第43話 三人三様

 ――キンッ

 刀と刀がぶつかり合い、火花が散る。更に音が重ねられる度、激しく相手を斬りつけ合った。

 刃を紙一重で躱し、桜音は一度後退して体勢を立て直す。しかし自在に伸びる真穂羅の刀を防ぎ切れず、二の腕から血が飛んだ。

「くそっ」

「ふんっ。ボロボロの体でよく耐えるな!」

「抜かせ!」

 二度目はないと弾き返し、追撃する。一度目は届かなかったが、再び斬りつけた桜音の刃は真穂羅の肩を斬り裂く。

「ぐっ」

「これ以上の傷つけ合いは無益だ。大人しく……」

「黙れ!」

 真穂羅は桜音の言葉を遮って叫ぶと、狼の形を持った化生二頭を空の軍勢の中から呼び寄せた。それらは腹を極限に空かせているのか、よだれを垂れ流しながら唸り声を上げる。

「お前ら、こいつを食い千切れ!」

「――グアッ」

「ガルルッ」

 命令に応じ、狼の化生は同時に桜音に飛び掛かった。その眼光は鋭利で、獲物に狙いを定め殺す獣そのもの。

「勝つっ」

 桜音は真正面から飛び掛かって来た一頭を斬り捨て、横から跳んで来る狼をも斬ろうとした。しかし一頭目よりも頭が働くのか、ひらりと躱して勢いそのままに頭突きされる。

「かはっ」

「桜音!」

 桜音は近くで一晴と対峙していた守親の後ろに飛ばされ、地面に叩きつけられた。思わず桜音の名を呼んだ守親に片手を挙げて無事を知らせると、狼の追撃に供えてすぐに体を起こす。

 そして案の定牙をむいて向かって来た狼を刀で受け止め、先程とは反対に狼を斬り飛ばす。狼は口を斬られ、力尽きて塵となり消えた。

「――ちっ。役立たずめ」

「自分で呼び出しておいて、それはないよね」

「オレの夢に、役立たずは要らないんだよ!」

 桜音の指摘を受け、苛立った真穂羅が刀を振りかざす。しかし怒りのためか単調になった戦い方は、桜音にとって見切ることの可能な動きだった。

「……甘いよ」

「ぐっ!?」

 桜音は隙を突いて真穂羅の懐に入り、その鳩尾に刀の鵐目しとどめを撃ち付けた。ドスッと音が響き、ぐらりと真穂羅の体が傾ぐ。

「オレは、まだ……」

「一度休んで、頭を冷やせ」

「……」

 憎々しげに桜音の顔をねめつけた真穂羅は、目を開けたまま気絶した。


 守親は一晴と対峙し、その戦い方を見極めようとしていた。これまで一度も刃を合わせたことのない相手で、闇雲に突っ込んでいくわけにもいかないのだ。

 探るように動く守親に、一晴は不満を露わにする。

「お前、俺が弱いとでも思っているのか?」

「冗談を。お前の強さを推し量れないからこそ、慎重にも……おっと!」

「小癪な」

 一晴は腰の刀を抜くと、その長刀の切っ先を守親に向けた。

 普通の刀の長さならば届かないところも、この長刀ならば届く。その恐ろしさを認識し、守親は表情を険しく変える。

「ようやく、本気になったか」

「最初からだ。……妹を傷付けた罪、体で払ってもらおうか」

「断る」

 一晴の刃が斬撃を放つ。それを受け流すと、守親は反対に一晴の肩を狙って刀を振り下ろす。しかし当然のように受け止められ、弾かれた。

「ちっ」

「そう簡単に、我らの悲願を邪魔されてたまるか!」

「何っ」

 一晴の刃が、弾かれ浮かんだ守親の隙を突く。浅くだが袈裟懸けに斬られ、守親は歯を食い縛った。血が衣を赤く染め、じわじわと痛みを伴う。

 がくり、と膝をついた守親の首筋に、一晴が刃を添わせる。ごくりと喉を鳴らした守親に向かって、一晴は静かな目を向けた。

「これで終わりだ、桜守」

「……なんてな」

「何っ!?」

 浅く守親の首の肌が切れる。それに構わず、守親は急に動いて一晴の隙を生み出した。更に体勢を崩した一晴を倒し、彼の首筋に刀をあてる。形勢逆転だ。

「……っ」

「……っ、殺せ」

 互いに激しい動きをしてきたせいで、息が上がっている。

 肩で息をする守親を見上げ、一晴は目を閉じた。生死を委ねられ、守親はため息をつく。


 二つの戦いが刀による物理戦だったにに対し、明信と章のそれは全くの別物だった。

 章は袖から抜いた式の札を飛ばし、馬や獅子を呼び出す。対する明信も燕や大鹿を呼び出し、更に自らも呪術を用いて応戦していた。

「まて、章!」

「女のわたくしが、真正面から男と戦うとでも!?」

 戦場となった鎮守の森を逃げ回りながら、章は式を使役して明信を追い詰める。獅子の突進で枯れた木の幹にぶつかった明信は、息を詰めて咳き込んだ。しかしそこで立ち止まるわけにもいかず、止めを刺そうと体当たりしてきた獅子を弾くために結界を築く。

「大鹿、頼む!」

 明信の求めに応じた大鹿はその大きく硬い角を振りかざし、獅子を嵌めて放り投げてしまう。獅子の落ちた場所は朽ちかけた木の枝の上であり、串刺しにされて息絶えた。

「ちっ」

 更に馬も明信の呪術によって戦闘不能に追い込まれ、章は細身の刀を抜いて飛び掛かった。

「死ねえぇぇっ」

「死ぬわけあるか!」

 明信は指で印を結び、心の奥に呼び掛ける。心の奥底で眠っているはずの、澄姫の魂に向かって。

(もしも俺にあなたの魂があるのなら、力を貸してくれ!)

「――ッ」

 明信の願いが通じたのか、彼を中心に桜吹雪が舞う。そして、浮上してきた言葉が唇から転がり出た。

「桜花秘伝――翠桜龍すいおうりゅう!」

「あっ」

 花びらが水の流れとなり、龍のように轟き流れる。それは章を呑み込み、押し流す。

「これが、桜花秘伝……」

 水が引いた時、気絶した章が横たわっているのを見た。明信は初めて使った秘伝を思い起こし、己の前世に思いをはせるのだった。

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