第127話「すべてを賭けて 2」
レキシアが負けたことはすでに世界各国に広まり、大罪人レキシアの王セルシオの処刑が帝都で行われることも広まりきっていた。
「セルシオ殿が……」
そしてそのことは当然、ベルルラートの新首領であるガーナードの耳にも入っていた。
「やはりっ、やはり無理を言ってでも参戦するべきだったっ!!」
「いけませんガーナード様! セルシオ陛下から手出し御無用と書簡でわざわざ来たのです。それを無視することは出来ません」
「だが! だがそれでセルシオ殿が帝国に落ちてしまった! やはりレキシアのみで戦うなど不可能だったのだ!」
ガーナードの護衛騎士、ダストの言葉に悔しがるガーナードに痛ましそうに見るダストは窓の外を見る。晴れ晴れとした青空はまるで自分たちを嘲笑っているようにも感じた。
「……首領。もしそれで我らが参戦したとしても、未だに傷ついている我が国では兵力に期待など出来ません。焼け石に水だったでしょう」
「っ……」
「それがセルシオ国王にもわかっていた。だから我らに頼んだのは戦場となったブラマスワ平原近くに居る国民の保護を我らに頼んだのです」
わかっている。言われずとも、ベルルラートはレンドジア戦争で戦ったときのような力をもう持っていない。回復には後十年はかかるだろう。そもそも軍事力よりも先に国力を回復しなければいけない。そんな暇はないのだ。
「だが、だが……っそれでは!」
それではこの国を取り返してくれたセルシオへの恩を返すことが出来ないまま、見て見ぬふりしか出来ないじゃないか。そう悔しげに呟くガーナードに、ダストは目を伏せた。義理事にとても誠実な男の願いは、国に立つものとしては尊重されない。なぜならガーナードの判断はそれだけで国を地獄にも理想郷にも変えるのだから。
同仕様もない無力感に震える二人は、そのまま見捨てる選択を無言の空気の中に落とした。
「――なら、少し手伝ってほしいことがあるんだがいいか。首領殿?」
「「!!」」
もはや見捨てるしか無い。そうガーナードは苦渋の決断を下そうとしたその時、二人の背後から聞こえたバスのように低い声。ダストは剣を抜こうと動くが男の動きはそれよりも早かった。
「まぁまぁそんな焦るもんじゃねぇよ、ガキ」
「なっ!」
なんという速さだ。あっという間に間合いを詰められ、剣を抜こうと思ってもその近さに逆に剣が邪魔となってしまう。
「お前は、何者だ……」
後ろに立つ男は、その黒い衣装に身を包みながらニヤリと笑っていた。素顔は完全に見え、その男の美丈夫っぷりがその笑みで更に増す。そんな男はガーナードを見て懐からある一枚の手紙を渡して口を開いた。
「俺様はレキシアの影。名前はグラトニーだ。よろしくな坊っちゃん」
「レキシアの! つまりお前、貴方はセルシオ陛下の」
「あのガキに仕えているつもりはねぇよ。って、んなことはどうでもいい。こっちも急いでいるんださっさと用件を言うぜ」
渡された手紙に書かれた名前。それは今、負傷し弱体化したと言われる大陸最強の女騎士。インフェルノからだった。
「帝国を、一緒に潰してくれ」
共同戦線。言葉と手紙から見えるその文字は確かに、歴史を最終局面へと動かした。
****
「セルシオ・ベータ・ル・レキシア。貴様は世界の秩序に混乱をもたらし平和を乱した。それはバフルムーラ帝国が築いた秩序に大きく違反する。大罪だ。よってその罪を、その命で償うが良い」
くだらない茶番だ。厳荘な裁判所でただ一人。美しい黄金色の髪を持つ妖精のような美貌を持った少年のみがその退屈さに嘲笑した。
何をもってして、この世界は平和だったのか。神を祀っていた神聖国すらも悪だったというのに、帝国の築き上げた秩序と平和になんの意味をもたらすか。それを真実だと思い、己に罵声と怒りをあげる民衆の愚かさにセルシオは嘲笑った。
「処刑は、3日後の夕刻時とする」
3日後に処刑。その言葉にセルシオは目を細めた。もはや敗戦の国の王として、自分はこのなんの縁もない土地で首を無様に絞められるのだろう。
「フン、くだらんな」
ならば、とことんやろう。決して、己という存在がただ殺されるだけの野ウサギだと思っているこいつらに思い知らせてやるのだ。
「貴様ら帝国の築き上げた秩序も平和も、いつか必ず崩壊する代物のくせして」
「なっ、貴様の発言は許可していない!」
今まで沈黙を守っていたセルシオの口から飛んだ言葉に裁判長は顔色を大きく変える。自分よりも遥か上に居る、天蓋の奥に御わすこの国、世界の支配者の怒りがどうなるのか、どこに向くかがわからないからだ。
そしてその恐怖を見逃すほど、セルシオは甘くない。
「なんだ? この国の王は、民からも恐れられ、敬遠されているのか。なるほどなるほど。それはたしかにこの国を支配し、世界を支配し、神すらも利用し尽くせるであろうな。――しかし、それは真の王として未熟の証だ」
「黙れ!! 衛兵、さっさと黙らせんか!!」
「グ……ッ」
飛び込んできた衛兵に頭を抑え込まれ、セルシオは苦しげに呻いて地面に倒れる。裁判官は顔を真赤にしたり青くしたりと騒がしく、周りの民たちからの怒りや戸惑い、好奇心がセルシオを突き刺すように感情を向けた。
「其奴をさっさと牢に……」
「待て」
ひやりと、裁判官の背筋が凍る。その声は天蓋の奥から聞こえた男の声だったからだ。
「へ、陛下……」
「セルシオ、だったか。この状況で朕に牙を剥くとは、面白い。ただの野ウサギだと思っていたが存外、度胸だけは持ち合わせているようだ」
姿を表すことはない。しかしその天蓋の裏にはたしかに皇帝が立ちあがりセルシオをその目で見下ろしている。セルシオのその度胸が、蛮勇か勇者であるのか見極めるために。
「ではその戯言聞いてやろう。真の王とは、一体何だ? 何をもってして真の王とたらしめる」
「……」
皇帝の言葉に全ての者の意識が地面に伏すセルシオに向けられる。皆一様にセルシオの言葉を待ち、その答えを待った。
「…………そんなもの決まっている」
そして、そのときは訪れる。
「自らの半身が、半身と見定めた者たちがここに来るかどうかだ」
その後セルシオは牢屋に閉じ込められた。
Lady Inferno 〜弱小国の最強英雄〜 姉御なむなむ先生 @itigo15nyannko25
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