第10話 聖なる雨が降り注ぐ丘に

「そんな話、受けられるか」


 コジロウはシオンの足元を撃ち抜いた。


「厄災と人間が手を組むなんてあり得ない。天地がひっくり返ってもあり得ない。俺たちは不倶戴天の敵というやつだ」

「冴木くんって頭が硬いな〜。もしかして厄災に家族を殺された口かな? しゃくに障ったのならごめんね」


 シオンは本当に申し訳なさそうな顔をしている。


「でも、冷静に考えてみなよ。この世の最大の厄災って、人間じゃないかな。たくさんの生き物を死滅させている。無計画にエネルギーを浪費している。恐ろしいペースで大地と海を汚染させている。さらには人間同士で争い殺し合っている。これを厄災と呼ばずして何を厄災と呼ぶのかな? きっと人類は増えすぎたんだよ。半数くらいに間引かなきゃ」

「お前の詭弁きべんに付き合っている暇はない」

「ふ〜ん。そんなに甘利くんが心配?」


 シオンは噴水のへりにジャンプすると、平均台みたいにバランスを取りながら渡っていく。


「冴木くんは頭が良いから理解してくれると思ったのにな〜。原理主義者みたいなことを言うんだね〜。ちょっとショックかも。厄災と人間は分かり合えると信じていたのになぁ〜」

「ショックなのは俺の方だ。クラスメイトが一人、夜道で襲われて亡くなっただろう。あれは瀬奈がやったのか?」

「そうだよ!」


 あっさり認める。


「彼女は友達じゃなかったのか?」

「友達? 何それ? 美味しいの? だってあの子、死にたい死にたいって口ぐせのようにボヤいていたから。男女絡みの面倒くさい一件があって、学校でイジメられていたんだよ。本人が死にたいって言うんだから、殺してあげるのが優しさってやつじゃないのかな? ねぇ、違うの?」


 シオンは背中を大きく反らして、胸から上をコジロウの方へ向けてくる。


 本人が死にたいと言った。

 殺してあげるのが優しさ。


 この瞬間、コジロウの中で瀬奈シオンという女は、抹殺すべきターゲットへと昇華した。


「もういい。これ以上話すのは時間のムダだ。一刻も早くお前を殺してルキウスの救援に向かう」

「格好いいね。冴木くん。そうこなくっちゃ。手合わせのし甲斐がないってやつだよ。実は紅月のヴァンパイアと賭けをしていたんだ。冴木くんと天利くんが私を助けに来るのか、来ないのか。もちろん、私は助けに来る方に賭けたよ。だって、二人は私の騎士ナイトだもの」


 シオンの指から無数の赤い糸が伸びてきた。

 糸と糸がり合って、何本かの太い紐になると、包帯のようにシオンの左腕に巻きついていく。


血装けっそう操術そうじゅつ羅刹鬼らせつきかいな……なんちゃって」


 禍々しい色をした攻防一体の兵器だった。

 シオンの肩から指先までを血の武装が覆っており、二の腕や前腕の太さなんかは元の倍ありそうだ。


 シオンは威力を誇示するように腕を振る。

 近くにあった街灯が真っ二つに折れたから、切れ味は本物といえよう。


「なかなか便利でしょ。天利くんの爪に似ているかな。どっちが強いんだろうね」

「どうして手の内を明かした? 俺が人間だから舐めているのか?」

「だって、冴木くんが簡単に死んじゃったらつまらないでしょ」


 コジロウはトリガーを引いた。

 狙いはシオンの心臓。


 ところが羽虫でもつまむようにシオンは悠々とキャッチしてしまう。


「ッ……⁉︎」


 紅月のヴァンパイアと一緒だ。

 確実に弾道を読み切っている。


 あまり深く考えたくないが、コジロウの筋肉の動きを解析することで、発泡のタイミングを予測しているのだろう。


「真剣白刃取りならぬ実弾素手キャッチだね。すごいでしょ」


 手のひらで転がした銀の弾を、シオンは指と指で押し潰した。


 ……。

 …………。


 瀬奈シオンという女は果たして人間なのか、厄災なのか、コジロウは爪の攻撃をかわしながら考えていた。


 見た目は間違いなく人間だ。

 血を操る術だって、習得が可能かもしれない。


 何より食事だ。

 人間が普段口にするような物をシオンは美味しそうに食っていた。


 厄災が瀬奈シオンに化けている可能性は、おそらく低い。


 根拠を明示できるわけじゃない。

 狩人として長年生きてきたカンである。


「冴木くん、戦いながら考え事するのは感心しないなぁ」


 サイドステップで爪の攻撃をかわした時、下から跳ね上げるような蹴りが飛んできた。


 ものすごい圧にガードした腕がきしむ。

 頭部にもらったら一撃で意識を刈り取られるだろう。


「私って見た目以上に強いでしょう。ほら! ほら! ほら! もっと反撃してきてよ!」


 左腕に燃えるような痛みが走る。

 ちょっと爪がかすっただけなのに、焼けた鉄を押しつけられるほどの激痛であり、ポーカーフェイスを保ってきたコジロウの表情が歪む。


「無茶苦茶だな……」


 バク転して距離を開けた。


「安心してよ。毒はないから。私、思いっきりぶっ壊すのが好きなんだ」


 爪についた血をシオンは舐めとる。


「うん、美味しい」

「ヴァンパイアの真似はやめろ。人間が人間の血を飲んで、美味しいわけないだろう。腐ったトマトジュースみたいな味しかしない」

「あはは……冴木くんは何でもお見通しだね。そうだね。人の血なんて不味くて飲めた物じゃないよね。ヴァンパイアは、これのどこが美味しいのかな」


 シオンは鬼化していない方の手を向けてくる。


「何なのだ。お前と紅月のヴァンパイアの関係は? 単なる仲間ってわけでもなさそうだな」

「そうだな〜。強いていうと家族かな」

「家族……だと?」


 一ミリも予想していなかった答えにコジロウは戸惑う。


「私もあの子もこの世で独りぼっち。だから、家族になった。そうしたら、もう独りじゃない。あの子はヴァンパイアだから仲間を増やせる。そうやって世界を自分たちの色に染めていく。人間だって、厄災だって、等しく殺していく。私たちには十分な能力がある。ねぇ、知ってる? 目的を共有している家族っていうのは強いんだよ」

「あり得ない……人間と厄災が家族だなんて……認めるくらいなら俺は自決する方を選ぶ」

「だよね。それが普通の反応だよね。思想が違うから、人は殺し合うもんね」


 シオンのギアが上がった。

 乱舞するように爪を繰り出して、コジロウをじわじわと追い詰めてくる。


 すれ違いざま、一発撃ってみた。

 苦し紛れの一撃だからシオンに掠りもしない。


「ムダだよ。どんなに銃が強くても、それを使う人間が弱いから。種族の限界ってやつ。呼吸、視線、筋肉の動き……弾道はバレバレなの」


 カウンターの回し蹴りが飛んできた。

 まともに腹部に食らったコジロウは、一気に十メートルくらい後退して地面に手をつく。


「いいよ。私を嫌っても。冴木くんにはその権利があるよ。だって人間だもの。西洋教会の狩人イェーガーだから、私を殺すのが仕事だもんね」


 反撃は何回もしている。

 もう二十発は撃っただろうか。

 シオンは全部を見切っており、髪の毛に当てるのが精一杯である。


 バケモノじみている。

 瞬発力も、動体視力も。

 コジロウが過去に葬ってきたいかなる厄災より、瀬奈シオンという女の方が強い。


 一秒でいい。

 動きを止めないと、シオンには勝てない。


「瀬奈と戦うのがルキウスじゃなくて俺で良かった」

「……?」

「あいつは周りに理解を示す。とても純粋で柔軟なやつだ。人の意見に染まりやすい。もし瀬奈の話を聞いていたら、人間と厄災の共存を真面目に考えたかもしれない」

「……そっか」


 コジロウはシオンの頭上を撃ち抜いた。

 より正確には頭上に放り投げておいたガラスの小瓶を。


 瓶の中身が飛び散って、雨のように降り注ぐ。

 キラキラと光る雫をシオンは頭から浴びた。


 聖なる雨セント・レイン

 一見すると普通の水に見えるそれは、シオンの肌に付着するなり、灼けるような音を発する。


「痛ッ……⁉︎」


 羅刹鬼の腕から白い煙が上がった。

 火傷したように表面がただれていき、ついには術の一部が崩壊していった。


「聖水だ。俺のオリジナルのな。そこらへんのエクソシストが調合したやつより効き目は強い。お前の血を操る術、分解させてもらった」


 トリガーを二回引いておく。


 胸部と腹部を撃ち抜かれたシオンは、今度こそ糸が切れた人形みたいに倒れた。


 ……。

 …………。


 コジロウが歩むたび、ガラスを踏みつける音がする。


 まだ結界は解けない。

 術者のシオンが生きているから。

 呼吸が止まるのを待ってもいいが、時間が惜しいコジロウは銃口を突きつける。


「ねぇ、冴木くん、私が髪につけているブローチ、もらってくれないかな」

「……嫌だ……女の遺品なんて呪われそうだ」

「あはは……酷い言いっぷりだね」


 冗談だよ。

 そういってシオンの頭から髪飾りを抜き取った。


「瀬奈が俺にこれを預けるってことは、それなりの意味があるってことか?」

「それは秘密」

「チッ……これだから女は苦手だ。秘密といってはぐらかす」

「えへへ……ごめんね……私じゃ上手く説明できないんだ」


 シオンの呼吸が段々浅くなっていく。

 心なしか顔色も青ざめて見えるのを、コジロウは複雑な思いで見守った。


「最後に教えてくれ。厄災とは何なのだ? 紅月のヴァンパイアはどうやって生まれた? 本当に何千年も昔から生きていたのか? そもそも瀬奈と紅月のヴァンパイアには何の縁があるのだ?」

「それは冴木くんの目で確かめてよ。君なら真実に辿り着けるんじゃないかな」

「瀬奈の血が特別という話は? あれにも意味があるのか?」

「あるかもね。少なくとも、存在しない方がいい血かも」


 もうすぐ死ぬというのに、シオンは明るく笑った。

 コジロウの胸をいくつもの想いが去来しては消えていく。


「短い時間だったけれども、冴木くんや天利くんと仲間になれて私は楽しかったよ。三人のミッション、ドキドキしたな。ゲームの世界に飛び込んだみたいでさ。私も陰陽師やエクソシストの家系に生まれたかったな。そうしたら冴木くんや天利くんと本当のチームになれたのに。こんな私でも、活躍できたかな」


 コジロウは何も答えない。


「三人で食べたたこ焼き、美味しかったなぁ」


 それがシオンの最後の言葉だった。


 コジロウを閉じ込めていた結界に亀裂が入り、ステンドグラスでも崩れるように散っていく。


 怪我している腕に軽く手当てしたコジロウは、ルキウスと合流して紅月のヴァンパイアを倒すべく、夜の校舎に向かって駆け出した。




《作者コメント:2022/02/24》

読了感謝です!

コンテストの応募規定が『6万字以下』につき、いったん筆を置きます……汗。


今後のストーリーを少し書いておくと、コジロウとルキウスが上手い具合に連携して紅月のヴァンパイアを討伐します。

(陰陽師としてのルキウスの実力が本領発揮される感じです)


では、また。ノシ

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終末のイェーガー 紅月のヴァンパイアに口づけを ゆで魂 @yudetama

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