結び 闇を消し去る力
「さっさと殺せ」
「……」
仰向けに倒れ目を閉じた一晴に乞われ、守親は困惑していた。彼は一晴を殺したい訳ではなく、この企みを諦めさせたかっただけなのだから。
はあ、とため息が出る。守親は桜音と明信それぞれの戦いに決着がついたことを見て取り、そっと刀を下ろした。
「やめておく。俺のしたいことは、殺すことじゃない。さっさとあの黄泉の軍勢を元の場所に戻して、紗矢音を元に戻してから、何処かに行ってくれないか?」
「……何を、お前は言っているんだ?」
意味が分からない、という顔で一晴が目を開ける。彼にとって、戦いで敗れた者は死ぬものだという考えがある。それを真っ向から否定され、理解が追い付かないのだ。
しかし確かに、自分は生きている。魔穂羅も章もまた、気絶しているが息はあるらしい。それらの状況を鑑みて、守親たちが本当に自分たちを殺す気がないのだと知って愕然とした。
「しかし、だがっ……くそっ」
乞えども、死は訪れない。頭を振って拳を地に叩きつけた一晴は、ゆっくりと立ち上がった。
「……お前の妹は、章が支配を手放せば元に戻る。しかしあの軍勢は、おそらく真穂羅の手にも負えまい」
「どういう意味だ」
「真穂羅は黄泉の王と約束を交わしたと言っていたが、それは王とあいつの契約だ。軍勢がそれに応じているとは思わない方がいいだろう」
「……つまり、あの数を全て倒せと?」
「そういうことだ」
真穂羅と章を連れていなくなる一晴に最悪の選択肢を提示され、守親は舌打ちをする。ざっと数えただけでも、数百にのぼる化生全てを倒す前に、確実に何頭かは逃れて行ってしまうだろう。そうなれば、都や他の場所で人命が失われかねない。
「守親、全てを相手にすれば俺たちが先に力尽きることになるぞ」
「わかってる。――くそっ、どうすれば」
当然のような明信の指摘に頷き、守親は眉間にしわを寄せた。しかし傷の痛みもあって、考えがまとまらない。
その時、桜音が何かに気付く。ハッと顔を上げ、何かを探すように辺りを見回した。
「桜音どの、どうしたんですか?」
「今、紗矢音の声が……」
紗矢音の声がした。桜音の言葉に応じるように、三人の真ん中に淡い光が生まれた。それは徐々に大きくなり、人の形を取る。
「……紗矢音」
「大姫?」
「おかえり、紗矢音」
「ただいま帰りました。兄上、明信どの、桜音どの」
現れたのは、彼女らしい笑みを浮かべた紗矢音だ。守親が妹に触れると、確かに温かい。ぎゅっと抱き締め「おかえり」と呟いていた。
「……皆さん。わたし、澄姫に会ったんです。だから、帰って来られました」
「澄に……?」
驚く桜音に、紗矢音は頷いて見せる。そして、不思議な場所での邂逅について簡単に話した。
「――だからきっと、これは手がかりになります」
「そんな感覚的なもので?」
半信半疑の守親に、紗矢音は大きく頷いて見せた。その目には確信が輝いている。
「自分を信じて、大切な人たちを信じて。――そして、心を合わせる。それは大きな力になって、闇を討ち果たせるはずです」
「紗矢音が言うのなら、きっと桜も力を貸してくれる」
「桜音どの……」
いの一番に賛意を示した桜音に、守親は微妙な顔を向ける。しかし桜音は微笑むばかりで、それどころか一つ頼みごとをした。
「守親、僕に『どの』は要らないよ。紗矢音も、明信も。僕のことは『桜音』と呼んで欲しい。丁寧な言葉遣いもなしで」
「……わかったよ、桜音。俺も、紗矢音に賭ける」
「俺もだ、桜音」
「……ありがとう、二人共」
守親に続き明信も賛成し、四人は千年桜の結界を破ろうと躍起になっている軍勢を見上げた。黒い塊のようなそれは、徐々に結界を侵そうとしているように見える。時は残されていない。
「――千年桜、都を守る力を貸して欲しい」
「わたしたちの力を合わせて、あの黄泉の軍勢に打ち勝つ」
「必ず、お前たちも守り抜く」
「さあ、いくよ」
四本の刀の刃が重なり合い、四人は強い意志を持って空を見上げた。願うのは、掴み取ると決めたのは、青空の下にある。
「「「「桜花秘伝――咲き誇れ、
四本の刀による斬撃が、空を走る。黄泉の軍勢に突き当たると、光が弾けた。
――パアァァン
「やった、の?」
あまりの眩しさに思わず目を閉じた紗矢音は、頬に触れる何かを感じて目を開けた。触れていたものの正体が薄紅色の花びらだと知った時、慌てて空を見上げる。
空にはあの斑の模様はなく、黄泉の軍勢の姿もない。あの焦がれた青空と日の光が確かに降り注いでいた。
へたり込む紗矢音の傍に、誰かが立つ。見上げると、大きな手がくしゃりと彼女の頭を撫でた。
「兄上」
「よくやったな、紗矢音。俺たちも」
「はい」
「そうだろ、明信」
守親の呼びかけに、明信は頷き微笑んだ。
「ああ、そうだね。こんなにも美しいものを見られるなんて思わなかったけど」
そう言って手を伸ばし、光り輝く花びらを手のひらに乗せた。しかし花びらは明信の手に触れると、ぱちんと弾けて消えてしまう。
「紗矢音」
守親の手を借りて立ち上がった紗矢音は、名を呼ばれて振り返る。そこには元の姿を取り戻した常磐の大木と、その傍に立つ桜音の姿があった。
「桜音……」
紗矢音は守親と明信に背を押され、桜音の手を取った。カッと頬が熱くなるのを感じながら、そっと彼の顔を見上げる。桜音の首には、もうあの『呪』が存在していなかった。
「ねえ、紗矢音。こんな時だけど……僕はきみが愛しい。意志の強さと誰よりも他人を思えるあなたに、傍にいて欲しい。どうかな」
「桜音、わたし……」
言葉が詰まる。都を守り通せたことと、今の桜音の言葉。二つのことが紗矢音の気持ちをいっぱいいっぱいにさせた。
「……わたし」
それでも、伝えなければ。澄姫ではなく、紗矢音としての本当の気持ちを。
胸の奥が痛くて、ここから逃げ出したくなる。それでも踏み止まり、紗矢音は桜音の顔を真っ直ぐに見た。そして、はにかむ。
「わたしも。わたしも、桜音が好き、です。ずっと、この命尽きるまで、傍に置いて下さい」
「――ありがとう、紗矢音」
紗矢音の腕が引かれ、桜音の胸に収まってしまう。真っ赤になっておずおずと桜音の背に手を回すと、より強く抱き締められた。
――よかった。幸せにね、紗矢音。
何処かから、澄姫の声が聞こえた気がする。紗矢音は小さく頷くと、常盤の木の下で桜の花びらに包まれながら、しばし愛する人のぬくもりを感じていた。
さくら音鳴る頃きみ想ふ 長月そら葉 @so25r-a
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