第7話 新たな依頼者

「先日の依頼では大変、お世話になりました。前任者に変わってお礼申し上げます」


 ギルドの受付が深々頭を下げた。


「えっと……クラリスさん、どうしてここに?」


 それは見知った顔であった。

 オルトと決着を付けた街、エルドリアの冒険者管理協会で受付を務めていた女性――クラリスさんがそこにはいた。


「はい。受付業の武者修行中でして」


 受付業の武者修行……?

 冒険者ならともかく、受付に必要なのだろうか?


 まあでも、彼女に関しては深く考えても仕方がないのかもしれない。

 彼女は原作でも全国各地ありとあらゆる冒険者管理協会で受付を務めていた。


 転移を用いて、大陸の端から端へと移動しても彼女は何食わぬ顔で依頼を受け付けてたし、そんなゲーム的な仕様もこの世界では一応再現されているようだ。


「そういえば、あの洞窟はどうなりましたか?」


 さて、俺は思い出したように先日訪れたゴルディオンの住む洞窟について尋ねた。


「それでしたらジーク様のご報告に従って、封鎖しております。民間人の方はもちろん、冒険者の立ち入りも原則禁止しておりますので、不用意な事故が起こることはないでしょう」


 それはよかった。

 あの奥にいる霊亀ゴルディオンは、魔王の封印に関わる重要な存在だ。

 それならあの洞窟に立ち入る者は少ない方が良い。


「ところでジーク様たちは、どれぐらいこの地に滞在される予定なのでしょうか?」

「あと四日ほどです。折角なのでアイリス達と観光でもしようかと」

「うーん……でしたら、あの依頼は他の冒険者に回した方が良さそうですね」


 何か急な案件でもあるのだろうか?


「ジーク、話ぐらいは聞いてみたらどうかしら? 何か力になれるかもしれないし」

「そうですね。もしかしたら困っている人が居るのかもしれません」


 グレインの観光を楽しみにしていたアイリスが真っ先にそう告げた。

 流石に温泉街で依頼漬けというのもアイリス達に申し訳ないと思ったが、彼女がそう言ってくれると気が楽だ。


「そう言っていただけると本当に助かります。エルドリアの街でも、皆さんには大変お世話になりましたし、きっと解決の糸口が見つかるかもしれません」


 いつも穏やかで冷静なクラリスさんだが、今の彼女からはいくらか焦りのような物を感じる。

 もしかしたら、想像以上に切羽詰まった状況なのかもしれない。


「それじゃ、聞かせてください」

「そうですね……まず今回の依頼主なんですけど――」

「クラリスさぁああああああああああああああああああん!!!!!!」


 説明しようとするクラリスさんを遮って、一人の少女が大慌てで駆け込んできた。


「クラリスさんクラリスさん、私の依頼は? 私の依頼はどうなりましたか?」

「ベリルさん……そのですね……」

「そのですね?? も、もしかして、無理そう……ですか?」

「い、いえ――」

「そうですよね……私みたいな暗い女の依頼なんて誰も受けてくれませんよね……」


 少女はすっかり意気消沈した様子でうなだれた。


 あー……そうか。彼女はこのタイミングで出てくるんだな。


 その少女は見覚えのある人物だ。

 ベリル……我がデルフィア帝国の隣国、クレイユ王国の出身だ。学園編ではメインの扱いを受ける人物だ。


「落ち着いてください、ベリルさん。あなたのお婆様の件について、ちょうど彼らにお話ししようと思っていたところです」

「えーっと、よろしくベリルさん」

「ヒッ……」


 ベリルは俺を見ると物陰に隠れてしまった。


 やりづらい……彼女は、ジークの目つきが怖くていつも怯えた様子を見せるのだ。


「リヴィエラ……どうやら俺じゃ彼女を怯えさせるみたいだ。その、頼めるか?」

「はい。任せてください」


 ということで、リヴィエラが彼女の元へと行き、なだめる。

 リヴィエラは穏やかで優しい気性だ。きっとベリルも落ち着いてくれるだろう。


「わぁ、かわいいひと……私みたいな女が側に居たら彼女が穢れちゃう……」


 そう言ってベリルが距離を取った。


「えぇ……」


 俺はドン引きしてしまう。リヴィエラでもダメなのか。


「えっと、ベリルさん? なんだか急ぎの依頼みたいですけど?」

「は、はい……そのお婆様が……」


 距離は取ったものの、一応会話には応じてくれるみたいだ。


「その……体調を崩したみたいですけど……何しても身体が良くならなくて……その……日に日に苦しそうで……」


 ベリルの目端に涙が浮かび始めた。


「彼女のお婆様ですが、これまで様々な調合士が秘伝薬を試したのですが効く気配がなく……」

「それならジーク、丁度いいんじゃない?」

「ええ。ジーク様の《調薬》と《医術》の知識なら」


 確かに先日、ゴルディオンから加護を授かった。


「ジーク様は医療系のスキルも持っていらっしゃったんですか? それは心強いです!!」


 クラリスさんが表情を明るくさせた。

 ギルドの受付である彼女は、自身が管理する依頼の成功に関して強い責任感を持っている。

 しかし、その期待が今は少し心苦しい。


「そうですね。一応、俺たち向けの依頼かもしれません」


 しかし、それは医療系のスキルがあるからではない。


 ベリル……彼女は学園編のキーパーソンだ。

 しかし、それは彼女の扱いが良いという意味ではない。


 ――どうして……どうして、私がこんな目に遭わなきゃいけないの……?


 学園では、教皇交代のための選考が行われる。

 彼女はその候補の一人なのだが、様々な思惑から彼女は悲惨な目に遭わされる。


 彼女の大切な身内である祖母、彼女の死はその第一歩だ。


「まずは、君のお婆様のところへ案内してくれ」


 体調不良や毒物、未知の病などではない。

 ベリルの祖母は、彼女を敵対視する者の手によって、呪いを掛けられているのだ。


 だから、今度は彼女の不幸を払ってみせよう。

 原作で死ぬはずだった彼女の命をまずは救ってみせる。




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 お読みいただいてありがとうございます!!

 更新頻度はやや下がっておりますが、少しずつ更新していきたいと思います。


 ところで、昨夜、東北を震源とする地震が起こりましたが、みなさまは大丈夫でしょうか?

 被害に遭われた方のご無事を祈っております。

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