第57話 一年ぶりの太陽
「答辞。関口葵」
「はい!」
ほぼ全ての生徒が付属の大学に進学するとはいえ、卒業式というのはやはり感慨深いものがある。
残念ながら桜の花は間に合わなかったけれど、私達は本日をもって、この学び舎を巣立つ。
感極まって泣きだす人たちもいる中で、私はいまいちその空気に乗り切れずにいた。
その原因はたった一つ。私にとって、卒業式より大切なことが、この後待っているからだ。
「うっわ、何それ。追い剥ぎにでもあったの?」
待ち合わせ場所に現れた愛生と朔空はボロボロだった。
「ある意味その通りだな」
疲れた様子で答える朔空。
「まあ、もう着ることもないから別に構わないけど」
どうでも良さそうに答える愛生。
「まあ、人気者の証だもんね」
苦笑いを浮かべる莉緒。
卒業式も無事終わり、夕方には謝恩会が予定されている。
その間のわずかな時間、最後の思い出作りに奔走する人々をかき分けて、私達は喫茶店に集まっていた。
「身だしなみくらいちゃんとしたら?」
私は思わず目をつり上げる。
「そうだよな。流石にこの格好はないよな」
流石は礼節を重んじる剣道部の元主将だ。しかし、ジャケットどころかワイシャツのボタンまでむしり取られているその状況で、どう身だしなみを整えるつもりなのだろう。
「ま、こんな事もあろうかと、俺は着替えを持ってきたんだよな」
愛生はそう言って、ボロボロの制服を脱ぎ捨てた。
「どうりで荷物が多いと思った」
ジトッとした目でその様子を見ていると、あからさまに莉緒が動揺する。
「ちょ、ちょっと愛生! せめてトイレで着替えなよ!」
しかし脱ぎ捨ててしまった後にそんなことを言ってもしようがない。愛生は代わりの私服を着用した。
「悪い悪い、今度から気をつける」
全く悪いと思ってなさそうに愛生は言った。
「俺はトイレで着替えてくる」
朔空はそう告げると席を立つ。朔空もちゃっかり着替えを持ってきているあたり、用意周到だ。
「それにしても、ボタンなんかもらってどうすんだろうね? 何年か経ったらただのゴミじゃん」
私がそう言うと、莉緒は苦笑する。
「まあ、そういう考え方もあるけど、やっぱり情緒とか、ムードとか、そういうやつじゃないかな?」
莉緒の答えに、私は大げさに首を横に振る。
「私そういうの全く理解できない」
すると、愛生がおもむろに握りこぶしを私に差し出す。
「何?」
「いいから」
その素振りから求めていることを察して、私はその拳の下に両手で皿を作る。すると、愛生が手を開いた瞬間、何かがこぼれ落ちた。
「俺の第二ボタン」
ニヤニヤと笑う愛生に、顔が引きつる。
「え、このタイミングで渡す?」
すると愛生は今度は声を出して笑った。
「いや、本当に華恋は期待を裏切らないわ」
気づけば莉緒まで笑っていて、私はひとり取り残されたような気分になる。
「え、いや本当に何? なんで私は笑われてるの?」
笑われてる理由がさっぱり分からずそう言うと、誰かにぽんと肩を叩かれる。
「な〜んかみんな、相変わらず楽しそうだね」
それは、この一年、ずっと聞きたかった声だった。
「「「ミライさん!」」」
思わず叫んた私達に、ミライさんは照れたように笑った。
「みんな、久しぶりだね! なんかちょっと大人になった?」
一年経ってもこの人は相変わらずだ。
「待ってましたよ! ミライさん!」
愛生が心の底から嬉しそうに笑う。
「お忙しいのに、お呼び出てして申し訳ありません」
少し恐縮した様子の莉緒は、なんとなく顔が赤らんでいるような気がする。
「うふふ、私もみんなに会いたかった!」
この太陽のような笑顔も、本当に久しぶりだ。
「あ、ミライさん! もういらしてたんですか?」
私服に着替えてトイレから戻ってきた朔空が、慌てた様子でそう言った。
「あ、朔空! 久しぶり!」
ピースサインをするミライさんに、朔空はペコリと頭を下げた。
こうして私達は一年ぶりの再会を果たしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます