語るクロードにタキは諦めをみせる。
「クロード様はそのような方でしたね。目的の悪魔はもういなくなりましたが、今後はどのようにしますか」
「そうじゃのう~。悪魔もいなくなったことじゃし、一先ずこの場所に関してはまた来るとして一先ず森を抜けて人の住む町に向かうとするかのう」
「わかりました。しかし、この場所からですと歩きとなりますと人の住む場所までしばらく時間がかかりますよ」
「外に先ほどの魔獣を待たせておるので大丈夫じゃよ。魔獣に乗ってさっさと森を抜けるとするぞ」
そして、神殿を出たクロードとタキは外に待たせていた魔獣に乗ると森の出口に向かって進んでいくのだった。
おキツネ様の幻騒記 水嶋川千遊 @yo-to-muramasa
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