月浦影ノ介




 これはAさんという、元会社経営者の男性から聞いた話である。


 今から四十年ほど前、福岡の会社に勤めていたAさんは、独立しようか迷っていた。

 そんな折、大学時代からの付き合いである先輩に相談したところ、ある霊能者の女性を紹介された。

 最初は胡散臭く思ったAさんだが、自身も会社経営者である先輩によると、非常に信頼出来る人物で、相談料も安いという。

 会社経営は責任も重く、孤独な決断を迫られる場面も度々あるため、そのような霊能者や占い師に相談する経営者も多いのだとか。

 大企業や政治家にもお抱えの霊能者や占い師がいるという話は、Aさんも聞いたことがある。

 経営者として成功している先輩の薦めだ。Aさんはとりあえず、その女性霊能者に会ってみることにした。


 その女性霊能者を仮にB女史としよう。

 彼女は三十代後半で、やはり会社経営者の夫と小学生の息子がおり、普段は専業主婦をしていた。紹介のあった人物に限って、自宅の居間や喫茶店などで霊能相談をしているという。

 

 AさんがB女史と初めて会ったのは、福岡市内の小さな喫茶店だった。

 霊能者という先入観から怪しげな人物を想像していたが、実際に対面したB女史は驚くほど普通の女性であった。

 よくテレビで見るような大仰な様子で霊視をする訳でもなく、B女史は穏やかな口振りで幾つかのアドバイスをした。

 それは先祖供養をしっかりするようにとか、周囲に対する感謝の気持ちを忘れないとかの、ごく平凡なものに過ぎなかったが、こちらが何も言ってないのに、父親との不仲を指摘されたのにはAさんも驚いた。


 それから一年ほど掛けて準備を整え、Aさんは独立した。その間にもAさんはB女史に何度か会って、そのつど様々なアドバイスを受けた。

 起業は自分でも驚くほど上手く行った。B女史のアドバイスに従って、父親との不仲も解消された。彼女によると、親子関係と先祖供養が、運気を上げるための重要なポイントだったそうだ。

 経営は順調に波に乗り、想定していた以上の利益を得、従業員も増えた。経営者として忙しくなったAさんは、次第にB女史と会う機会も少なくなって行った。


 それから数年経った頃の事である。取引先と深刻なトラブルが相次いだため、Aさんは久し振りにB女史に相談してみようと思った。思えばもう一年近くも会ってない。


 喫茶店でB女史と再会したAさんは、彼女の変わりように心底驚いた。

 髪の色を派手なワインレッドに染め、ブランド物の洋服に全身を包み、高価そうなネックレスや指輪をこれ見よがしに幾つも身に付けている。

 穏やかで控え目だった言動も、高圧的で傲慢なものに変わっていた。相談料も以前の十倍以上に値上がりしていた。


 いったい何があったのか率直に訊ねたAさんに、B女史はこう言った。

 「私は“神様”に許されたの。今まで人のために頑張って来たのだから、これからは自分のために、好きなように楽しく生きて行きなさいって」

 それから“神様”のお告げに従ったところ、夫の会社が今まで以上の利益を上げ、初めて手を出したギャンブルも連戦連勝。子供が難関中学の受験に合格し、大企業からの相談が相次ぎ、さらには出版社から本の執筆依頼が舞い込むなど、とにかくその“神様”のお告げに従いさえすれば、やること成すこと全て上手く行くのだという。

 「私には“神様”が付いているから。だから絶対に大丈夫なの」

 B女史はそう言って傲然と胸を張ったそうだ。


 帰宅後、AさんはB女史を紹介してくれた先輩に連絡を取った。B女史の変わりようには、先輩も驚いているようだった。

 「自宅に奇妙な祭壇を建て、自分の信者を集めて、ミニ宗教団体みたいなのを作ってるそうだよ。宗教法人の資格を取ろうとしてるって話も聞いたな」

 B女史の近況について話す先輩に、Aさんは訊ねた。

 「私には“神様”が付いてる、なんてことを頻繁に口にしてましたが、その“神様”っていったい何なんですかね?」

 「・・・・さあねぇ。俺には分からんけど、ただもう彼女には関わらない方が良いと思うんだよ」

 先輩の忠告に従い、Aさんはその後、B女史に連絡することはなくなった。


 

 それからさらに数年後の事である。

 Aさんは取引先の会社の役員で、B女史の事をよく知る人物と知り合いになった。

 たまたま飲み屋で同席した折、B女史の話になり、Aさんはその役員から驚くべき事実を知らされる。


 現在、B女史は事故で両目を失い、生活保護を受けて生活しているというのだ。

 

 数年前、順調だったはずの夫の会社がいきなり倒産し、夫は多額の借金を残して失踪。一人息子は進学先の勉強に付いて行けず、心を病んで自殺してしまった。自宅を拠点にしていたミニ宗教は、人間関係のトラブルから崩壊した。

 唯一の頼りであった霊能力も失われ、財産も全て借金の抵当に取られてしまった。安アパートに引っ越し、清掃業のアルバイトで何とか生活していた。

 「私は多少付き合いがあったもんだから、B女史が事故で入院したと聞いて、一応お見舞いに行ったんですよ。そこで彼女自身から聞いた話なんですが・・・・」


 突然の相次ぐ不幸に呆然となり、部屋の隅で膝を抱え、天井からぶら下がった裸電球を見つめていたところ、その電球がいきなり破裂し、降り注いだ破片が両目を傷付け、失明したのだという。


 「B女史には“神様”が付いていたはずでは・・・・?」

 Aさんがそう訊ねると、その役員は何故か声を潜めてこう言った。

 「これは別の霊能者から聞いた話なんですが、その“神様”って奴が曲者なんです。最初は神々しい姿をして現れ、とにかく良い思いをさせて調子に乗らせ、幸せの絶頂ってところで不幸のどん底に突き落として喜ぶらしいんですよ。その正体は悪霊とか低級霊とかいう、要するに何か“悪いモノ”らしいんですが、ときどき面白半分にこういう真似をするんだとか。どんな立派そうな人物でも、しょせんは人間ですからね。誰しも欲望や不満や色々な葛藤を抱えてる。そういう心の隙間に上手く付け込むんでしょう。我々のような普通の人間には神様や悪霊なんて見えやしないが、それでも知らないうちに崖っぷちに誘導されてるなんてことがあるかも知れない」

 

 だから人間、上手く行ってるときほど、足元を掬われないよう気を付けなきゃいけません。

 そう締めくくった役員の言葉に心底ゾッとしたのだと、Aさんは話してくれた。



                (了)



 

 

 

 

 


 


 

 

 

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