二人で食べよう、リメイクご飯

双瀬桔梗

二皿の豪快半分ずつカレードリア

つかちゃん……また作り過ぎちゃったよ……」

 邑咲むらさきさつきは肩を落としながら、スープジャーの蓋を開けた。スパイシーかつ、家庭的な匂いが、鼻の奥をふわっと刺激する。

 皐の対面に座っている同期生の、 つかは「あらら〜」と、呑気な声を出す。

「この匂いは……カレーかぁ」

 香りだけで中身を当てた緑沙は身を乗り出して、しょぼんとしている皐の頭を「よしよし」と撫でる。

「寂しくなったんだねぇ」

「うん。自分で決めた道なのに……大学生にもなって、家族が恋しいなんて情けない話だよね……」

 皐は温かい家庭の長女として生まれ、両親ときょうだい合わせて八人で暮らしていたが、恩師の母校で学びたくて他県の大学を選び、今は一人暮らしをしている。それゆえ彼女は定期的にホームシックになり、無意識の内に食材を大量に購入し、家族全員分の料理を作ってしまう。

 これで七回目……つきいちペースで料理を作り過ぎて、朝昼晩と一週間くらい同じおかずを食べ続けることがある。

「そんなことないよ。二十歳になっても大人だって寂しくなる時があるんだから」

「うぅ……そんな優しい言葉をかけてくれるのは緑沙ちゃんだけだよ〜」

「大人でも寂しくなるのは本当のことだからねぇ」

 微妙に噛み合っていないやり取りをしながら、緑沙は黒色の大きなリュックからコンビニの袋を取り出す。それを見て皐は、「あれ?」と首を傾げる。

「今日はめずらしくお弁当じゃないんだね」

 緑沙には二歳年上の、社会人の恋人がいる。その恋人はとてつもなく緑沙を束縛する人で、“緑沙には自分が作った料理だけを食べてほしい”と言うほどだ。皐はその話を聞いたことがあるため、緑沙がお弁当でないことを不思議に思った。

「あぁ……あの人とはもう別れたからね」

 『明日の晩ご飯はカレーよ』みたいな軽い感じで、緑沙が言うものだから、皐はポカンとする。

「……わか、れた? いつ……?」

「別れたのは昨日だよ。そんで今朝、荷物をまとめての家、飛び出してきちゃった」

「荷物って……そのリュックだけなの?」

「キャリーバックをコインロッカーに預けてきたよ」

 緑沙は淡々と答えながら“ふわとろ玉子のケチャップオムライス”と書かれた、パッケージの容器を取り出し、蓋を開ける。

「いただきます」

 皐が呆然としていることに気がついてないのか、緑沙は手を合わせてからマイペースにオムライスを食べ始める。皐も「いただきます」と呟くように言い、プラスチック製のスプーンでカレーをすくい、口にする。

「……あのさ、どうして別れたのか、聞いてもいい……?」

 遠慮気味に尋ねる皐とは裏腹に、緑沙は「いいよー」と平気そうに答える。

「正直に言うと、私がフられちゃったんだ。が、違う人のことを好きになったって言うから、それなら別れようって切り出したのは私だけどね」

「そう、なんだ……」

 日常会話をするみたいに、サラリと話す緑沙。一方、皐は緑沙の話を聞いて、内心かなり落ち込んでいた。緑沙が恋人を大切に想っていたことを知っていたから……幸せそうに、大好きな人の話をする姿をいつも見ていたから。

 皐はカレーと、お弁当箱につめてきたご飯とマカロニサラダをゆっくり三角食べしながら、緑沙にどう声を掛けるべきか悩んだ。

 考え過ぎてあまり食が進まない皐とは対照的に、緑沙はハイスピードでオムライスを食べ終える。ご馳走様と言うかと思えば、リュックからもう1つの、今度は大きめのコンビニ袋を取り出し、おにぎり五個を机の上に置く。それを黙々と食べ切ると、続けざまに菓子パンや惣菜パン計十個を次々に平らげる。

 緑沙の食べる量が尋常ではないことに途中で気がついた皐は、ただただその様子を眺めていた。

「ちょっとオムライス買ってくるね」

「まだ食べるの!?」

 席を立ち、食券売り場に向かおうとする緑沙に、皐は驚きを隠せない。小柄で細身な緑沙が、こんなにも大食いとは夢にも思っていなかったからだ。

「今日はいっぱい食べたい気分だから」

「そっか……ていうか、緑沙ちゃんって結構、大食いだったんだね」

「う〜ん……食べても食べなくても大丈夫なんだけど、出されたものは全部食べるし、いっぱい食べたい気分の時はいっぱい食べるよ」

「そうなんだ」

 友人の新たな一面に皐は驚愕しつつも、食券を買いに向かう緑沙の背中を見送る。

 皐と緑沙は同じ高校に通っていたが、きちんと会話をしたのは一回だけで、仲良くなったのは大学生になってからだ。ゆえに、まだ知らないことの方が多い。だから、緑沙が大食いであると知ることができて、皐は少し嬉しかった。ちなみに、同じ大学に通っていると互いに気がついたのは、四月下旬頃である。

「わぁすごい大盛りだね」

「うん。この量であのお値段は、学生のお財布にとても優しい」

 昔ながらのオムライス(大盛り)をおぼんに乗せて、戻ってきた緑沙はニコニコしていて、皐もそれにつられて笑った。

「緑沙ちゃん、オムライス好きなんだね」

「うん。オムライスなら全部好きだけど、ケチャップライスを、しっかり焼いた玉子に包んで、ケチャップソースをかけたオムライスが特に好きだよ」

「分かる! とろとろふわふわのオムライスやデミグラスソースも良いけど、やっぱ王道が一番だよね」

 皐はさっきまでの暗い気持ちを吹き飛ばすように、緑沙と楽しく昼食を食べながらいろんな話をした。二人揃って食べ終わると、「ごちそうさまでした」と言ってから、皐と緑沙は席を立つ。

「ところで緑沙ちゃんさ、行く宛てはあるの? これから住む場所とか決まってる?」

 講義室に向かう途中、皐はずっと気になっていたことを、緑沙に聞いた。

「とりあえず、住むとこが見つかるまではホテル暮らしかな」

「だったら、ウチに来ない? 作り過ぎたカレー、一緒に食べてほしいし……もし、まだホテルの予約してないなら、住む場所が見つかるまでウチに居てくれていいし。どうかな……?」

 “作り過ぎたカレーを一緒に食べて欲しい”というのはあくまで口実で、皐は住む場所を失った緑沙が心配で声をかけた。

 緑沙はぽかんとした顔で皐を見た後、おずおずと口を開く。

「いいの? お邪魔して」

「いいよ! むしろお願いしたいくらいだもん。自分が悪いとは言え、しばらくカレーを食べ続けるのはツラいからさ……緑沙ちゃん助けて! ね、お願い!」

「それじゃあ、お言葉に甘えようかな。しばらくお世話になります」

「ホントに? やった! ありがと、緑沙ちゃん」

 ぺこりとお辞儀する緑沙の手を、皐は掴んでぶんぶん振り回す。

 緑沙はそれがなんだかおかしくて、「ふふっ」と微笑んだ。皐もつられるように「へへっ」と、照れくさそうに笑った。




「コインロッカーに預けてるキャリーバッグを取りに行ってくるから、さーちゃんはお家で待ってて」

 そう言って緑沙は駅へ向かい、皐はまっすぐ家に帰り掃除をしていた。

 皐が住んでいるのは、大学から徒歩五分のところにあるマンションの一室。ここはりくめい大学の生徒であれば、安く借りれるというのもあり、入居者の殆どが現役陸明生だ。

 居室八畳ほどのワンルームで、家電一式とクローゼット、食器棚、それからロフトもついている。ディスクに小さな本棚、折りたたみ式テーブルと、クッション座布団が二つ。白い壁と淡いピンクのカーテンといった、シンプルな部屋である。

 皐は掃除機をかけ終えると、鍋に水を入れ火にかけてから、保存袋に小分けにし冷凍しておいたカレーがどのくらい残っていたか、思い浮かべる。次に、今日の緑沙の食べっぷりを思い出し、どのくらい解凍すべきか少しの間、考え込む。

 それに、これからしばらく寝食を共にする緑沙友人に、ただ温めただけの、昨日のカレー残り物を出すのは如何いかがなものか? とも思った。

 何かちょっとだけでも、特別なことは出来ないだろうかと、腕組みして熟考しているとインターフォンが鳴る。

「緑沙ちゃん、いらっしゃい!」

「お邪魔します。これ、食後のデザート用に買ってきたから一緒に食べよ?」

「こ、これって、駅前にあるケーキ屋さんの……」

 駅前に、オシャレな外装の小さなケーキ屋さんがある。材料に強いこだわりがあるようで、それゆえカットケーキ一つの値段もなかなかお高めだ。

「フルーツロールケーキだよ。もしかして苦手だった?」

「好き、だけど、あそこのケーキって高いから申し訳なくて……」

「好きなら良かった。値段は気にしないで。私も食べるし、これからお世話になる上に、晩ご飯もご馳走になるんだからこれくらいはさせて?」

 緑沙の言葉に、皐は頭の中で瞬時にいろいろ考え、すぐさま結論を口にする。

「よし! ロールケーキは有難く頂くよ! その代わり、あたしはカレーで何かリメイク料理を作るね!」

「え、普通にカレーでいいよ?」

「そうはいかないよ! 残り物のカレーをそのまま出すのもなんだかな〜って思ってたところだし、何より人に食べてもらう以上、何かしらの工夫をしないなんてあたしらしくない! そう、あたしがリメイク料理を作りたいの! ということで、お腹すいてるなら適当にお菓子つまんでていいから、緑沙ちゃんはテレビでも見てゆっくり待ってて」

「なんだかよく分かんないけど、さーちゃんがやる気満々だ」

 手をグットの形にして、やる気満々の皐を見て、緑沙は何となく拍手を送った。皐は「ありがとー」と拍手に対するお礼を言う。

「エプロン、もう一つある?」

 鍋の刺繍が入った紺のエプロンを着けている皐に、緑沙は声を掛けた。

「予備のがあるけど……緑沙ちゃんはゆっくりしてていいよ」

「ううん、私にも手伝わさせて。ご飯の前にお菓子は食べないようにしてるし、テレビも普段あんまり見ないから暇なの」

「そっか。じゃあお願いしようかな」

 皐はクローゼットからフライパンの刺繍が入った黒のエプロンを取り出し、緑沙に渡す。

「ありがと」

 両手でエプロンを受け取った緑沙はエプロンを着ける。皐は茶髪のボブヘアーの横側をアメピンで止め、緑沙は長い黒髪を手首につけていたシュシュでポニーテールにする。そして順番に手を洗い、二人揃ってキッチンに立つ。

「何を作るの?」

「えっとね、とりあえずカレードリアなんてどうかなぁと思って。ご飯とか他にもいろいろあるし。ただ、普通のカレードリアじゃなくて、オリジナリティを出したい! ということで、緑沙ちゃんにも意見をお聞きしたいです」

 皐は冷凍カレーを湯煎しつつ、緑沙に問いかける。

「私にも?」

「うん! ちなみに緑沙ちゃんは“ドリア”と言えば、何ご飯が思いつく?」

「うーん……ターメリックライスかな? でも自分でドリアを作るなら、ケチャップライスにするよ」

 皐の質問に緑沙は、冷凍ご飯を電子レンジに入れながら答える。

「ケチャップライスいいね」

さーちゃんは?」

「私はガーリックライスにすることが多いかな~」

 改めて冷蔵庫の中を確認していた皐は、食器棚へと移動する。

「だったらガーリックライスでいいよ」

「それじゃあ、二つとも作ろっか!」

 皐と緑沙が言葉を発したのは、ほぼ同時だった。振り向いた皐は、困ったような表情の緑沙と、目が合う。

「緑沙ちゃんなら結構、食べてくれると思ってたんだけど……今はそんなに食べる気分じゃなかった?」

「ううん、そういうわけではないよ。ただ、さーちゃんのお家だし、さーちゃんに合わせようと思って」

 緑沙の言葉に、皐は目をぱちくりさせる。

「その、折角、二人でご飯食べるなら、いろいろと二人で決めた方がいいと思って……なるべく二人が食べたい物を作りたくて、それで緑沙ちゃんにドリアのご飯について聞いたんだよ」

「そう、だったの? でも、二種類も作るのは大変じゃない……?」

 なぜか戸惑うばかりの緑沙の手を、皐はぎゅっと握り、微笑みかける。

「大丈夫だよ! 作るのも二人なんだからさ、アイデア出し合って、美味しいご飯作ろ?」

 皐の言葉に、緑沙はコクンと頷いた。それを見て皐は軽い足取りで、再び食器棚に近づく。

「ふっふっふっ……じゃじゃーん! この大きな耐熱皿を使う日が来たみたいだね!」

 不思議なテンションで皐は、真っ白なLサイズの耐熱皿を二枚取り出し、軽く掲げた。

「わぁ~なんでそんなにおっきいお皿が? 実はさーちゃんも大食いさん?」

 緑沙の問いかけに、「実は……」と皐は苦笑いを浮かべる。

「これもホームシックになった時に、家族のことを思い出しながら買っちゃったんだ……」

「あらら~」

 気の抜けた緑沙の声に、皐は「へへへ」と照れ笑いを浮かべる。

「よし! それじゃあ改めて、このお皿を使って二種類のカレードリアを作っていこー!」

 二人して「おー!」と、手を上げた後、皐と緑沙は話し合いを始めた。その結果、二つの耐熱皿を使って、四種類のドリアを……一皿で二種類のカレードリアを作ることに決めた。


 一皿目。左側にケチャップとグリーンピースを混ぜたご飯、右側に青のりと天かすの混ぜご飯を敷き詰める。その上に、茄子やオクラなども入っている、野菜多めのチキンカレーをかける。更に、ケチャップライスの方に薄焼き卵とモッツァレラチーズを、混ぜご飯の方に細切り山芋、スライスしたゆで卵と餅を乗せ、トースターで焼く。


 続いて二皿目。左側にターメリックライス、右側にガーリックライスを敷き詰める。全体にマカロニサラダを乗せ、その上に定番の野菜が入った牛カレーをかけていく。そして、ターメリックライスの方に生卵とミックスチーズ、ガーリックライスの方にスライストマトと温泉卵、最後にカマンベールチーズを丸ごと豪快に置き、オーブンで焼く。


「ところで、なんでカレーを二種類も作ってたの?」

 解凍したけど使いきれなかったカレーなどを、切ったバケットに塗っていた緑沙は、ふと気になったことを問いかける。

「我が家はチキンカレー派と定番のカレー派で分かれるから、譲り合うくらいなら二つとも作っちゃえ! って感じになって……だから一人暮らしをしている今も、ついつい二つとも作っちゃうんだ」

 使った調理器具を洗っている皐は、家族の顔を思い浮かべ、小さく笑った。

「わざわざ二種類も作るの?」

「うん、具材を変えるだけでいいし。大鍋を二つ使うことにはなるけど、作るのも片付けるのも手が空いてる人みんなでするから、割となんとかなるものだよ」

「このバケットも、家族の誰かが好きだから買ったの?」

「うん。カレーはご飯で食べるか、パンで食べるかってところでも、分かれてるからね」

さーちゃんのお家は、それぞれの好みを尊重するんだね」

「まぁそれくらいわね。流石に、カレーの日にハンバーグ食べたいとか言われたら困るけど、そこまで無茶を言うきょうだいはいないし。たまに、お兄ちゃんと三女が、揚げ物をトッピングしたいって言い出すけど、その時はスーパーのお惣菜を頼ることにしてるんだ」

「そうなんだ……素敵なお家だね」


 そんな他愛ない会話をしていると、トースターが焼き上がりの合図を知らせてきた。

「オムライス風&和風カレードリアの完成だね」

「おいしそうだぁ」

 ミトンを着けて、トースターからカレードリアを取り出し、折りたたみ式テーブルの上に置く。餅とチーズがいい感じに溶け、湯気がふわふわ漂い、カレーの香ばしい匂いがする。

 空いたトースターにバケットを入れてから、取り分ける用の木製スプーン二本に、小皿と銀スプーンを二人分取り出す。

「焼けた順に食べていこっか」

「うん」

 エプロンを取り、飲み物も用意して、対面に座った皐と緑沙は「いただきます」と手を合わせる。最初に、皐は和風、緑沙はオムライス風カレードリアを、自身の小皿に取り分ける。

「この餅やチーズが伸びる瞬間が、何気に美味しそうなんだよね」

「うん、にょーんってなるのが、とってもおいしそう」

 熱々のドリアを掬って、スプーンを持ち上げる時に、餅やチーズが伸びて徐々に切れていくさまは、不思議と食欲を増幅させる。

 赤・緑・茶・黄・白と、バランスよく綺麗にスプーンに乗せた緑沙は、ふぅふぅと息をふきかけ、大きな口を開けてパクッと食べた。

「おいしい……さーちゃん、おいしいよ」

「こっひも、おいひぃよ」

 皐ははふはふ言いながら、和風カレードリアを食べている。

「オムライスとカレーを同時に食べるとこんなにおいしんだねぇ……モッツァレラチーズも合うし、何よりさーちゃんが作ったチキンカレーがおいしすぎるよ~」

「へへっありがとう。青のりと天かすの混ぜご飯に麺つゆを入れたのも正解だよ」

「本当だぁ……全部の食材がきちんと仕事して、“和風”を作り出してるよ」

「オムライス風はオムカレー・オンチーズって感じだね。何となく気になって、買っていたモッツァレラチーズがこんなところで役立つとは」

 二人とも食レポは微妙だが、幸せそうなふわふわした表情から美味しいことは伺える。

 オーブンで焼いていた方のカレードリアも完成し、テーブルの上に置かれる。

 左半分は王道ドリアといった見た目なのだが、右半分はドーンと鎮座しているカマンベールチーズが迫力満点だ。切れ目を入れた部分から、チーズがトロっと溢れ出している。

「動画でよく見るやつだぁ」

「これがさーちゃんの言ってた、丸ごとカマンベールかぁ」

 皐は目を輝かせ、緑沙は物珍しそうにじぃっとチーズを眺めている。

 スプーンを入れると、卵の黄身が割れ、ゆっくり広がっていく。白と黄金色のコントラストが綺麗で、シンプルな王道カレードリアも豪華な料理に見えるので、チーズと卵は偉大だ。ガツンとくるガーリックライスとカレーと、カマンベールの相性もバッチリである。

 皐と緑沙は、あっさりとがっつりを各々、交互に食し、焼けたトーストもつまみつつ、二人であっという間になかなかの量を食べ切った。




「誰かと一緒に晩ご飯を食べたのは久しぶりだし、美味しくて楽しかったぁ」

 二人で後片付けも終わらせ、ほっと一息ついた皐は、緑沙とご飯を食べた喜びを噛み締めているようだ。

「私も、こんなに美味しくて、晩ご飯はだったな」

 どこか引っかかる言葉に、皐は胸がザワつき、緑沙の方を見る。

 なんだか寂しげな面持ちで、ぼぅとする緑沙の隣に皐は座り、彼女の頭をそっと撫でた。

さーちゃん?」

「あ、ごめん! 妹や弟達によくやってるからつい……イヤだった?」

「ううん、うれしかったよ。撫でる方が好きなはずなのに、撫でられるのもいいなって思った」

 そう言って緑沙は、髪を梳くように皐の頭を撫でる。

「へへへ……そういえば、あたしがホームシックの時は、いつも頭を撫でてくれてるよね」

 皐は今までのことを思い出し、はにかんだ。

「なんかね、友達とかとか、昔から私はいつもだったから……寂しがってる人を見ると、つい撫でてしまうんだぁ。のことも……」

 そこまで言って、緑沙はハッと息を呑む。元恋人の名前をつい口にしてしまったことに、ひどく動揺して、頭の中がぐちゃぐちゃになる。二度と呼ぶことのない相手の……まだ大好きで忘れらない、忘れられる訳がない相手の顔が、愛おしい人との思い出が、次々に頭を過り、自分の意思とは関係なく、涙がポロっと落ちた。

 元恋人から、一夜の過ちを告白された時に……その相手のことを本気で好きになってしまったと聞かされた時に、“私はもう必要じゃないんだ”と、緑沙は漠然と思った。謝る元恋人を見て、罪悪感や責任感で繋ぎ止められるくらいなら……好きな人の足枷になるくらいなら、自らこの人の元を去ろうと決心した。自分の気持ちにしっかり蓋をしていた筈なのに、一度開いてしまった蓋を、自分で閉めることが出来ない。

「あ、ごめ……すぐ泣きやむから、だいじょうぶっ……だから」

 拭っても拭っても溢れ出る涙を止めることができなくて、緑沙はどうすればいいのか分からなくなっていた。

「緑沙ちゃん……」

 突然のことに最初はオロオロしていた皐だったが、目を擦る緑沙にそっと手を伸ばし、優しく抱きしめた。

「さーちゃん」

「泣きたい時は泣いていいんだよ。あたしで良ければ全部受け止めるから、いっぱい自分の想いを吐き出していいんだよ」

 皐の言葉に、僅かに繋がっていたか細い糸も切れ、緑沙はボロボロと大粒の涙をこぼす。

「わたし、ばかだな……こんなに好きなら……おとなぶって、身を、引くんじゃなかった。もういちど、わたしのこと好きになってほしいって……いえばよかった」

 皐は緑沙の言葉を静かに受け止め、ただ彼女の背中を、何度も何度も撫で続けた。



 しばらく泣き続けた緑沙は涙が止まると、何事もなかったかのようにケロッとしていた。それでも皐は心配していたが、二ロールも買っていたロールケーキを一本半ぺろりと食べる姿を見て、ひとまず安心することにした。


 そして、残りのカレーを全て食べ終わった頃。

 新しい住居が見つかったからと、緑沙は皐の家を出ていった。




 一人暮らしの生活に戻った皐は、ホームシックと、緑沙ロスにもなっていた。けれども、食材の買い出しの量をなんとかすることには成功し、自分の少しばかりの成長を心の中で褒める。

「とは言え、一人にしては多いよなぁ」

 ドアの前で、改めて二つの大きなエコバックの中をチラリと見て、皐はやっぱり自分自身に呆れた。

「またそんなに買っちゃったの?」

「うん。これでも一応、セーブした方なんだけどね……って、緑沙ちゃん!?」

 声のする方に顔を向けると、キャリーバックを持ち、リュックを背負った緑沙が「やっほー」とマンションの廊下に立っていた。

「え、なんでここに? 土曜今日は引っ越し先のマンションに行く日なんじゃ……」

「うん。ここがその引っ越し先のマンションだよ」

 緑沙は皐が住む部屋の、隣のドアを指差し、部屋の鍵を見せる。

「え……え~! 隣!? あれ? でも、確かが住んでた気がするんだけど……」

「なんかね、元々ここに住んでた人は、数日前にどこかへ引っ越したらしいよ。ここの大家さんと話す機会があって、そのときに空いてる部屋があるよって教えてくれたの」

「そうなんだ……ってなんでそのことをあたしに教えてくれなかったの?」

「だって聞かれなかったから」

「たしかに……どこに住むのかは、聞かなかったね、あたし」

 緑沙のセリフに、皐はすんなり納得する。緑沙は基本的に、聞かれたことしか話さない性格であると、理解していたからだ。

「なにはともあれ、これからはお隣さんとしても、よろしくね」

「うん、こちらこそよろしく。緑沙ちゃんさえ良ければ、また一緒にご飯食べようね」

「うん、さーちゃんとご飯作って食べるの、楽しみにしてる」

 皐と緑沙はどこか照れくさそうに、顔を見合わせ、微笑んだ。



【二人で食べよう、リメイクご飯 完】

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二人で食べよう、リメイクご飯 双瀬桔梗 @hutasekikyo_mozikaki

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