屍運びは饅頭にも劣り
須能 雪羽
第一幕:死を背負った二人
第1話:死を曳く男
唄が聞こえる。
幼い子らの。
よく揃って。
——命の重さは銀銭十枚
たかが同じ、十日の飯と
包丁十本、
貧乏長屋の
福饅頭にも足りはせん
生まれ故郷の
けれども訪れたこの町の、丸太製の朱門をくぐった最初。元気そうな子どもの声に、久しく口もとが綻んだ。
耳にかかる黒髪を分けてまで、よく聞こうともした。
きろ、と見開いた目で、
居た。さほど繕いも目立たぬ着物の五、六歳が、広い横道に十人ほど。
ふた手に分かれ、地面に幾重も線を描き合う。
子どもの楽しげな街はいい。
ただ。繰り返される唄の文句を理解すると、口の上下を結び合わせ、目を背けたくなった。
(誰が教えたの。あんな酷い詩)
「あんたたち。誰のことか知らないけど、そんな人を馬鹿にした唄を口にするもんじゃないわ」
優しい声を意識して、子どもたちに歩み寄る。素直なものだ、彼ら彼女らはぴたりと唄をやめ、一斉に
「——姐さんは金持ちかい?」
数拍の間があって、子らの一人。おそらく一番の兄貴分が、尖った石を突きつける。
遠慮のない態度と、脈絡の通じぬ問いに戸惑った。しかしすぐに思い直す。
(相手が誰でも、見栄を張らない。自分を貶めない。ありのままを示すこと)
「えっ、お金? ええと、そうね。生きるのに困るほどじゃないわ」
「ふうん」
快活そうな顔が曇る。つまらないと読み取れた次の瞬間には、元にも増して楽しげに仲間たちへ呼びかけていたが。
「善人気取りの貧乏人だ、逃げろ!」
「なっ、えっ?」
わあっ、と子どもらは散る。四方八方へ。
すぐに誰の姿も見えなくなった。壁や地面に潜る術でもあるかと思う素早さで。
(見た目に豊かでも、人の心は酷い有り様ね)
追いかけるまででない。それに悪いのは、子どもたちに良からぬ知識を植えつける大人だ。
意識して息を吐き、自身の長い黒髪を撫でる。長旅では結うのも億劫で、布を巻くのが精々だった。
手櫛を何度か通し、
慣れぬ潮の風味が腐臭に感じ、鼻と口を手で覆いながら。
炎天下、両側に続く平屋は影を作ってくれなかった。
皇都の何百年の街並みとは違う。新しい建物ばかりで、金塗りはおろか朱の柱の一本さえ見えない。
やがて町の中央と見える広場へ差しかかると、ようやくちらほら、目に朱色が映る。建物の背丈は倍に伸び、長く張り出す二階の軒の下、壁のない外廊下が見えた。
用向きは種々あろうが、宿屋が多い。客寄せが我先に、旅姿の通行人へ呼びかける。
素直に従う者、値定めをする者。どうであれ、声をかけられたほうも黙ってはいない。
誰も彼も忙しく、喧しい往来。一軒の宿前へ、しょぼくれた髭面が箒をつっかい棒に立っていた。
「もし。僧院へはどう行けば良いでしょう」
前で襟を合わせる、腰下までのゆったりとした着物。同じく余裕のある
ただし男からは、ひと月ほども熟成した
客商売として清潔さに欠けた。が、道案内には問題なかろう。そういう判断で
思った通り、男の手がすぐに動く。しかし行く方向のいずれかを示す、という予想は外れた。
「ええと——」
手相でも見よと言うのか、男は手の平を
真似ごとくらいはできるが、それこそ寄進をしてもらわねば戒律に背く。だいいち男は、どうしてこの十六の小娘を僧の見習いと知っているのか。
(僧服を着ているから?)
故郷の僧院を出るとき、
目の前の男や、通りの反対を急ぐ気風のいい女と変わらぬ仕立て。唯一、手を下ろせば地面に着いてしまう長い袂が特別だが、
「可愛い嬢ちゃん、なにをぼんやりしてる。人にものを訊ねるなら、銭を出すんだよ」
急かして、男の手の平が上下する。周囲に気を配る素振りもない。
「なんだ銭なしか。じゃあ祈るしかねえな、僧院へ着きますようにって。なあに、神様に好かれてりゃ迷いやしねえ。迷うのは、来るなってことさ」
鼻で嗤い、男は箒を動かし始める。多少の落ち葉があろうと見向きもせず、でたらめに砂を撫でるだけだが。
「ありがとう」
(教えてくれて助かるわ。それがこの街の作法ということね)
皮肉なく礼を言ったつもりだが、もはや男は
道を聞かれたのも忘れたように、ぼんやりと広場を眺める。おかげで背を向けても病まずに済む。
と。
聞き慣れた音が耳に這い入る。荷車のような、木造の車輪を回す音だ。
どこから、と探す必要はなかった。振り向いたばかりの視界、ほぼ中央。
車輪ごとき、なぜ気になるのか、と考えるまでもなかった。見える限り、一人残らず、同じ音に顔を向けている。
今までなにをしていた者も、完全に手と口の動きを止めて。
ガラ……
音の根本に、黒い塊が二つ。人の形をして、歩く。
手前が四十ほどの中年男。墨に浸けたがごとき着物と
ガラ……
ひと足ごと、そこに地面があるかたしかめるようにゆっくりと。中年男と歩調を合わせ、後ろの若者も足を動かす。
二十歳に届いているか。斑に黒い着物の腰へ、
ガラ……
音の正体は、若者が握った。
文字通り、若者は手に綱を牽く。繋がるのは赤黒く土に汚れた木箱。これに両手を合わせた大きさの車輪が八つ。
微かな軋みと土に噛みつく音を立て、二人とひと箱は
「おい
近くに居た男たちが声をかけあい、後退って消えた。いつの間にか宿前の男も居ない。
(あの木箱、まるで棺桶)
去った男どものしかめた顔、ちょうど人ひとりの入れそうな箱の大きさ。
直感は、きっと誤りでない。そう感じた
中年男も若者も、仮面を被いたように固い顔をした。苦悩面とでも名付ければふさわしい。
二人を。正確には牽かれた棺桶を、合掌で迎える。
なぜ死んだか。どこへ運ぶか。そんなことよりも前に、まずは死者への畏敬を示さねばならない。どんな事情があろうと、尊い命を使い果たした誰かを労わぬ理由はないのだから。
(安んじてお眠りください)
手の届く距離を棺桶が過ぎる。伏せ気味にした視線を、しかし背けはしない。
中年男は歩む方向を見据え、ただ進む。若者の一瞥とは、視線のぶつかった気がした。だが
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