第9話 ベリルの一手
「クソッ……王族である僕にこんなことをして、ただで済むと思うなよ」
娼館の一室。
客を盛り上げるための豪奢な寝具の上で、全身を縛り上げられたライナスが凄んでいた。
「王族が教会の禁じている禁呪に手を出して、ただで済むと思ってるのか?」
多少、手荒な手段は採ったが、後がないのはライナスの方だ。
ベリルの祖母に掛けた禁呪が露呈すれば、いかな王族でも破門は免れない。
「の、呪い? な、なんのことかな? 知らないなあ」
動揺しているのかライナスが露骨に視線を逸らした。
「とぼけるな。呪いは強力であれば強力であるほど、呪具に強い痕跡を残す。この鏡だってそうだ。べったりと付いてるはずだ。あんたの魔力がな」
「な、なんだって!? そ、そんなこと一言も言ってなかったじゃないか!!」
「ひ、一言も……どういうことですか?」
それまで成り行きを見守っていたベリルが口を開いた。
今の言葉から、ライナスの裏に居る者の気配を探り当てたのだろう。
「つまり、この呪いを掛けたのは、自分の発案ではないと」
「な、ななな、何のことだ」
再びライナスがとぼけ始める。
どうやら、事態の深刻さがあまり自覚できていないようだ。
「よく考えてみろ。あんたが手を出したのは、教会にしれたら一発で破門を喰らうほどの忌まわしい呪いだ。俺がその気になれば、あんたは即破滅するんだぞ?」
「そ、そんな……お前達には人の心がないのか?」
他人を呪い殺そうとした人間に人の心を問われるのは、どういうことだろう。
「人の心はともかく、あんたは嵌められたってわけだ。臣下なり、金で雇った野盗にでもやらせれば、いくらでも証拠は消せたのに、あんたはリスクのことを知らされなかったからな。その結果、こうして俺に脅される結果となったわけだ」
「ば、馬鹿な……マクシムがそんなことをするはずが……」
「そうか。マクシムというのか、あんたに呪いの入れ知恵をしたのは」
「あ…………」
この男、王族のくせにあまりにも迂闊すぎやしないか。
動揺が誤魔化せず、隠し事が出来ないのだから、陰謀を巡らすには向いてないだろう。
「マクシムというのは、確かあんたの護衛だな?」
王族だけあって、ライナスには腕の立つ護衛が付いている。
こうして娼館遊びに興じる時は、ライナスも護衛を連れないため、今回は遭遇することはなかったが、側に彼がいたら面倒なことにはなっていただろう。
「そ、そうだ。僕が小さい頃から面倒を見てくれた忠臣だ!! 僕を嵌めるはずがない」
原作通りライナスは、マクシムのことは大いに慕っているようだ。
王族としての資質が低いことと、他に有力な後継者がいることから、ライナスは親に目を掛けられていない。
そのため、自分の身の回りの世話をするマクシムに、半ば依存しているのだ。
しかし残念なことに、当のマクシム自身は、ライナスを野望を果たすための道具としか思っていない。
こうしてリスクを伏せて、禁呪をライナスに使わせたのも、いざという時にその事実を告発して、ライナスを破滅させるようにするためである。
「ちなみにその呪いはヨトゥン教団が開発した物だ。悪魔種と交信し、魔術契約を結ぶことで発動出来る。人知れず他人を呪殺することも出来るため、教会が禁呪に指定したという経緯だ。マクシムはどうしてそんな術のことを知っていたんだろうな?」
「ま、まさか……マクシムがヨトゥン教徒だと言いたいのか? ふざけるのも大概にしろ!!」
ライナスが激昂した。
この世界でヨトゥン教徒と疑われることは、最大限の侮辱でもある。
身内がその様に言われて、ライナスも我慢がならないのだろう。
「いずれにせよ、あんたに後はない。教会が戒めている禁呪に手を出したんだからな。一国の王子だろうと、もう助かる術はない」
俺はライナスの前で呪具である鏡をちらつかせる。
「……分かった。金ならいくらでも用意する。だからその鏡を返してくれ」
「それが人に物を頼む態度か? 主導権はこちらにあるんだぞ?」
「くっ……」
「それに金なら要らない。これでもレイノール家の跡継ぎでな。金には困ってない」
それでなくても、この世界ではかなりの額を稼がせてもらった。
あの父親からいつでも独立できるように、冒険者業でかなりの額を稼いでいる。
「レ、レレレ、レイノール家だと!?!?」
「そう言えば、自己紹介は初めてだったな。ジークハルト・レイノールだ」
「え、《炎帝》殿の……ま、まさか、そんな……」
明らかにライナスが動揺していた。
両国の関係を考えれば当然だ。
ライナスのデルフィア王国は、帝国に対して臣従の礼を誓うことで、平穏な関係を築いてきた。
王族とは言え、帝国の大貴族に対しては、尊大な態度はとれないのだ。
「な、なら、僕に何をしろって言うんだよぉおおおお!!」
嘆くようにライナスが叫び散らかした。
図らずも教会の禁忌を破り、王族である自分が脅迫される立場に陥った。
しかも、その相手はよりによって、自分よりも上位の国の大貴族なのだ。
そのことにかなりのフラストレーションを溜めているようだ。
「さて、ベリルはどうしたい?」
「わ、私は……呪いを解いてくれればそれで……」
ベリルの祖母の呪いを解く、それが俺たちの一番の目的だ。
彼女もそれ以上のことを要求しようとは考えていないようだ。
しかし、俺にはある別の懸念があった。
「正直に言って、今ここで呪いをどうにかしたところで、カレンさんの身が危ないことに変わりはないと俺は思う。この策が失敗したとなれば、また新たな刺客が差し向けられるだけだ」
「私が……教皇選を辞退しない限りは……ってことですか?」
結局はそこに行き着く。
カレンさんが狙われるのは、ベリルの立場に原因がある。
平民でありながら強力な加護を持ち、教皇になる資格を得た彼女は、この大陸の歴史でも珍しい存在だ。
そのため、彼女は過剰なまでに他の候補に警戒されている。
教皇候補だけではない、彼女以外の候補が教皇になることで利益を得る貴族達にとっても、彼女は目の上のたんこぶなのだ。
「つまり……私に教皇選を辞退しろと……」
「それも選択肢の一つだ」
彼女の味方は極めて少ない。
平民の彼女が、貴族を相手に立ち回るのは困難なのだ。
「ですが……私は……」
「君の意志は知ってる。だが、ここからは、これまで以上の覚悟を決めてもらう」
「覚悟……」
「今回の教皇候補は三人。ベリルとそこの男と、もう一人、我がソルフィリア帝国の第二王子ユリシーズ陛下だ」
ベリル以外の候補は全員王族なのだ。
それもユリシーズは、ライナスとは比べものにならないほどに、権謀術数に長け、非常な手段を実行するだけの力も持っている。
「ライナスにすら祖母を殺されかけた君に、ユリシーズ陛下は荷が重すぎる。まず間違いなく、君は潰される。君の想像を超えるほどに、残酷な目に遭わされる可能性もある。徹底的に君の尊厳を踏みにじり、二度と教皇選に関わろうとは思わなくなるだろう」
「……っ……ぁ……」
ベリルはその言葉を聞いて、震え始めた。
「い、嫌……
「え……?」
そして、絞り出すような悲痛な声で不可解な言葉を発した。
あんな目……? まるでこれから起こることを知っているかのような……?
その時、俺の中で一つ合点がいった。
原作のベリルは、確かにおどおどとしたところもあるが、芯が強いところもあり、二人の王族相手にしたたかに立ち回った。
しかし、今の彼女はその性格の暗さが一層増し、原作では見られなかった男性が苦手という性格になっている。
まさか、原作の知識を持っている?
あるいは、何らかの影響を引き継いでいるのか?
「あ……す、すみません。私、どうしてか取り乱してしまったようで……」
この反応。どうやら記憶を継いでいるということは無さそうだ。
しかし、先ほどの反応はとても気になる。
「その……ジークさんの言いたいことは分かりました……お婆様を守り、教皇選を戦い抜くためには……このままではいけないって……ことですよね」
先ほどは、心底怯えきった表情を浮かべていたが、今は多少落ち着きを取り戻していた。
「一つ……気になっていることがあります。ライナス王子が先ほど……ジークさんの地位に驚いたように……デルフィア王国と帝国は協調関係にあります……」
更に言えば上下関係と言っても良い。
基本的に、デルフィアは帝国には頭が上がらない。
「だから……一つ危惧していることがありました。デルフィアと帝国が……教皇選で手を結んでしまったら……どうしようかと……」
「ほう」
俺は感心した。
気の弱いベリルだが、教皇選の構造について朧気ながら見抜いているようだ。
「そうだ。上下の関係にある両国の王族が教皇選に出る以上、両者が手を結ぶのは自然な流れだ」
むしろ、この時点で両者はとっくに協定を結んでいる。
帝国の候補ユリシーズのために、デルフィアのライナス王子は全力で協力するようにと。
「し、しししし、知らないぞ。私はなにも知らないからな!! 本当だぞ!!!!」
ライナスの動揺が頂点に達したため、答え合わせは即座に終了した。
「教皇選で……両国を相手にするのは……あまりにも無謀です……なら……」
ベリルは、情けなく縛られたライナスの方へと向かった。
「あなたの悪行は……許せません……私の……大切なお婆様を苦しめた……今すぐ八つ裂きにしても足りないほどです……」
間違いなく彼女は怒っていた。
しかし、どうやらここで報復をする気はないようだ。
「ですが……あなたが協力してくれれば……私も教皇選でなんとか立ち回れると……思います……」
「わ、私が……こんな平民に協力しろと……?」
「決めるのは私達です……証拠はジークさんが押さえてくれました……あなたのことは……どうとでも出来ます」
どうやら、ベリルは覚悟を決めたようだ。
「ぐ、ぐぅうううううう……」
「観念したらどうだ? もうどうしようもない」
「だ、だが、あの方を裏切ったら……どうなることか……?」
実際ライナスとしては、どんな事情があろうと協力は難しい。
宗主国に逆らうということと等しいからだ。
「ですが……あなたが生き延びる……可能性はあります」
「へ……?」
「あなたを告発すれば……その時点で……あなたはお終いです……ですが……私に協力して……無事にあなたがユリシーズ殿下を欺けば……私はあなたの全てを許します……禁を破った事実も揉み消しましょう……」
それは、被害者であるベリルの最大限の譲歩であり、教皇選を勝ち抜くための覚悟でもあった。
怒りを呑み込み、追い詰められたライナスに希望を見せることで、教皇選における有利な立場を勝ち取る。
そうすることで彼女は二対一の状況をひっくり返すつもりなのだ。
「……った」
「聞こえませんでした」
「分かったと言っている」
「それが他人への頼み方か?」
折角なのでライナス王子に追い打ちを掛けてみる。
「ち……ます。ベ、ベリル様に……ベリル様に忠誠を誓います!! これまでの罪を全て償います!! 何でもします!! どうか……どうか、私をお救いください!!」
後ろ手に縛られたライナスが寝具から飛び降りると、額を地面に擦りつけた。
こうして、ベリルはライナスという手駒を獲得したのであった。
「あなたって最低のクズね」と罵倒された最低ラスボスに転生してしまったので原作にない救済ルートを探してみる 水都 蓮(みなとれん)@書籍発売中 @suito_ren
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