こういう募集広告がある・・・

ninjin

こういう募集広告がある・・・

 こういう募集広告が在る。

『電話占い師大募集 掛け持ちOK‐短時間高収入でしっかり稼げる』

 見ての通り、占い師を募集しているらしい。

 サイトを開けてみよう。


『応募資格』

 ・一般教養のある方

 ・向上心のある方

 ・実務経験不問

 ・占術不問


『勤務地』

 ・自宅


『給与』

 ・分給制(鑑定分数に応じます)

 *会話力・占い技術・待機時間等を総合的に判断して分給を決定。


『待遇』

 ・占い職の経験がある方は優遇いたします。(デビュー時、高分スタート給実績あり)


『応募方法』

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 もう充分かな、妄想するには。

 何処から始めましょうか?先ずは、順番に『応募資格』からいってみるかな。

「一般教養のある方」かぁ。それはどういった判定基準なのだろう?自らが「自分は一般教養がある人間だ」と、思い込んでいればOKなのか、それとも何かしらの基準になる採点方法なり、到達目安というものが存在するのだろうか?

 辞書で調べると、「一般教養」・・・「人間として持つべき基本的教養のこと」だそうである。(大概の辞書には、同じようなことが書いてある)

 しかし実際には、公務員試験に於いて、「高校卒業程度の一般教養試験」と「大学卒業程度の一般教養試験」では内容がかなり違う。そう、高校卒業と大学卒業では、同じ人間ではない、そう言っているみたいなものだ。

 いや、そこをあげつらって、「差別だ、キャベツだ」なんて言うつもりは毛頭ない。

 私が知りたいのは、では、この「占い師」さんの一般教養とは、想定は「高卒」なのか「大卒」なのか、その辺りはどうなのだろうか?ということなのだ。そこに本当に『基準』らしきものを取り決めておかなくてよいのか?

 しかし、それは、実は『教養』がどうこういう問題ではないのだ。私が気になるのは、その『教養』も含めた『基準』なのだ。

 例えば、年収500万円のサラリーマンA氏と年収5000万円の会社社長B氏が居たとしよう。二人の共通点はほぼ皆無に等しいのだが、但し、生年月日だけが全く同じである。そして、二人とも金銭問題で占い師を頼ろうとしている。

 さて、この時、もし二人が或る一人の占星タロット占い師に、この先の金運占いを依頼したとしたら、どうなるのだろうか?

 因みにその占い師さんの年収は1000万円ということにしておこう。

 A氏は言うのだ。

「僕の金運って、今後、将来的にどういった経緯を辿るのでしょうか?一生今のままのお給料だったとしたら、今から結構な額を切り詰めて貯蓄をしないと、老後が不安で不安で・・・」

 B氏はこう言う。

「私は投資の為に5000万円程のマンションを購入しようと思うのだがね、君。どうだろうね、決して安い買い物じゃないんだ、ここで失敗する訳にもいかないし、どうかね、ひとつ、私の今後の金運を占って貰えないかな」

 さぁ、占い師さん、どう答える?

 年収500万円のA氏にとっての大金は、5000万円かもしれないが、年収5000万円のB氏にとっては、それは一年で稼げる金額でしかない。

 占い師さん自身にとっても5000万円は大金には違いないが、もう少し頑張ってB氏のような良い顧客(金持ちの)が増えれば、5000万円を稼ぐのも、『夢のような』金額というほどでもないかも知れない。(おお、ここで向上心が問われるのか。もっと稼いで、有名占い師になりたいっ、そういう前向きな気持ちがある人に、応募資格がある訳だ)

 しかし、占い師さんは、この二人の稼ぎのことは知る筈もない。

 当たり前だが、氏名、生年月日、既婚か未婚か・・・くらいまでは占いの基本情報として訊くのだろうが、年収は?借金は?現在の家賃は?貯蓄はいくら?なんてことまで訊いてる様では、それはもう「占い」とは言わない。ただのフィナンシャルコンサルタントだ。

 それでも二人の身なり、話し口調、雰囲気を見て、ある程度は判断が付くのかもしれないが、その程度では何の根拠にもなりはしない。

 そういう時、占い師さんは、恐らく初めにこういった質問をする。

「ここ三年で、あなたが一番高額なお買い物は、何を買われましたか?因みに、私は、一年前に、中古の自動車を凡そ八十万円で購入しました。結構お買い得でしたよ。走行距離もまだ二万キロ程度でしたし・・・。ま、分割ですけどね・・・」

 そして、ニッコリと笑いながら、相手の答えを促すのだ。

 A氏は答える。

「そうですねぇ・・・、結婚してからずっと使っていた冷蔵庫が壊れまして、夏のボーナス一括で、三十万円する冷蔵庫を買っちゃいました・・・」

「なるほどぉ、それは高額なお買い物でしたね。ところで、やっぱり三十万円する冷蔵庫は、使い勝手も良いんでしょうねぇ?羨ましいですねぇ。因みに、どんなところが一番良いですか?」

 ここでも占い師は、微笑みを絶やさずに、如何にも興味あります、どうぞ、ご自慢の冷蔵庫を存分に自慢してください、と言わんばかりに目を輝かすのだ。(勿論、全部計算ずくの演技である)

「そうですねぇ、まぁ一番は容量が大きいこと・・・それから冷凍スペース、チルドスペースも充分に有りますからねぇ、そこはやっぱり良いですかねぇ。それに、最近の冷蔵庫って、野菜室で野菜がちゃんと長持ちするし、チルド解凍なんていうのも良いんじゃないですかね。あ、あと、ビールも新しい冷蔵庫で冷やすと、前よりおいしく感じますけど・・・それは関係ないのかな?」

 A氏が嬉しそうに、そして気分良さそうに新しい冷蔵庫の話をするのを、占い師も笑顔で、相槌でも打ちながら聞き入る風を装うのだ。いや、『装う』と言っても、聞き流してはいない。確りと一言一句を確認している。


 ここで分かったこと。


 ・A氏にとって、ボーナス時に一括三十万円を支払うことが出来、ここ三年での高額な買い物ということは、A氏のボーナスは恐らく四十万円以上、六十万円以下、その辺りだろう。


 ・ボーナスが四十万~六十万円とすると、そこから逆算すると、月の給料が三十~四十万円。

 ということは年収最低四百五十万円~最大で六百万円、そんなところか。


 ・職業は、恐らく公務員ではなく、一般の中堅企業のサラリーマン。製造業系、不動産、商社、ではなさそうだ。以上の業種はどちらかというとボーナス比率は高い方で、ボーナス比率から計算すると、A氏の年齢で月の給料が二十五万円は安すぎる。

 そうなると、職業は流通、小売、飲食系か。


 ・冷蔵庫の容量の大きさ、しかも冷凍室とチルド室を気に入っているということは、毎日の買い物で食材をその日に必要な分を買うのではなく、週末にCOSTCO、業務スーパーなどで冷凍商材などを中心に大量に買い込むことが分かる。野菜も恐らく、キャベツ、大根など、丸ごと買いなのだろう。この手の人は、言っちゃ悪いが、金銭感覚は甘い人が多い。

 大量買いをして得をしたつもりで、実は無駄も多かったりするパターンだ。


 ・この歳(1984年6月13日生まれ、37歳)で、将来に不安を抱え、財運を占いに来るということは、貯金は0~数十万円といったところだろう。


 ・左手の薬指に指輪があるので、結婚、若しくは婚約はしている。夫婦二人だけの子ども無しであれば、この歳で金運のことで、そこまで悲観することもないだろう。中学生未満の子どもが一人か二人、そんなところか。


 ・ボーナスで三十万円を使ってしまうということは、恐らくだが、住宅ローンは組んでいないのではないだろうか。抑々(そもそも)マンション、或いは戸建てを既に購入しているのであれば、将来に対して、金銭的な不安を抱えない筈だ。



 以上の予想からして、確かにこの後、子どもが中学、高校、大学へと進学すると、今のままではかなり不安になるのは分かる。

 占い師は頭の中で、今得た情報と妄想、空想をフル回転させながら、テーブルの上でタロットカードを恭(うやうや)しくシャッフルしていく。

 シャッフルしながら既に占いの結果のストーリーは考えているのだ。

「では、心を落ち着かせて、カードを一枚選んでください」

 占い師はここぞとばかりに目に力を込め、A氏に向かってカードの選択を促す。

「宜しいですか?」

「・・・はい・・・」

「本当に、宜しいですね?」

「はい」

 捲(めく)られ、開かれたカードは、『吊るされた男』、逆位置。

 何のカードが出ても、占い師は慌てることはない。

 何が出たって構わないのだ。

 ストーリーと結論は、もう既に決まっている・・・。


 カードの説明にはコツがある。


 ・良い意味のカードが出た場合

 単純に、「あなたの未来には、とても良い兆候が見られます」、そう宣言した後に、そのカードに因んだ説明を施せば良い。


 ・悪い意味のカードが出た場合

 そのカードになぞらえて、「今現在、今この瞬間こそが最悪の状態であって、この先、今の状態は改善されて行くことが約束されています」、そう説明するのだ。

 今が底であれば、もうそれ以上は下がりようがないことを力説すれば良いだけだ。



 さて、「吊るされた男」の逆位置だが、

「今、ここに示された『吊るされた男』、このカードは、身動きの取れない状況を表しているカードです。周囲の情勢だったり、ご自身の心理状況などによって、貴方様の行動なり想いなりが制約を受けている、そういった意味のことを物語っています。

 しかしながら、今ご覧になっている通り、このカードは、その逆の位置を示していますね?

 これはどういったことかと申しますと、現在貴方が抱えている悩みや問題は、実は貴方の杞憂に過ぎない、いつでもその束縛から脱することが出来るのです、と、そういうことを教えてくれています。

 もうお分かりかと思いますが、貴方様が、本日、私の元を訪ねていらした時、いえ、私のところへ来ようと決断されるまで、散々迷われたのではないですか?

 しかし、結果として、今、ここに居らっしゃる。

 そう、貴方はご自身でその決断をなさって、ここにお越しになられた。

 ここにいらっしゃるまで、随分と葛藤なさいましたよね?

 占いなんて・・・、そんなものは信じるに値しない。

 とか、

 そんなものに頼る自分が情けない。

 とか、

 そんな事が他人に知れたら、どんなに恥ずかしい思いをするか・・・。言い訳を考えないと・・・

 とか、

 そういったことを

 ここが大事な部分だ。

 質問のようで質問ではなく、『』と断定してあげる事で、『YES』と言わせる為の言葉なのだ。

「・・・はい・・・」

 ほーら、言った。

「良いんですよ。皆さん、そんなものです。でも、貴方は、ご自身で決めて、ここにいらっしゃった」

「はい・・・」

 二回目の『YES』を獲れた。良いだろう。

「そういうことなんです。貴方が縛られていると思っていたことも、実は、貴方の決断ひとつでその縄を解くことが出来る状態にあるということなのです。カードの意味と寸分の違い無く合致しています・・・。今、貴方様にも、ハッキリとご理解いただけたと思います」

「はい」

 おお、三回目GET。完璧だ。

 人は三回続けて『YES』と言うと、その後は質問者に従順になるらしい。

「そうですか。では、現状が明らかになりましたので、ここからはこの先に貴方に起こる運命と、そのことについての対処方法を見てまいりましょう・・・」

「はい、宜しくお願いしますっ」

 完全に嵌った。あとは何でも聞き入れてくれる筈なのだ。

 これを『YES論法』という。


 さて、良いこと悪いこと、起こりそうなこと無さそうなこと、有りそうで無い、無さそうで有る、そんなことを綯い交ぜにしながら話を進めていき、開運グッズの販売に繋げるか、この先の常連客、若しくは『』サポーターになって頂くか・・・。

 ?

 今、『私の』って思った?

 あーあ、すっかり為り切ってしまっていた・・・、占い師に・・・。


 さて、と、B氏への占いはどうしよう・・・

 ん?

 私は占い師ではない・・・。今日の休日を無駄に過ごしてしまった、唯のサラリーマンだ。


 部屋でひとり、可笑しな苦笑いを浮かべる・・・。


 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


「ただいまぁ」

 玄関の方から声がして、私はカウチベッドから起き上がり、書斎の扉に手を掛けながら「おかえり」と応じる。

 買い物袋を抱えた妻の麻美子さんと正面で向かい合った。

「あら、今日はずっとお部屋に居たの?」

「ああ」

「せっかくのお休みだったのに、勿体なかったんじゃないの?ところで、一日何してたの?本でも読んでた?それとも映画でも見てた?」

「・・・妄想・・・してた・・・かな」

「なに、それ」

 麻美子さんが不思議そうに、そして可笑しそうに笑うので、少し気恥ずかしい気分になる。

「何の妄想してたの?」

「あ、いや・・・それは・・・」

「まぁいいわ。すぐ夕飯の準備するから、待っておいて。あ、洗濯もの取り込んで貰って良いかしら」

 私はベランダに出て、言われた通りに洗濯物を取り込み、それからキッチンに戻る。

 キッチンでは、いつの間にか仕事行きの服からジーンズ、Tシャツ、エプロンに着替えた麻美子さんが料理を始めていた。

「ねぇ、麻美子さん、訊いて良い?」

「なぁに?」

「最近さ、雑誌広告とかWEB広告とかでさ、やたらと『占い』の広告とかって多くない?」

 麻美子さんはサラダボウルにミニトマトを並べながら「・・・そうかしら・・・」と言う。

「うん、そうなんだよ、実際。でも、何でだろう?」

「・・・そうねぇ・・・、多分、今って、占い師さん達の書き入れ時だからじゃないかしら?」

「?」

 麻美子さんが、余りにも真面目な口調でそんなことを言うので、私は今しがた口に含んだビールを噴き出しそうになった。

「なに?占い師に『書き入れ時』ってあるの?」

「え?わたし、そんなに可笑しなこと言った?」

「うん、僕は占い師に、例えば『クリスマス商戦』みたいなものがあるって思ってなくてさ」

「ああ、そういうこと。いえ、わたしが言ってるのはそういうことじゃなくって、今、これだけ流行り病だ、経済がどうだ、って不安を煽るようなことばっかりの時が、占い師さん達の『稼ぎ時』ってことが言いたかったの」

「なるほどね、そういうことか。僕はてっきり・・・」

 麻美子さんと僕は、二人で顔を見合わせてクスクス笑った。

「あとで、今日の僕の妄想の話をするよ。おもしろいかどうか分かんないけど」

「うん、聞かせて」



 缶ビールを片手に、麻美子さんの後ろ姿を眺めながら、明日からまた仕事、頑張ろう、そう思った。


                 おしまい

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