第58話 再スタート
「えーっと、改めて、みんな卒業おめでとう!」
ミライさんはそう言って、パチパチと拍手を送ってくれる。
「あ、おかげさまで無事卒業しました」
代表して愛生がそう言った。
「ほんと、時が経つの早すぎだね。ついこの間まで、一緒に活動してたのにね?」
ミライさんの言葉に、私達は複雑な顔を見せる。
「あれ……。ひょっとして、まだ気にしてるの?」
ミライさんの困った顔を尻目に、私達はお互いの視線を交差させる。
そして、話し合いで決めていた通り、愛生が口を開いた。
「ミライさんに、ご報告しなければならないことがあって」
「……何?」
ただならない様子の私達に、ミライさんも居住まいを正す。
「……すいません。俺たちミライさんとの約束守れませんでした」
私達は一斉に頭を下げた。
「え? ちょ、ちょ、ちょ、何事?」
驚きをあらわにするミライさんに、愛生は言葉を続ける。
「賞を総取りするなんて息巻いておいて、俺たち……。誰も賞、とれませんでした」
そう。
結局、私達は審査員特別賞すらとれなかった。
もしかしたら専門知識のある人がいなかったから、論文を正当に評価してもらえなかったのかもしれない。
そう言って、愛生は不服申し立てをしようと声を荒げた。
しかし、それは私が全力で止めた。
裏で何があったにせよ、結果は結果だ。下手に騒いで、最後の最後、私達の研究に変な傷をつけたくなかった。
私達は、最後まで誠実に自分の研究と向き合ったのだ。
それが、全てだ。
「……論文、持ってきた?」
ミライさんの言葉に、私達は顔を見合わせる。
「あ、あの……はい」
莉緒が答えると、論文の束をミライさんに渡した。
そうしてミライさんがパラパラと中を確認するのを、私達は固唾を飲んで見守った。
「……大変だったでしょ」
ミライさんが開口一番そう言って、私達はおずおずとうなずいた。
すると、ミライさんは本当に嬉しそうに笑った。
「私のわがままをきいてくれて、本当にありがとう」
その瞬間、ようやく肩の荷が降りた気がした。
「でも、俺たち、賞はとれなくて」
申し訳なさそうにする愛生に、ミライさんは語りかける。
「愛生は今回の結果に満足してる?」
「まさか!」
愛生は即答する。
「正直、すっごく悔しいです……」
苦々しい表情の愛生に、私の心も軋む。
「……ねぇ、
すると突然ミライさんがそんな質問をする。そして私達が首を傾げるのを確認すると、説明を加える。
「神田伊吹は、みんながこれから通う大学の創立に貢献した人で、その功績を後世に伝えるために出来た賞が神田伊吹記念賞なんだって」
なぜ急にそんな話をするのかは分からなかったが、私達はひとまずうなずいた。
「学生に与えられるものの中では最も格式高く栄誉のある賞なんだけどさ。それ、とっちゃいなよ」
ミライさんはニヒッといたずらが成功した子供のような笑顔を浮かべた。
「『とっちゃいなよ』って、そんな、絶対簡単じゃないですよね?」
思わずそう言うと、ミライさんはうんうんとうなずく。
「何せ千単位で提出される論文のうち、選ばれるのはたったの数本だからね。審査員は、それこそ億単位で科研費をとってくるような本物の研究者の先生たちだし」
その規模の大きさに、知らず肩に力が入る。
「かくいう私も、院生のときにノミネートはしてもらえたけど、結局とれなかったんだよね」
「いや、それ、ノミネートされるだけでもすごいんじゃ……」
朔空がそう言うと、ミライさんはクスッと笑った。
「さぁ? どうでしょう?」
その挑戦的な瞳に触発されたのか、愛生がニヤリと笑った。その眼光には見覚えがある。
私はこれみよがしにため息をついた。
「ミライさん。愛生は単純なんだから、そんなこと言ったら本気にしちゃいますよ」
するとミライさんはクスクスと笑った。
「いいじゃない。夢は大きい方がロマンがあって」
「夢じゃないです、目標です」
きっぱりそう言い切ったのは、今まで黙って話を聞いていた莉緒だった。
「次こそ、とります」
この活動の中で、一番成長したのは間違いなく莉緒だろう。
その瞳に宿る炎は、莉緒自身の輝きだ。
「はぁ、なら俺もやらないわけにいかないな」
朔空も口調こそ仕方なくやるような言い方だけど、その態度から、やる気に満ち溢れているのを感じる。
そんなわたしたちの姿に微笑ましい視線を送りながら、ミライさんは次の質問を投げかける。
「そういえば、みんなは何学部にいくの?」
すると愛生が即座に反応する。
「俺は社会学部です! それで絶対栗山先生のゼミに入ります!」
本当に、愛生は最初から最後まで、心に通った線がブレることは決してない。
それはきっと、これからも変わることはないだろう。
「あの、実は私も春から社会学部生なんです」
続いて莉緒が控えめにそう言うと、愛生は驚きに目を見開く。
「え!? 莉緒は文学部じゃないのか!?」
「えっと、もちろん最初はそのつもりだったんだけど、クィア研究が思ってた以上に楽しかったし、大学でもっと勉強したいなって」
「あはは、じゃあ愛生と莉緒は一緒だねぇ」
ミライさんが楽しそうに笑う。
「あのー、実は俺も」
そこでそろそろと手をあげたのは朔空だ。
「え、朔空は教師を目指すんじゃなかったっけ?」
「そうだ! お前は教育学部だろ?」
私と愛生の質問に、朔空はゴホンと咳払いをする。
「別に教員免許は教育学部じゃなくてもとれるし。俺も莉緒と一緒というか、今回の研究でやったこと、もっと深彫したいんだ」
その言葉に私と愛生は顔を見合わせる。
「嘘でしょ。まさか全員社会学部で栗山ゼミ志望なの」
「ってことは華恋もなんだ? みんながクィア研究に興味を持ってくれて嬉しいよ」
そう言って、ミライさんは満足そうに笑った。
私達のクィア研究はここで終わりだと思っていたのに、いつの間にかそれは再スタートに変わっていた。
今度はどんな当たり前に立ち向かおう。
そして世界はどんな広がりを見せるだろう。
そんな希望を胸に、私達はミライへと進むのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます