第3話

 私の告白がよほど信じられないのか、美奈子さんは言葉を失っている。


 驚くのも無理はない。だって恋を自覚した時は、私も信じられなかったもの。

 女だからといって、必ずしも男性を好きになるとは限らない。同じ女性に惹かれることもあるって知っていたし、別にそれがおかしいって思っていたわけじゃなかった。


 けどそれでも、自分がそうだってなると、少し戸惑ってしまった。

 美奈子さんも言ったように、最初は勘違い、気のせいを疑ったけど、何度自分の気持ちに問いかけても、答えは同じ。好きって、余計に自覚しただけ。

 けどそれでいいの。誰が何と言おうと、これが私の本当の気持ちなのだから。


 だけど美奈子さんはこんな私を、どう思っているだろう。

 受け入れてくれる? それとも、迷惑?


 もしも拒絶されてしまったら、もうここには来れなくなってしまうかもしれない。

 けどそれでも、気持ちを伝えずにはいられなかった。


 しばらく重い沈黙が流れたけど、美奈子がポツリと、呟くように言った。


「本当に、僕なんかでいいの?」

「美奈子さんがいいんです。『僕なんか』なんて、言わないでください」

「ごめん。けど千代ちゃん、きっと僕のことを美化しすぎてると思う。付き合ってみたら、面倒くさいって思うこともあるかもしれないし。それに僕、一度本気になったら案外執着するタイプだよ。もしかしたら束縛が激しくなって、千代ちゃんに迷惑かけちゃうかもしれないよ」

「そんなの、望むところです」


 返事をしつつも、繰り返さた否定的な言葉に、不安を感じずにはいられなかった。

 そんな風に言うのは、断ろうとしているから? やっぱり私じゃ、ダメだったの?


 覚悟はしてきたつもりだったけど、やっぱり怖い。

 極度の不安と緊張で、今にも意識が飛びそうだったけど、何とか呼吸を落ち着かせながら、返事を待つ。

 すると。


「千代ちゃんは変わってる。けど嬉しい。すごく嬉しいよ」


 美奈子さんそっと、置いたままになっていたチョコレートの入った箱を手に取る。

 そしてはにかんだような笑顔を、私に向ける。


「チョコレート、受け取って良いかな。誰かとお付き合いするのなんて初めてだけど、千代ちゃんにふさわしい彼女になれるよう、頑張るから」


 ――――っ!

 今、彼女になってくれるって言った? ほ、本当に⁉


 フラれても仕方がないって思ってた。

 私達の関係は壊れて、もうお店にもこれなくなるかもって思ってた。

 けど、届いたの? 受け止めてくれたの? 私の想いを。


「千代ちゃん、聞いてる?」

「は、はい! で、でも本当に、私なんかで良い——」


 良いんですか? そう尋ねようとしたら、唇に人差し指を当てられ、声を遮られた。そして。


「こら。さっき『僕なんか』って言わないでって言っといて、『私なんか』って言うのはズルくない?」

「それは……。ご、ごめんなさい」

「『なんか』じゃない。最初は驚いたけど、千代ちゃんならって、自然と思うことができた。ううん、違うか。千代ちゃんなら良いんじゃなくて、千代ちゃんが良い、だね」


 ——革命が起きた!


 今度は私が、信じられない気持ちでいっぱいになる。

 私の気持ち、届いたんだ。


「ふ、不束者ですが。ど、どうかよろしくお願いします」

「ふふっ。隣、座ってもいい?」

「は、はい。もちろんです!」


 今まではカウンターを挟んで向かい合っていたけど、すぐ隣の席に美奈子さんは腰を下ろして、ドキドキが加速していく。


 人の縁とは不思議なもの。

 もしも一年前、先輩に告白してフラれなかったら。

 もしも雨が降らずに、喫茶店を訪れなかったら。

 きっと私達が、付き合うことなんてなかった。


 バレンタインの失恋から始まった新しい恋。

 敵わないと思っていたその恋は革命を起こし、両想いになった私達。


 恋愛初心者なのはお互い様。だけど美奈子さんの良き彼女になれるよう頑張りますから。

 アナタの隣にいさせてください。



   了

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片想い大革命 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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