外伝 王子の休日~side ライナス~

「やれやれ、こんな田舎の娼館に足を運んでやったのに、娼婦が一人も居ないとはどういうことだ!!」

「も、ももも申し訳ございません……」


 グレインのとある娼館に、隣国の王子ライナスがやって来ていた。

 しかし、どの娼婦もライナスの眼鏡に適わないのか、不機嫌そうな態度を露わにしている。


 その様子を見て、店員は酷く怯えている。


「そ、その……あいにく女の子達は本日、予約が全て埋まっておりまして……」

「私はデルフィアの第一王子だぞ!! 有象無象どもの予約など知ったことか今すぐ呼び戻せ!!」

「そ、それはさすがに……」

「口答えするな!!」


 平民相手なのを良いことに、ライナスは剣を抜いて傍若無人に振る舞っている。


「ひ、ひぃいいいいいいい!!!! で、でしたら、その……し、新人の子などはいかがでしょうか?」

「新人だと?」

「きょ、今日が初出勤で、男性の相手も初めてという子がおりまして……」

「ほう……?」


 ライナスは考え込むような表情を見せた。


「サービスは期待できないが、初物を私の好きにするというのも、なかなかそそるではないか」


 煩悩に塗れただらしない表情を浮かべながら、ライナスがブツブツと呟く。


「まずは顔を見せろ。話はそれからだ」

「は、はい!!」


 支配人が慌てた様子で黒髪の少女を連れてくる。


「い、いかがでしょうか?」

「ほう……」


 おどおどした様子の少女を眺めて、ライナスが嘆息する。


「素朴な風貌だが、我が国では珍しい黒髪にアメジストのような瞳はなかなか美しい。胸も尻も出ているところは出ている……むふー、これはかなりの美少女じゃないか?」


 黒髪の少女の容姿がいたく気に入ったのか、ライナスが鼻息を荒くさせる。


「よし、決めた。私の滞在期間中、この女は私の好きにさせてもらおう。気に入ったら身請けも考えてやる」


 そう言ってライナスが少女の肩に手を回す。


「ひっ……」


 しかし、少女は男慣れしてないせいか、ビクリと身を震わせてしまう。


「も、申し訳ございません!! まだ教育も十分出来ておらず」

「良い良い。そういった奥ゆかしさもまた良い物ではないか」


 先ほどとは打って変わって、上機嫌なライナスであった。


*


 娼館で最も豪勢な部屋に二人はやってきていた。

 貴族も御用達であり、宮殿の一室といった雰囲気だ。


「そ、その……まずは浴室で身を清めて頂きたいのですが……」

「ムフフ。まさか君が洗ってくれるのかな?」

「そ、その……身を清めて頂いた後でしたら……」

「良かろう。それもマナーという奴だからな」


 ライナスは鼻歌を歌いながら、浴室へと向かった。それから、しばらくして……


「フフフ、身体の隅々まで丁寧に洗ってやったぞ。では早速、逢瀬としゃれ込もうではないか!!」


 辛抱たまらんという様子で、ライナスはベッドで己を待ち受ける上裸の人物へと抱きついた。


「背中を向けて待つなど、随分と奥ゆかしいではないか。だが、私がみっちりむっちり、作法という物を教え込んで……ん? 硬い? なんと強固な胸なのだ……?」

「驚いたか? これでもかなり鍛えてるんでな。胸板の厚さには自信があるんだ」

「は……え……?」


 先ほどまでそこに居た少女が、突如屈強な男性へと変貌したことに、ライナスは動揺が隠せないでいた。


「さ、先ほどの少女は……? き、貴様は一体……!? ま、まさか、本当は男だったのか!?」

「バカめ……髪色が違った時点で気付け」


 腰布一枚巻いた状態のジークが、あっさりとライナスを組み伏せてしまう。


「わ、私は……男の胸を揉んでしまったのか……こ、これは悪い夢だ……」


 ライナスが現実逃避し始める。

 興奮して盛り上がったあまり、男性の身体にべたべたと触れたことがショックで仕方ないらしい。


「さて、今回は随分と大それたことをしてくれたが、証拠は手元に揃った」

「ジ、ジークさん。その……例の呪具を回収しました」


 男性の裸が見慣れないのか、顔を真っ赤にさせながらベリルが鏡のような物を差し出した。


 そんなベリルだが、普段の冴えない雰囲気は鳴りを潜め、見違えるように美しい容姿をしている。

 今回ライナスをおびき寄せるために、アイリス達の手で髪型や立ち居振る舞いに指導が入った成果が現れていた。


「良くやった。娼館の一室なら、こいつが長く戻らなくても誰も心配したりしないからな」


 ライナスは娼館に通う時、誰一人として護衛を連れない。

 そのおかげで、ジークはまんまとライナスを捕らえることが出来た。


「さて、お楽しみの時間はたっぷりある。今後の教皇選について、じっくりと話し合うとしようじゃないか」


 ジークは不敵な笑みを浮かべた。

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