最終話 恋に落ちたい私と片思いを続けたい俺

「そういえば、なんだかんだでもうすぐ二年だね」


 私は言った。


「……そうだな」


 それに愛生が同意する。


 ミライさんとの久々の語らいは楽しかったけれど、時間というのは有限だ。朔空が『後輩に呼び出されている』と言って退席しようとしたタイミングで、私たちも一緒に店を出た。

 夕方の謝恩会までにはまだ若干の余裕がある。この時間をどう使うかは、莉緒次第だ。


「正直、こんなに長く続くとは思ってなかったよなぁ」


 愛生がつぶやくようにそう言った。


「それ、面と向かって本人に言う?」


 私は思わず笑ってしまう。


「華恋だって思ってなかっただろ?」


 さも当然のように言われると、あまのじゃくの私は否定したくなる。しかし、ここは素直にうなずいておくことにした。


「まあね」


 もし、あの時愛生が声をかけてこなかったら、間違いなく今の私は存在しない。

 きっと、卒論は可もなく不可もないものを作成していただろうし、進路だってなんとなくのイメージで決めていたに違いない。

 何より、愛生のことをこんなに大切に思うことは、絶対になかっただろう。


「……華恋は、どうしたい?」


 いつもの調子を装ってはいるけれど、その声音には、緊張の色が混ざっていた。


「どうしたいって?」


「……華恋は今も、恋に落ちたいって、そう、思うか?」


 それは。

 その言葉には。

 きっと色々な想いが込められている。


「……愛生はどうなの?」


 私はずるい返事をした。


「どうって?」


 付き合う前はあれだけすらすら言葉を交わせたのに。

 普段はあれだけすらすら言葉を交わせるのに。


「今も片思いを続けていたい?」


 今はどうして決定的な一言が言えないのだろう。


「……」


「……」


 そこで二人して沈黙する。


 だけど、私にはもう、こうなった理由が分かっている。


 今までは、仲が深まれば深まるほど、何でも言い合えるようになるのだと思っていた。

 一枚一枚壁が崩れていって、そうして本音でぶつかり合えることこそ絆の証だと思っていた。


 でも、大切だからこそ言えなくなってしまうこともあるのだと、壁を壊すことがこわくなることもあるのだと、そういう自分が確かに存在していたのだということを知った。


 だからこそ。

 この沈黙は想いの証なのだ。


「私はさ」


 それでも、先に口を開いたのは私だった。


「恋は、もういいかな」


 その瞬間、愛生が息を呑んだのがわかったけれど、私はそれを無視して言葉を続ける。


「恋なんて、しなくていい」


「そ……れは……」


 たどたどしいその言葉が、愛生の動揺を如実に表していた。

 愛生はそこで小さく咳払いをすると、震える声を絞り出す。


「そ……れは、つまり…………。別れ―─」


「だって、恋なんかしなくたって、愛生が何より大切だもん」


 愛生の言葉は、私の言葉で完全に打ち消される。


「へ?」


 間抜けな声を出す愛生に、私は思いの丈をぶつける。


「愛生がいたから、頑張れた。挫けそうになっても、歩き続けることができた。未来を、信じられた。大学に行く意味も、愛生のおかげで見つかった」


 そこまで告げて、私は改めて愛生の瞳を見つめた。


「恋に落ちることができなくたって構わない。私は、愛生と一緒にいたい」


 後で思い出したら、恥ずかしすぎてのたうち回ることになるのだろうか。

 もしかしたら、これが卒業式マジックなのかもしれない。

 それでも、今、ここで、言わなければならないことを言えた気がする。


 愛生はしばらく驚きに固まっていたかと思うと、ふいに顔を隠しながらしゃがみ込んだ。


「あ〜……もう! 勘弁しろって」


 おかげで表情は分からなくなってしまったけれど、言葉だけは返してくれる。


「悪いけど、俺は違うからな」


 その声音は少し怒っているようにも聞こえるのに、なぜか少しもこわくない。


「俺は…………俺は永遠に続けたい」


 そこで、ようやく目があった。


「俺は、華恋を想い続けたい。これからも、ずっと」


 真っ赤に染まったその顔が、そのまま愛生の想いの強さだろう。




 私は、永遠なんて言葉は全く信じていない。

 それでも、信じられる明日が積み重なったら、それは永遠にも等しい何かなのかもしれない。

 そんな風には、思うのだ。




*******


最後までお読みいただきありがとうございました。







 

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恋に落ちたい私と片思いを続けたい俺 神原依麻 @ema_kanbaru

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