偽りの旅路で

彩瀬あいり

偽りの旅路で

 まるで牢獄のようだと、ユーリアは感じた。

 華美とは言い難い馬車の内装は、過剰な装飾を誇ることで権力を示したがるレスラ国の貴族とは程遠く、相手が異国の民であることを改めて認識する。

 黒革で張られた座面を指で撫でると、その仕草に気づいたか、対面に座っていた女騎士が問うた。

「なにか、不具合が?」

「いえ、そうではないのです。珍しくて」

 思わず本音が漏れて、慌てて口を噤む。馬車が珍しい、だなんて、『伯爵令嬢』にあるまじき発言だ。取り繕おうとするユーリアに、騎士は得心がいったように頷きを返した。

「そうですね。本来、座面に使われるのは柔らかな素材なのでしょう。しかし、我々は戦場に赴きます。土や砂が入り込むことも多いため、こちらのほうが都合がいいのですよ」

 汚れが付着してしまえば、座面に張られた布地すべてを取り換える必要が出てくる。そのため、埃が払いやすい革張りが多いのだと告げ、ユーリアも頷いた。

(たしかに、掃除のしやすさは大切)

 食事の際、スープを一滴こぼしただけで不機嫌となり、己の失態を給仕になすりつける。サヴォア伯爵の娘フリエラは、儚げな外見とは裏腹にひどい癇癪持ちだ。汚れたクロスを洗うのは、ユーリアの仕事だった。

「慣れぬ文化が多く、気苦労をおかけするかもしれません。ですが、我々は貴女を歓迎しますよ、フリエラ嬢・・・・・

 あたたかな笑みを向けられ、ユーリアは震える手に気づかれないよう祈りながら、微笑みを返した。



     ◇



 サヴォア伯爵家に持ちこまれた縁談は、断りづらい筋からのものだった。

 相手は、デラクアという国に住む、レアンドル・サーラルという男。二十歳という年齢ながら、国境付近で起きた紛争において戦果をあげた、名のある剣士だ。

 近くの村に住む住民らは、戦いに駆けつけてくれた異国の戦士らに感謝し、滞在中は世話を焼いていたという。伯爵家の別荘がその辺りにあるのだが、開放され、仮住まいとして使われた。持ち主である伯爵は、異国人に使われることを良しとはしなかったが、体面がある。内心はどうであれ彼らを労わり、歓迎の意を示した。

 ユーリアもメイドとして帯同し、伯爵一家は慰労の挨拶に赴いた。その滞在期間中に姿を見られたのか、戦士派遣に対する返礼を問われた際、サヴォア伯爵令嬢を妻に求めたという。

 軍事力に乏しいレスラとしては、デラクアと縁ができることは願ってもいないこと。折衝にあたった公爵家から直々に申し渡されてしまえば、伯爵家は頷くしかない。

 しかし、贅沢に慣れたフリエラにとって、遠い異国の剣士に嫁ぐなどもってのほか。泣いて喚いて懇願したが、決定は覆らない。そのとき、伯爵夫人が言ったのだ。

「娘なら、ユーリアを差し出せばいいのよ。それぐらいの役に立ってこそ、引き取った価値があるというものでしょう」


 ユーリアは、サヴォア伯爵の庶子――別荘地で、伯爵が村の娘に手をつけて生まれた子どもだった。母が亡くなり、そこでようやく自分の出自を知り伯爵家に引き取られたはいいものの、娘として扱われたことはないといっていい。伯爵夫人にとっては不貞の証であるし、二歳下の異母妹・フリエラにとっても、ユーリアは「姉」ではなかった。

 使用人の中には、別荘地に住んでいたユーリアの母を知っている者もおり、同情的ではあったけれど、表立って庇ってくれるわけでもない。それでも、彼らに虐げられることがなかったのは幸いだったと思う。


 地方で育ち、十歳までは平民。都で暮らすようになったところで、貴族として生活をしていたわけではない。

 それがいきなり「代わりに嫁ぎなさい」と言われ、そのうえさらに「フリエラとして」振る舞うようにと命じられたのだ。

 身代わり。

 公爵からの命に反する行為だ。

 伯爵家の使用人として、貴族社会の事情や暗黙のルールなどは知っている。家令や侍女頭に教えこまれた礼節から考えても、夫人の考えは常軌を逸していた。妻の暴走を止めない伯爵も、どうかしているとしか思えない。

(娘に甘いとは思っていたけど、まさかこれほどまでとは)

 呼び出された部屋で、夫妻の前でかしこまりながらも内心で呟くユーリアに、夫人は扇で隠すことなく口元を吊り上げた。


 ――大事なひとり娘を、見知らぬ国へ嫁がせる親などいるわけがないわ。その点おまえは、親がいない。引き取ってやった恩を返しなさい。


 血縁上の父親は、夫人の隣で気まずげな顔をしながらも、止めるつもりはないようだった。

 伯爵に対して特別な感情はない。辛くあたることはなかったけれど、妻を止めることもなかった。貴族らしく親が決めた相手と結婚した伯爵自身は、何度となく訪れた別荘地に住む娘に昔から好意を持っており、けれど身分の差もあり娶ることは不可能だったときいている。

 実らぬ恋。引き裂かれる男女。

 物語なら結構なことだが、現実問題、ユーリアは迷惑をこうむっている。燃え上がった恋で子どもを作って、両親らはそれでいいかもしれないが、生まれた子にとっては純愛でもなんでもない。

 夫人はたしかにヒステリックな面があるが、婚姻前の恋人と子どもを作る大義名分にならないだろう。不貞は不貞だ。

 夫人が怒る気持ちはわかるし、娘が可愛いという気持ちも理解はする。幻滅したのは、父親に対してのみだ。

 その父はといえば、「貴族の結婚相手は親が決めるもの。つまり、おまえにも相手を用意した、ということで」と、もにょもにょ呟いていた。


 かくしてユーリアは、フリエラ・サヴォアとして異国へ向かうことになったのだ。

 入念に擬態が行われた。

 ブロンドの髪は、染粉を使って栗色に。

 青い瞳は、色ガラスを使って焦げ茶色に。

 自分でも驚くほどに変わったと思う。メイド仲間は楽しそうにしていた。

 お嬢様よりユーリアのほうがよっぽど美人だから、腕がなるわ、などと言っていたが、それは境遇をおもんぱかって世辞だろう。

 これから先の人生、ユーリアはフリエラとして生きていくことになる。己の名を呼ばれることは、生涯ない。十八歳にして死する「ユーリア」という娘に対する、手向たむけの言葉なのだ。

 さらに、国の事情が絡んだ婚姻劇で、相手を騙すことになる。入れ替わりが露見すれば、国際問題に発展しかねない。

 もしも知られてしまったら、サヴォア家はユーリアに脅されたと言うらしい。

 伯爵の庶子が異母妹に嫉妬して、刃物を突き立てて脅迫。愛娘の命を盾にされては、ユーリアの言うとおりにするしかなかった、と。

 母親を亡くした娘を引き取ったのに、恩を仇で返す人でなしの出来上がりだ。

(まあたしかに、お嬢様はよく刃物を持っていたわよね。薄いペーパーナイフだけど。ちょっと血が出たら他人のせいにして、あいつに刺されたって喚いて)

 何人もの使用人が辞めていったが、周辺貴族にはユーリアの仕業として喧伝され、「引き取った娘が我儘で困る」という同情を買っているというから呆れたものだ。

 それらが本当に信じられているのか、社交会に縁のないユーリアにはわからない。しかし、とかく噂というものは、突飛であればあるほど面白がられ、広まっていく。事実フリエラは、そのおかげで高位貴族の令息にちやほやされていたようだった。黙っていれば儚げな淑女。世間知らずの青年ならば、コロリと騙されてしまうのかもしれない。

 そういえば、フリエラを見初めたという男は、歴戦の勇士でありながら女性には縁がなかったというから、騙されてしまったクチなのだろう。

 別宅に滞在中、遠くからではあるが姿を見かけた。戦に身を置く者らしく、体格のいい筋肉質な男性だった。隣にいた補佐とおぼしき細身の男との差が著しく、微笑ましいやら笑えるやらだ。住民たちの声をきくに、彼らは常に礼儀正しく振る舞っており、戦という乱暴な世界に生きながら、とても紳士であることがわかった。それだけが、ユーリアの救いともいえる。



     ◇



 デラクアからの使者は、若い女騎士だった。花嫁と同じ馬車で移動するということで、女性が派遣されたのだろう。

 ダークブロンドの短髪は中世的な印象を与え、青と紫が混じったような薄色の瞳は涼やかだが、笑みにはあたたかさがある。緊張に身を固めるユーリアを乗車時から気遣い、世話を焼いてくれる優しいひとだ。

 夫となる男性が待つ地までは、馬を休ませながら二週間弱。それほどの期間、密室で顔を突き合わせるとなれば気づまりだが、彼女は心得たもので、デラクアの事情を面白おかしく語ってくれる。ひとの心をほぐすのが、とてもうまいと感じた。

 年の近しい者が異母妹フリエラしかいなかったユーリアは、彼女――レアと名乗った騎士にすっかり心を許してしまった。抱えた秘密さえなければ、もっと親しくなれたかもしれないと思うと、胸が痛い。フリエラ嬢と呼びかけられるたび、責められているような気がしてくる。それに気づいたのかどうかわからないが、レアはひとつの提案をした。

「遊び、ですか?」

「幼いころ、やったことはありませんか? 自分ではない自分を演じる遊び」

人形ドール遊びのような?」

「そうですね。これから私は男性騎士として振る舞いましょう。貴女はどんな姿を望みますか?」

 騎士であるからには、やはり男として生まれたかった望みがあるのだろう。レアは楽し気な顔をしている。

 ならば、ユーリアの望みは?

 隣国へ着くまでのひととき。引き返すことのできない虚偽にまみれた世界へ足を踏みこむまでのあいだ、自分らしく生きられる最後のとき。

「……爵位のない、ただの村娘」

 つい言葉が漏れて、唇を噛む。

 あまりにも『フリエラ』らしくない考えだ。貴族令嬢が、よりにもよって使用人にも劣る村娘になりたいなど、ありえない願望。

 ――だって、レア様が「人形遊び」だなんていうから。

 だから思い出してしまったのだ。まだ自分が伯爵の娘だなんて知らなかったころを。たくさんの友達と無邪気に遊んでいた、子ども時代を。

「それでは俺は、主の付き添いとして村を訪れた騎士。そこで貴女に出会う、ということでどうでしょう」

「……よろしいのですか?」

「それが望みなのでしょう?」

 麗しい笑みを浮かべ、騎士は座ったまま片手を胸に当て、簡易的な礼を取る。

 どこか有無を言わさない空気に押され、ユーリアは頷きを返した。



 それからのレアは、本当に男性のように振る舞いはじめた。それは見事な変貌だった。

 佇まいが違う。声はより低く発せられ、そうするだけでガラリと雰囲気が変わり、男性のように見えてくるから不思議だ。じつに堂に入っている。

 ユーリアが感嘆とともに漏らすと、「そうかな。これが素なんだけど」と肩をすくめた。

「君を迎えに行ったときは、まあ緊張もしていたから、普段とは違っていたとは思う。同行してる奴らにも笑われたし」

「そうは見えませんでした。とても堂々としていらっしゃって、素敵でした」

「虚勢を張るのは得意だよ。なにしろこの見た目だから、初対面ではなめられる」

 女の身で騎士ともなれば、たしかに偏見の目で見られることも多いのだろう。デラクアの民は、武力に長けているというし、男性優位になりがちだと想像できる。

「普段はどのような仕事を?」

「しがない次男坊でね。家督を継ぐのは兄上だから、俺はもっぱら戦稼業のほうに専念だ。ところが最近になって弟も戦士として働くようになったもんだから肩身が狭い」

 どこまでも男を演じる姿に、ユーリアも楽しくなってくる。

「まあ、弟さんがいらっしゃるんですね」

「こいつがさ、とにかく体格に恵まれてるんだ。父上によく似てる」

「ということは、レア様は母君のほうに?」

「そういうことだね」

 剣を持つ者として、恵まれた体躯の弟に嫉妬しているようにも見えない。この顔にはこの顔なりの使い道があるんだと言って笑うけれど、そこに至るまでには葛藤もあったことだろう。

 外見が奇異に映ることに関しては、ユーリアにも経験がある。サヴォア家の血統は、栗色の髪と茶色い瞳。伯爵がそうであり、夫人に至っては美しい艶やかな黒髪をしている。レスラ貴族は総じて色素が濃いのだ。

 対してユーリアはといえば、亜麻色の髪に青い瞳。国境沿いの国にありがちな色合いをしている。これは、国の中枢よりも隣国のほうが近く、そちらと結婚する民が多いせいだ。故郷にいた当時は平凡だったそれは、都に出たとたん異端となった。出稼ぎにやってきた労働者にありがちな色をしたユーリアは、見た目だけをいうならば決して貴族ではなかったのだ。

 自嘲とともに俯くと、フリエラに合わせて染めた髪が視界に入った。窓から射す光に照らされた一筋が輝くのが見えて、染め直しが必要だと独りごつ。宿は常に一室を与えられている。染粉を使うところを見られることもない。

 慣れないといえば、瞳の色を変えるために入れてある色ガラスだろう。変装用に使われているそれは数が少なく、伯爵家もかなりの金額をかけて用意したと聞かされた。ユーリアが数年休みなく働いても稼ぐことができないぐらい高価な品が目に入っていると思うと、恐ろしくて仕方がない。まばたきひとつに気を使う始末だ。

 馬車での移動を始めて――レアとふたりきりで過ごすようになって、そろそろ一週間。

 最初は緊張していたけれど、彼女の提案により「騎士と村娘」として芝居をするようになってからは、だいぶ気楽になってきた。貴族令嬢としてではなく、素のユーリアとして会話ができることで忘れそうになっているが、今の姿は偽りなのだ。旅路における娯楽。戯れに過ぎない。あちらに着いて、結婚生活が始まってしまえば、元に戻る。

 いや、ユーリアにとっては、今のほうが本来の形に近い。この先に待っている生活のほうが偽りだ。

 そして偽りの時間は、死ぬまで続く。嘘は馬車とともに、すでに走り出してしまった。取り返しはつかない。

「気分が悪くなった?」

「いえ、平気です」

 顔を上げようとして、膝の上に光るものに気づいた。

(……色ガラス!)

 俯いているあいだに、目から零れ落ちてしまったか。慌てて拾おうとするけれど、壊れやすいのだと脅されたことが頭をよぎり、手の動きが緩慢になる。それを体調不良と取ったのか、レアが座席から立ち上がり、ユーリアの隣に腰かけた。

「吐き気があるようであれば、気にしなくていい。長時間揺れていると、時折そういうことがあるんだ。もう少し行ったところに小さな村があるはずだ。そこで休憩を」

「お気遣い、ありがとうございます」

 顔を見られまいと、拳ひとつぶんほど距離を取るけれど、レアは空いた距離以上のものを詰めてきた。そしてあろうことか、こちらの顔を覗きこもうとするのである。

 駄目だ。今は駄目だ。瞳の色が違うことが知られてしまう。それどころか、こんなに近くに寄ってしまえば、髪に違和感があることにも気づかれてしまうかもしれない。ああ、こんなことなら横着をせず、昨晩のうちに髪を染めておくのだった。

 せめて顔を見られないようにと両手で覆い隠すと、肩を捕まれ、身体の方向を変えられる。正面から向かい合うような角度に変えられたことで、ユーリアはますます恐怖した。逃れようと後退するが、狭い馬車の中、逃げ場などはじめから存在しない。すぐに壁に背をつけることとなり、身体が震えはじめた。

 つんと鼻の奥が痛くなる。涙がせり上がってくる。

「痛むのか? 見せてくれ」

 閉じた視界の向こうでレアの声がした。剣ダコのせいか武骨な印象の手が、ユーリアの小さな手を顔からゆっくりと引き剥がしていく。抗えない。女性とはいえ、相手は騎士。力の差は歴然だ。

 取り払われ、あらわになった顔。せめて瞳の色だけでも知られまいと固く閉じると、そっと頬を撫でられた。

「目を開けてくれ」

「……駄目、です」

「近くで君の顔が見たいのもあるのだけれど、なんだかこうしていると、まるで今から口づけをするような錯覚に陥る。暴走するまえに、正してくれないか」

 自省するような、それでいて熱を帯びた艶やかな声色に、ユーリアの顔に朱が走った。

 人形ドール遊びにしては度が過ぎているのでは。自分はこれから身分を、名を、姿そのものを偽って嫁ぐというのに、その夫の、おそらくは部下であろう女性騎士にトキメキを覚えるだなんて、倒錯的すぎる。

「そんなふうに固く目を閉じていると、痛んでしまう。ガラスを入れる行為は、長く行うものではないんだ」

 自分の性癖を疑っていたユーリアは、レアの言葉に凝固した。

 いま、彼女はなんと言ったか。

「もういいんだ、ユーリア・・・・。ごめん、君が可愛いから悪ノリが過ぎた。黙っていて悪かった。俺がレアンドル・サーラルなんだ」



     ◇



 女騎士が上手く男性を演じていると思っていたら本当に男性で、しかも夫になるひとだったとは。

 消沈した騎士を前に、ユーリアは未だ混乱中だ。

 慰労に訪れた際、遠目に見かけた筋肉質な男は弟らしい。補佐役だと思っていたほうが、どうやらレアだったようだ。

 なんという勘違い。異国の戦士の顔など誰も知らないがゆえに起こったズレだ。手違いといえば――。


「最初から、わかっていたんですか。私がフリエラお嬢様じゃないって」

「そりゃ顔が違うから」

「ではなぜ……」

 偽物だとわかっていたのなら、迎えにきたときに断罪すれば済む話。どうしてこんな回りくどいことをしているのだろう。

「偽物じゃない。俺は最初から、ユーリアを貰い受けるつもりだったんだから」

「一介のメイドに過ぎない私を?」

「メイドじゃないだろう。君だって伯爵家の娘だ」

「名ばかりの存在です」

「それでもいい。だってそのおかげで君を見つけた。あの邸で君を見かけたときは、心臓が止まるかと思ったよ。住民に話を聞いた。あの娘はこの村出身で、幼いころは住んでいたと。間違いないと思った」

 さっきから何を言っているのか。眉をひそめるユーリアを見つめ、レアは笑みを浮かべる。

「あの村は祖母の故郷なんだ。何度も行ったことがある。君は覚えていないかもしれないけど、一緒に遊んだことだってあるんだ」

「もしかして、村長のお客様の……?」

 その言葉に瞳を輝かせた顔を見て、遠い記憶が開く。

 都よりも、外国から来る客人のほうが多かった国境沿いの村だから、誰それの親戚が年に一回やってくるといった事態も珍しくなかった。異文化交流はお手の物。子どもたちにとっても同様で、むしろ外からの情報を楽しんでいたものだ。

 村長の縁戚に、とびきり可愛い子どもがいたことを覚えている。まるでお人形のようで、たしか名前もドールといって。男の子たちがからかっているのをみかねて、口出ししたような気もしてきた。

人形ドールの中でも希少レアだなんて、とびきり素敵なことじゃない。君はそう言った。武人の家系に生まれたのに女みたいな顔をしていて、期待外れだって言われ続けてきた俺は、その言葉にどれだけ支えられてきたかわからない」

 一年に一度だけ。顔を見ることができる異国の少女。名はユーリア。

 けれど、いつしか彼女は姿を見せなくなった。母親が亡くなって、父親の元へ行ってしまったと聞いて、落胆した。

 戦場となった地で、彼女を見かけた。伯爵家の娘として引き取られたものの、あまり良い扱いをされていないらしいと聞き、心は決まった。

 彼女を救おう。この村に返したところできっと意味はない。ならばどこか別の地を用意しようか。それならば自国のほうが目が届く。

 そう口走るレアに、高齢となった彼の祖母が言ったらしい。


 ――あらあら、まるでお嫁さんを貰うみたいねえ、レア。



「息が詰まって、ああそういうことなのかと、やっとわかった。だから、父を通じて申し入れをした。でも気づけば相手はフリエラという娘になっていて、焦って。だけど、結果的にあそこには君がいた」

 呆然とするユーリアの手を取り、レアンドルは麗しい尊顔でこいねがう。

「到着まで時間はある。それまでに、俺との未来を考えてくれないか」


 そう言われたけれど、ユーリアの心はすでに走り出している。

 馬車の振動より跳ね上がる鼓動をどうにか抑えながら、口を開いた。



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