その不可思議な迷宮には、生きる者の数だけ道がある

一人の人間の価値観が大きく変わる瞬間を見ました。
神から授けられた命に従って、初対面の相手に「世界の安寧のために死んでください」と言ってしまうような少女の。

物語は、僧見習いの少女・春海と、迷宮での屍運びを生業とする偉浪と破浪の父子の三人をメインに展開します。
まず春海の受けた使命のあまりの不可解さに、興味を引きました。
入るたびに様相を変える迷宮は妖しくも魅力的で、その奥には何があるのかと読み進めました。

最初は噛み合わなかった春海と破浪が徐々に心を通わせていく様が、とても丁寧に描かれています。
単なる恋愛感情以上の、人生そのものを揺るがす心理の変化に、ものすごく説得力を感じました。
父子の間の絆も、偉浪の過去エピソードによって並の結び付きではないことが分かります。もう一人の主人公は偉浪であったかもしれません。

命の順列、生物の理。その中で己を生かすのは神の意志か、それとも自分の意志か。
「屍運びは饅頭にも劣る」。その意味が冒頭の印象から反転するようなクライマックスが見事でした。
生きる者が前へ進むための道を照らす光を感じる、温かで清々しい読後感。
読み応えのある、素晴らしい物語でした!