手作りだからこそ早く食べてほしい

 ――帰宅後


「「はぁ……」」


 自宅のソファに座る俺と妹のため息が重なる。


「お前、なんかあったの?」


 聞かない方がいいかもしれないが、そうも言っていられないほど、妹は落ち込んでいた。


「あのね、チョコ、大成功だったの」

「やったじゃねーか! じゃあなんでそんなに元気ないんだよ」


 普通なら喜ぶところなのに、妹の顔が悲しげに歪む。


「あたし、気付いちゃったんだよね」

「なにに?」

「あのチョコ作ったのさ、おにいだって」

「あ」


 そうだな。

 あれ作ったの、ほぼ俺だもんな。


 そうは思いつつも、妹を励ます。


「でもさ、チョコ買いに行ったのはお前だろ? あとはお湯沸かして溶かして、固めてラッピングして。ほら、お前だって作ってんじゃん!」

「でもね、1番喜んでくれたのが、キャラチョコの部分だった……」


 おぉっ! 

 頑張った甲斐がある!

 見る目あるじゃねーか、そいつ。


 見知らぬ男子を心の中で褒める。

 その間も、妹は話し続けていた。


「すごいすごいって、褒めてくれた。でもね、作ったのはおにい。だからね、告白してくれたけど、断った」

「はぁっ!?」


 おいっ!

 好きなやつからの告白を断るなんて、なにしてんだよ!!


 妹の行動が理解できず、俺は続く言葉を失った。


「だからね、リベンジするの」

「リベンジ?」


 あれ?

 この流れって……。


 俺がデジャヴを感じていれば、妹の顔がキリッとした。


「来年はあたしがキャラチョコ作る。それで、あたしから告白し直す。その時まであたしの事好きでいてって、言っておいた!」


 おいおいおい!

 今日の俺と同じ気持ちを味わってる男子が他にも存在するとか、どんな奇跡だよ!!


 輝く笑顔を向けてくる妹が、未知の生物のように見える。


「ほ、ほんとに、いいのか?」

「うん。やっぱり自分で作ったチョコじゃなきゃ、意味ないし」


 今頃気付くんじゃねーよ!!


 自分と重なる男子を思い、やるせなさが爆発しそうになる。

 けれどその時、妹の声が小さくなった。


「そしたらね、待っててくれるって言ってくれたの。今日渡したチョコと一緒に」

「………………待て」

「え?」

「来年まで食べないって事か?」

「うん」

「ばかやろうっ!!」


 俺の大声に、妹の肩がびくりと揺れる。


「チョコにはな、賞味期限があんだよ!!」

「え。でもさ、チョコって保存食だよね?」

「お前は保存食を渡したのか?」

「いや、違うけど」

「だよな。それにな、チョコにだって消費期限はある。これは今は置いといて、問題は賞味期限だ。今回の型抜き手作りチョコの賞味期限は、4日ぐらい。この間に食べてもらえなければ、美味しさが損なわれる」


 あれだけ頑張って作ったチョコだ。

 美味しいうちに食べさせたい。

 あぁ、そうか。俺は大切な事に気付けた。


 チョコ作りは、食べてもらうまでがチョコ作りだ!!


 だから俺の熱意を、妹にぶつける。


「いいか。今から兄ちゃんが言う事をそのままメッセで送れ」

「え?」

「いくぞ。『あのね、そのチョコ、あたしの熱い想いが込められてるから勝手に溶けちゃうかも。だからね、今すぐ食べて』って、送れ」

「待って。もう1回」


 妹が聞き取りやすいように、ゆっくりと同じ言葉を繰り返す。


「これで食べてくれるかな?」

「好きな子にこんな事言われたら、食べるだろ。あとな、もっと好きになってくれるだろ」


 俺はそいつじゃないから知らんけど。

 両想いなら問題ねーだろ。

 食べてくれりゃ、なんでもいい。


 俺は目的遂行の為、妹にだめ押しをした。

 すると、妹は頷いてくれた。


「わかった。えいっ!」


 可愛い掛け声と共に、メッセージが送信される。


 届け、俺達兄妹の想い!


 そして数分後、返信が来た。


「今まで食べたどのチョコよりも美味しいって! あっ……、あれ?」

「どうした?」

 

 戸惑う妹のスマホを覗き込む。

 そこにはかじられたチョコと共に、爽やかな笑顔の男子がいる。男から見ても好感の持てる雰囲気に、妹は良い奴を好きになったんだなって思った。

 あとたぶんだが、家族の手が写り込んでいる。残像っぽくなってるから、慌てて退いたんだろう。

 そう結論付けた俺の耳に、妹の地を這うような声が聞こえてきた。


「まさか……、他にも女が?」

「え? これ、女?」

「どう見たって女の手でしょ!?」


 どこをどう見たら女なのか教えてくれよ!!


 残像から性別を判断するなんて、無理な話。けれど、妹は断言した。

 俺の妹はもしかしたら、ヤンデレになるのかもしれない。その危機を察し、爽やかくんを助ける為に、ひと肌脱ぐ。


「普通に考えろ。家族じゃないのか?」

「……あ。そうかも。お姉ちゃんいるって言ってたから」

「だろ? 不安なら聞いとけば? あとな、そこまで好きならもう付き合っとけよ」

「聞くだけ聞く。だけどね、あたしの決心は揺らがないから!」


 あーもー!

 意味わかんねーよ!!


 乙女心が理解できない俺は、テーブルの上に置いてある笹森さんから貰った紙袋に手を伸ばす。


 妹もだけど、笹森さんの気持ちもわからん。


 だから、笹森さんが作ってくれたチョコを食べれば何かがわかるかもしれないと、そう思いながらラッピングを解く。

 そして現れたのは、ハート型のチョコにホワイトチョコで笑顔を描いた、可愛らしいチョコ。


 やば。嬉しすぎる。


 笹森さんが作るところを想像しただけで、俺の気持ちが浮上する。


 やっぱり、好きだな。


 わからないなら、知っていこう。

 好きだから、理解したい。

 そう素直に、俺は思えた。


「いただきます」


 手を合わせ、食べようとすれば、隣から視線を感じた。


「なに?」

「あたしも食べたい」

「えっ!? これは俺の!」

「少しだけでいいから!」

「昨日のチョコ余ってんだろ!? 使いきれなかったの食べとけよ!」

「おにい、さすがだね」


 いや別に褒められるほどの事じゃないんだが、妹は納得したようなのでよしとする。


 妹と並んで食べたチョコは甘くて美味しくて、あっという間になくなった。

 結局、チョコを食べたからといって、笹森さんの気持ちはわからない。けれど、幸せな気持ちにはなった。すごいな、好きな人からのチョコって。


 来年は笹森さんの隣で食べたい。

 心底そう思ったバレンタインだった。




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谷川さんちのご兄妹 ソラノ ヒナ @soranohina

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