10年前の私③

私の質問の真意を考えているのか、返事は「まぁ、それなりに?」と煮え切らないものだった。


別に、仲が良くても隠すことじゃないのに。私がどうこう言えることでもないのに。それなのに、できればそうでなければ良いなと思ってしまっている。


いっそのこと、肯定された方が楽だった。幼馴染ってそんな感じなんだって、割り切れたかもしれない。


「藍がね、米村くんが小説書いてたって知ってたから、ちょっと驚いちゃって」


努めて明るく、本音を含めた言葉を口にした。驚いた、というよりも、嫉妬したと表現した方がきっと正しいのだろうけれど。


そのことを知っているのは、私だけでありたかったなんていうちっぽけな独占欲だ。


私の恥部を見せているのは米村くんに対してだけなのだから、彼のそれを知っているのも私だけでありたかったのに、そうではなかったという岳の話だ。藍と彼の仲が良かろうが関係ない。


それでも、直接そう伝えるのは酷く子どもっぽい気がして、濁したように伝えるには私の表現力ではそれが精一杯だった。彼はここで私と話さなくても、他に話せる人も場所もあるんじゃないかと思うと、それが少し寂しいだけだった。そう思いたかった。


「子どもの頃はさ、恥ずかしいなんて思わなかったから、同じクラスのやつらに読ませたりしてたんだよね」


「私は読んだことないのに」


拗ねた子どもみたいな声でそう呟いてしまったのは、嫉妬を隠しきれなかったから。


慢心というのかは分からないけれど、彼と一番仲が良い、分かりあえているのは私だと思っていたし、心のどこかで彼にとってもそうであると思っていた。だからこそ、藍は経験したことがあるのに、私はそうでないということが何だかとても悲しいことのように思えた。


そんなこと、言っても彼も困るだけだと分かってはいても、口に出さずにはいられなかった。


「えーっと。それなら、そんなに良いものでもないけど読んでみる?」


そう言ってくれる彼の優しさが、私の子どもっぽさを一層際立たせているのが恥ずかしい。それでも、私は頷かずにはいられなかった。


「それなら、今度持ってくるよ。いくつか、短編で読みやすそうなやつ」


「うん、ありがとう」


小声で絞り出した私に、彼はニッと笑ってこう言い足した。


「だから、櫻田さんの漫画も見せてね」


「えっ?」


素で声をあげてしまったのは、予想外の発言だったから。私の漫画なんて読んでも面白くないし、世の中にはもっと面白い作品だっていっぱいある。それなのに、それを読む意味があるのだろうか。


「だってさ、俺だけ見せるのなんて恥ずかしいじゃん。それに、俺だって読んでみたかったんだよね、櫻田さんの書いてる漫画」


「いやいや、大した作品でもないから」


「それはお互い様でしょ」


悪戯っぽく笑う彼の表情は初めて見るものだった。


了承の返事をしてしまったのは、その表情にドキッとしたからか、それとも読んでみたかったと言われた嬉しさなのかは自分でも分からない。


「よっしゃ、約束ね」


「うん、米村くんも忘れないでよね」


私は右手を軽く握り、小指を立てて差し出した。


「はい」


「はい?」


鸚鵡返しのように疑問系を口にした彼に、「指切りしよ」と言った。さっきまで子どもっぽいことを口にしていたんだから、これくらい子どもっぽくてもまだ大丈夫だと思いたい。


米村くんは右手を学ランで擦った後に、ためらいながらも私の小指に絡めた。


「ゆーびきーりげーんまんっ」


敢えて子どもっぽく陽気に歌ってみると、彼も笑いながら重なってくれた。


「うーそつーいたらはーりせんぼんのーますっ」


指切った、がハモって二人で笑った。絡めた指を離した時に少し寂しい気持ちになったのは、きっと気のせいだ。

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