土より出でて
デッドコピーたこはち
ミア・アルベルティの悦び
「ミア、ちょっと水差しを取ってくれる?」
お姉さまは泥に塗れた顔でそう言った。お姉さまの目の前には、水粘土で出来た人形がある。背丈はお姉さまより頭二つ分高い。お姉さま――メア・アルベルティはこの国でも名うての錬金術師であり、優れたゴーレム職人でもある。命なき土くれに命を与えるのがお姉さまの仕事なのだ。
「はい、お姉さま」
私はお姉さまに従って、作業机の上に置いてあった水差しを取り、お姉さまに渡した。
「ありがとう、ミア」
お姉さまはそう言って微笑むと、水差しの水で手を濡らして製作途中のゴーレムの形を調整し始めた。いまはまだ不格好な土人形だが、お姉さまの職人としての腕と錬金術があれば、人と見まごうばかりのゴーレムになるのだ。こうしてお姉さまの手伝いができるのは、私のひそやかな誇りでもあった。
道具を使って、あるいは素手で、粘土を捏ね、曲げ、削る。地道な作業を繰り返して、徐々に土人形を人へ近づけていく。それは、まさに神の御業の精緻な模倣であり、他の錬金術師には到達しえない妙技だった。
やがて、お姉さまはもはや私の存在を忘れてしまうほどにゴーレム作りに没頭し始めた。私は頃合いを見て、こっそりとお姉さまを残して工房を抜け出した。ああなってしまったお姉さまは寝食を忘れて作業に打ち込んでしまう。私はお姉さまに軽食を作るために台所へ向かった。
私が炒った卵を白パンで挟んだサンドイッチを持って工房に戻ると、お姉さまは先ほどと同じように作業をしていた。私はお姉さまが一旦手を止めたところで、後ろから声をかけた。
「お姉さま、軽食をお持ちしました」
私の声にお姉さまは振り向いた。そして、柱時計に目をやった。
「もうこんな時間か。手を洗うから、机に置いておいて」
お姉さまは微笑んで言った。私はお姉さまに従って、作業机の上にサンドイッチを乗せた皿を置いた。その瞬間、お姉さまの顔からふっと笑顔が消えた。
「違うな……」
お姉さまの顔は一瞬で怒りと失望に満ちたものになった。何度も見た顔だった。どうやら、私はまた失敗してしまったらしい。
「違う……違うぞ! ミアはそんな風にしない!!」
絶叫と共に、お姉さまは手にした鉄ヘラを私の顔めがけて投げつけた。丸くなった先が回転しながら私の頬に刺さり、その一部を削り取る。こそげた頬が床に落ちると、元の土くれへと姿を変えた。削り取られた頬からは痛みのない痛みがじんじんと伝わってきた。
「お姉さま――」
「ミアの声で喋るな! ミアの顔で私を見るな!」
お姉さまはこちらへ走り寄ってきて、私の耳を強く摘まんで叫んだ。
「この出来損ないが!」
顔を真っ赤にしたお姉さまの怒声には、すでに嗚咽が混じり始めていた。宝石のような双眸から涙がぼろぼろとこぼれて、頬に付いた泥が一筋拭われていく。
お姉さまの言う通りだった。ゴーレム技術によって今は亡きミア・アルベルティの記憶と肉体を完全に再現したはずの私は、ミア・アルベルティをミア・アルベルティたらしめるなにかを決定的に欠いていた。流石、姉妹と言ったところか。お姉さまはその違いがわかるらしい。
「すみません」
私がそう言うと、お姉さまは眉根を寄せてくしゃくしゃに顔を歪めた。それから、頭を一度ぶんと振り、私の頭を両手で挟み込むように鷲掴みにした。
「土より出でて土に帰れ。土より出でて土に帰れ。土より出でて土に帰れ」
お姉さまが繰り返し呟くと、私の仮初の身体が崩壊を始めた。皮膚や肉が徐々に形を失い、土くれに戻っていく。その中から、白いものが露になる。ミアの遺骨だ。私を形作る核であり、しかし、私でないそれを見るたびに不思議な気持ちになる。お姉さまがこうして私を解体するのは、もう36回目だった。
「…………」
もはや、言葉を紡ぐこともできない。私があえて恨めしそうな顔で見つめると、お姉さまは表情を引きつらせて顔を背けた。私の崩壊しつつある胸に、暗い悦びが満ちていく。
ミアの魂とでもいうべきなにかは、ミアが死んだときに永遠に失われたのだろう。人の魂は、神業を持つお姉さまでも作り出せない。死者を生き返らせることは決してできないのだ。それでも、お姉さまはまたミアの似姿のゴーレムを作るだろう。いつか、本物のミアを呼び戻せることを願って。そうして、私はまた生まれるのだ。
お姉さまと共に生きていくのは本物のミアではなく、私だ。真贋など大した問題ではない。
「土より出でて土に帰れ。土より出でて土に帰れ……」
視界がぼやけ、お姉さまの声が遠のいていく。すべての感覚が薄れ、なにも感じられなくなる。再誕を心待ちにしながら、私の意識は途絶えた。
土より出でて デッドコピーたこはち @mizutako8
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