第8話 教皇候補

 ――わ、私……夢があるんです……教皇になって、戦争を終わらせたい……私の両親みたいに、戦いで大切な人が死ぬのはもう嫌なんです……


 それは教皇選に臨む、ベリルのセリフだ。

 主人公のクライドはその想いを受け止め、彼女の力になることを誓った。しかし……


 ――どう……して……私のこと……守ってくれるって……


 人の良いクライドは、ベリルを排除しようとする者の思惑を見抜けなかった。

 そして、彼女は対立候補の奸計により、悲惨な目に遭わされ、精神を崩壊させた。


 お人好しだったクライドの心に陰を落とした出来事だった。


 そんな彼女を救うには、その事を知る俺がどうにかしなきゃならない。

 だから俺は、ベリルの依頼を二つ返事で引き受けた。


*


「やっぱりな……」


 俺はベリルと彼女の祖母が泊まっている宿の一室を訪れていた。


「白く濁り始めた瞳、呼吸器の障害か……」


 ベリルの祖母――カレンさんの容態を観察する。

 今の俺なら《医術》のスキルによって、彼女の体調から、どのような原因で体調を崩しているのか推測することが出来るのだ。


「恐らく、マンイーターの毒だな。それに、胸元には呪いによる紋様が確認される。恐らくは生命力を漏出させる類いの物だろう」


 マンイーターは植物型の幻獣で、ゴルディオンの背に寄生していたものがそれだ。

 ゲームではデバフを撒きまくるいやらしい敵だったが、現実では毒で動けなくなった人間を捕食する危険な敵だ。

 そのため、マンイーターから採取される毒は様々な用途で用いられたりする。例えば、暗殺などだ。


「ど、毒に呪い……どうしてお婆様……そんな……」


 ベリルは不安のあまり顔が真っ青になっている。

 原作でもかなり、祖母に甘えていたので無理はないが。


「毒の症状自体は、わずかだが抑えられている。だが……」


 以前、調薬された物が効いているのは間違いない。しかし、症状は完全には消えていない。

 前の処置が中途半端だったというよりも、処置後に新たに毒を盛られたのだろう。


 恐らく、このまま放っておけば、今日にでも毒に蝕まれ命の危険に陥るだろう。

 俺は先日、ゴルディオンに習って調薬した秘伝薬を取り出し、カレンさんに飲ませてみる。


「ごほっ……ごほっ……かはっ……」


 むせるような咳と共に、カレンさんが苦しみ出した。


「な゛、何を……何をじだんでずが!?!?」


 その光景を見て、ベリルが半泣きになり出した。

 よほどカレンさんが心配なのだろう。


「秘伝薬を処方した。しばらく、苦しみはするが、それは薬が効いている反動だ。直に快方に向かうだろう」

「ぼ、本当でずが!?」

「ああ。見てくれ」


 俺は視線を移してベリルの祖母の様子を見るように促す。

 同時に毒の症状が引いて、カレンさんの容態が安定し始めた。


「お、お婆様……体調はどうですか?」

「あ、ああ、ベリル……だいぶ楽になったよ……」


 カレンさんがゆっくりと口を開いた。

 体力の消耗は著しいが、毒による症状は治まったようだ。


「よ、良かった……」


 しかし、ここで安心してはいけない。

 問題の一つは、どうしてカレンさんが毒に侵されたかだ。


「リヴィエラ、君の加護で毒物の検知が出来たよな?」

「もちろん、出来ますけど……」

「この部屋と、宿のどこかに毒物がないかを探してもらいたい。もちろん、怪しまれないように自然にだ。そして、痕跡を見付けてもどうにかしようとしないで、まず報告して欲しい」

「それなら、私も手伝うわ」


 即座にアイリスが名乗り出た。


「リヴィエラが出来るなら、私にも同じ事が出来るのよね?」


 俺たちは加護を共有している。

 当然、俺もアイリスも毒の検知は出来るだろう。


「そうだな。それじゃ二人とも頼む。俺はベリルさんと話があるから」


 二人を毒探知に向かわせると、俺はベリルの方に視線をやった。


「ひっ……」


 うーん、相変わらず、俺のことは怖いらしい。


「あ、す、すみません。男の方が……苦手で……すみません……生まれてきて……」


 そして絶望的なまでに気が弱い。


 あれ……? でも、ベリルに男嫌いなんて設定あっただろうか?


 ジークを苦手としているのは飽くまでも、ジークの目付きが怖いというだけの理由だ。

 これも原作では語られていない裏設定なのだろうか?

 まあ、そこら辺は気にしても仕方がないので、話を進めていく。


「あ、でも、お、お薬をいただいてありがとうございます……きっと、さぞ高価な薬なんですよね……? 報酬は一生掛けてお支払いします……!! なんでもしますから!!」

「依頼料を払ってくれれば、俺は十分だ。それよりも、彼女がどうしてこうなったかについて話したいんだが良いか?」

「あ……その、さっき、恋人のお二人に毒を検知してもらうとか言ってましたけど、そのことですか?」


 恋人のお二人って言い方、やばすぎないか?


「その……別に不道徳な関係じゃなくて一応、婚約者と妹で……」

「あ、そ、そそ、そうなんですね!?!?!? 私とんだ勘違いを……し、死んで詫びます……」

「いや死ななくて良いから」


 さて、問題はどうして、どうやってカレンさんに毒が盛られ、呪いを掛けられたかだ。


「毒を摂取した経緯については、二人に探ってもらうつもりだ。俺の薬があれば解毒も出来るし、その点も心配は要らない。ただ問題なのは、呪いを掛けられているって点だ」

「私はただお婆様に温泉でゆっくり休んでいただきたかっただけなのに……」


 ベリルが表情を暗くさせた。

 実際、カレンさんに非は何もないだろう。


 ベリルは平民の出で、早くに両親を亡くし、カレンさんと二人で暮らしていたというだけだ。

 カレンさんは何か特別な地位にあるわけでもないし、恨みを買うような人生を送ってきたわけでもないのだ。


「どうして……か。君のお婆様には何も無いだろうけど、君の方には心当たりがあるんじゃないか?」

「え……?」


 当然、俺には心当たりがある。このベリルが次代の教皇候補であるという点だ。


 一介の平民でありながら栄誉ある地位の候補に選ばれたのは、彼女が類い希な光魔法の才能を持つからだ。

 こんな気弱で暗い少女なのに、彼女の放つ光魔法は目映く強力で、その力を認められて、彼女は特別に教皇候補に選ばれた。


「君は、クレイユ王国の教皇候補じゃないのか?」

「え……? どうしてそれを……?」

「風の噂で聞いた。王国が今回、平民の候補を擁立したと」

「えっと……その、そうです……」

「恐らくはそれが原因だろう」


 断片的にだが、この温泉街で彼女の身に降りかかったことも俺は知っている。


「でも、どうして……?」

「平民出身の君が教皇選に出るのを疎ましく思う者も居るってことだ」


 原作ではベリルは誰の手も借りられず、カレンさんは命を落としてしまった。

 しかし、今回はそれを阻止させてもらうことにしよう。

 ついでに、次代の教皇候補に恩を売れるのも悪くない話だ。


「実際、ここ最近、何か脅されるようなことがあったんじゃないか?」

「えっと……今のところは何も……」


 しかしその晩、事態は動き出した。


「ジ、ジークさんは何でも……お見通しなんですね……凄いです……」


 配達員から届けられたという一通の手紙を、ベリルが差し出した。


「差出人はないんですけど……でも、私に教皇選を降りるようにって……」


 ――その老婆の後を追いたくなければ、教皇選を辞退せよ。


 よくある脅し文句が書かれていた。

 暗にカレンさんの次は、ベリル本人を狙うという意味が込められている。


 これで、カレンさんが狙われた理由は明らかとなった。


 恐らく差出人は、カレンさんが既に死んでいるものと思っているだろう。

 彼女に使われた毒は希少で強力な物だ。実際、ゴルディオンの加護で薬を処方してなければ、手遅れになっていただろう。


「しかし、随分と思い切った手段に出たものだな。この呪いは、禁呪の類で、教会に使用がバレたら破門は免れない」


 女神への信仰が生活の根底にあるこの社会で、教会から破門されることは、教会や国家の庇護を無くし、社会から爪弾きにされることを意味する。

 つまり、この事実を露呈させれば、首謀者を破滅させること自体は容易い。


「君のお婆様は俺が必ず助ける。だが、そのためには君の覚悟がいる」

「か、覚悟ですか……?」


 さて、俺はカレンさんに毒を盛り、呪いを掛けた首謀者を知っている。


 入手が困難な幻獣の毒を用いたり、準備が大変な禁呪に手を染める辺り、首謀者はかなり高い地位と財力を誇っている。

 その反面、リスクの高い手段を用いるなど、あまり深く物事を考えないタイプでもある。ある意味では厄介な手合いだ。


 平民のベリルが相手取るには荷が重い相手と言えるだろう。


「お婆様が狙われたのは、君が教皇選に出るからだ。だから、お婆様を救うだけなら君は、教皇候補の地位を捨て去れば良い。そうすれば二度と厄介事には巻き込まれないだろう」


 原作のベリルはカレンさんを殺されたことで、教皇選を戦い抜く決意を固めた。

 しかしカレンさんはまだ生きている。今なら、引き返す選択肢もあるだろう。


 残念なことに、彼女は力及ばず教皇にはなれなかった。

 クライド達の手を借り、最有力候補に躍り出るほどに善戦したが、最後の最後で対立候補の仕打ちによって、廃人同然となる結果となってしまった。


 彼女をそんな目に遭わせるのはしのびない。


「だ、だけど、私は……私には教皇にならなきゃいけない理由が……」


 彼女は迷いを見せた。

 気弱な性格だが、彼女には教皇を目指す理由がある。


「分かった。それなら俺が君とお婆様を必ず守る。だから、君も俺のことを信用してくれないか?」


 原作ではクライドでも助けられなかった彼女だが、俺がいる以上はそんなことにはさせない。

 俺の全ゲーム知識を総動員して、彼女を救ってみせる。


「どう……して……私みたいな根暗な女のことを……?」


 まあ、彼女からすれば、今日出会ったばかりの他人だ。

 そう思うのも無理はない。


「アイリスもリヴィエラも一歩間違えれば、永遠に別れることになってた。だから、俺は嫌なんだよ。誰かがそんな目に遭うのが」

「ジークさん」


 本当に酷い世界だと思う。


 ここには、悪意を持った人間が多すぎる。

 そして、そういう人間の目論見ばかりがうまく行く。


 それは一つの創作としては味のある世界かもしれないが、現実として受け入れるには酷すぎる。

 だから俺は、俺の人生に関わる人達をどうにかして救いたいのだ。


「その……男の人は苦手ですけど……ジークさんは信用できる……気がします。だ、だから、どうか、お婆様を……お婆様をよろしくお願いします……!!」


 ベリルは深々と頭を下げた。


「ああ、任せてくれ。君たちを苦しめる首謀者には、必ず痛い目を見させる」


 さて、相手は大物だが、短絡的で器の小さい小者だ。

 そして、その首謀者にとっては不幸なことに、俺は彼の顔も名前も知っているのだ。


 だから、決して逃がしはしない。

 覚悟してもらおうか、ライナス王子。




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 色々とご意見を頂いたので、少しだけ改変いたしました。

 次回更新は3/28(月)の予定です。

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