第1話 初めての敗走

「奉仕者、回復を急げ」


 薄暗い天幕の中でも女性が身に付けている銀色の鎧が光り、女性が慌てながら叫んでいる。

 薄汚れた白いローブを着た子供が左腕のなくなっている男性の元へ走り寄ると怪我人を見ても恐れる事もなく、男性の額に触れると目を閉じて呟く。


「傷つき、侵された者に神の御力を分け与えて下さい。

 神の名の下に【ヒール】」


 男性のなくなった左腕や傷が光り出して、左腕から流れ出ていた血が止まった。

 子供は傷の状態を確認すると近くにいる兵士に合図を送り、次の怪我人の方へ走る。

 討伐が始まってから半日しか経っていないが、次から次へと怪我人が運ばれてくる。

 怪我人は手足が損傷した者や傷が深い者が多く、半日も治療を続けると20人以上いる奉仕者の半数以上は魔力切れになって天幕の外へ運び出された。


 天幕の入口が開くと一気に明るくなり、黒光した皮の鎧を着た若い男性が数名入って来た。

 若い男性達は怪我人の間を縫う様に銀色の鎧の女性の元へ駆け寄ると跪く。

 

「エレンリル神導者様、ここから移動をお願いします。

 先陣の兵団がA級魔獣の存在を確認しました。

 上位種が現れた場合は奉仕者の皆様は安全地帯の後方の陣まで移って頂きます」


 銀色の鎧の女性は周りを見回すと険悪な顔をした。

 エレンリルは神導者の立場から奉仕者を危険に合わせる事は避けなければならなかった。

 しかし、危険が差し迫っている状況を作り出してしまっている。


 今回の魔獣討伐はC級のウルフキングの亜種が目的であり、討伐隊にB級の魔獣までは対抗が出来る精鋭兵団が組み込まれていた。

 精鋭兵団がいる事で楽に勝てると思い込んでいた為に大きな誤算を生んだ。

 早い段階で怪我人の量と傷の具合を考えれば、想定外の強さの魔獣が現れている事は把握しなければならなかったと後悔している。


 魔獣はC、B、A、S、SSの5段階あり、SS級が1番強く、SとSSは魔力を持っていないだけで魔人と同等の力を有している。

 その為、A級以上の強い魔獣へ変化する事を防ぐ為にC、B級の魔獣の定期的な討伐を行なっている。

 それが今日だった。


「奉仕者は我とここから速やかに離脱して、後方の陣へ移動を行う。

 魔力切れを起こした者は馬車に乗せて運ぶ。

 馬車に乗っている荷物はこの場で廃棄しても構わない」


 エレンリルは天幕の入口を開けると動きを止めた。

 天幕の外は治療を待たずに亡くなった者の死体が山積みにされているのが見えた。

 怪我を負っていないと思われる兵士は死体を焼く準備に追われて、走り回っている。


「奉仕者よ、急げ。

 最悪な場合は馬車をそのままシェリアルの街まで移動させる」


 銀色の鎧の女性は男性兵士達と天幕から出て行った。

 女性が出て行く姿を見送るとローブを着た30歳代位の男性が立ち上がった。


「動ける者は馬車へ仲間を乗せる。

 お、俺たちは魔獣に食われる訳にいかないんだ」


 男性の声が震えている事は分かったが、動けずに見ているだけだった。

 その時、手を掴まれた。


「坊や、行きなさい。

 私の傷だと後方の陣まで行けません…

 仕方がない事です」


 傷ついた兵士は両手で優しく手を握り、微笑んだ。

 近くにいた奉仕者に肩を掴まれると外へ連れ出された。


 天幕の外は明るく、死体の山と傷ついた兵士、黒いローブを着た人が数人見えた。

 黒いローブを着た人は火の付いた松明を死体の山に投げ入れるとゆっくりと燃え始め、歩く事が出来ない兵士がその周りで祈りを捧げている。


「奉仕者を馬車に乗せる手伝いをしろ。

 乗せ終わったら、後方の陣まで歩く」


 先ほど話をしていた男性が指示を出している。

 馬車の近くまで奉仕者を兵士が運び、上に乗った男性達が奉仕者を引き上げる。

 魔力切れで力のない奉仕者を物の様に積み上げていく。

 馬車に乗りたい傷ついた兵士を容赦なく、別な兵士が引き剥がす。

 討伐に参加するのが初めてだったから意味が分からずに見ている。


「君は先に移動するの」


 ローブを着た女性が手を引いて、一緒に歩く。

 馬車の横を通り、傷ついた兵士と一緒に…


「いい。

 ここは戦いの場所だから危険があると逃げないといけないの。

 

 奉仕者は魔獣に食べられて、魔獣に力を与える事は絶対あってはならない。

 それは分かっている?」


 頷いた。


 彼女は歩く速度を早め、前を歩く兵士達を抜いて行った。

 きちんと整えられていない馬車が1台通る幅しかない林道は歩き辛い。

 足が痛くなっても隣の女性に着いて歩く。



 日が落ちて、空の色が変わってきた。

 獣の遠吠えが聞こえ、3時間以上は歩いているが道いっぱいの兵士も一緒に歩いている。

 あと何時間歩けば、後方の陣に着くのだろう。

 

「君は戦いに来る事は初めて?」


 隣を歩いていた女性が声をかけてくる。

 歩き疲れていて、声を出したくなかったので頷く。


「たぶん、魔獣の遠吠えだと思う。

 魔獣に出くわしたら、バラバラに逃げるの。

 一緒の方向へ逃げると全員が襲われてしまう。

 魔獣は頭がいいから全員を殺してから食事を始めるので、直ぐに逃げるの」


 女性の眼は真剣で遠くを見て、生き様としている。

 僕も一生懸命に着いていこうと思い、手を握り締める。


「ありがとうございます」

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追放された天人と魔人退治 @polipuro

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